小説




最近、奴が大人しい。
奴と言うのはDMのカードの精霊とか言う胡散臭い男(精霊に性別なんてあるかどうか、分からないけど…)ヴァンパイア・ロード。
少し前までは常に私の周りをうろついて、何かとちょっかいを出してきたのに。ある日を境に全く、それが無くなった。





…愛してると、囁かれたあの日。
冗談でしょう。そんな事思ってもいないくせにどうして、平気でそんな事を言えるの。
言われた方が、どんなに虚しい気持ちになるのか。あいつは知らないから、平気で言ったのよ。本当に最低な奴だ。
それ以前に!精霊とかそんな変なモノに好かれても全然、嬉しくない。


触れられないモノなら、他の人間に見えないモノなら、私の前になど現れて欲しくなかった。








『最近、元気無いですね』


「変なモノに憑かれてるからよ」


具合でも悪いんですか。
のん気に纏わりながら、尋ねてくる奴を払いのけながら言った。あぁ、鬱陶しい。


『え、それって、ひょっとして、僕の事を言っているんですか』


心外ですねぇ。
傷ついたと、言った様に肩を竦めてみせるが、全然傷ついた様子に見えない。
こいつはいつも飄々として、本当の自分を明かさない。こんな得体の知れない奴を絶対に信じるもんですか。





「あなた以外の何が私に取り憑いていると言うの」


『なまえさんにはとても、紳士的で良心的な精霊が傍にいますよ』


「ふざけないで」


あなたの言葉はとても、薄っぺらくて、聞くに堪えないわ。


急に黙り出したヴァンパイア・ロード。何かまた良からぬ事を企んでいるかと、振り返った。
綺麗で無表情な冷たい顔――これが本当の奴の素顔。いつもの上辺だけの貼り付けた笑顔は消え失せていた。


それから奴は一言も口を聞かなくなった。口が聞けないと言う訳じゃなさそう。ただ、私の前では一切喋らなくなった。ただ、静かに微笑んでいる。





清清する!
これで消えてくればもっといい。










それを望んでいるはずなのに、どうして奴が消えてしまった今、こんなにも塞いだ気持ちになっているんだろう。
六芒星の模様が入った小さな箱を目の前に強く唇を噛んだ。この中には1枚のカードが入っている。奴の本体。
奴が喋らなくなって数日後、姿を見せなくなった。本体はちゃんとある。どこにも傷が付いていたり、破れてもいない。





箱の蓋を撫で、鍵を開けた。
挑発的な笑みを浮かべるヴァンパイア・ロードのカードを取り出した。前だったらすぐに出て来て私の首に噛り付いていた、のに。
今では気配すら感じない。私がいなくなれと念じ続けていたから、奴は本当に消えてしまったんだ。





「出て、来なさいよ」


「出て来て…何か、何か言って」


たった1枚のカード相手に私はとても、剣幕な表情をしていると思う。
カードを睨み付けたって、命令したって、一向にヴァンパイア・ロードは出てこない。
私が出て来て欲しくない時には出てくるせに、私が初めて呼んだ時に出ないって、どう言う事よ。
言いたい事があるのよ。大事な話があるの。出てきなさいってば。


「この前は、言い過ぎたって……」


「あなたは、謝らせても、くれないないの」





「――だから、信じたくなかったのよ。精霊なんて」


触れられないモノは必ず、いつか消えてしまう。そんなモノを信じても、結局辛くなるだけじゃない。
信じてなんかいなかった。それなのに滲む視界。これはどういう事なんだろう。私は…信じたかったんだろうか。


精霊と言う存在を?私がどんなに雑な扱いをしても、ヴァンパイア・ロードが笑みを貼り付けて、私の傍にいる事を?


…愛してるって囁かれた事を?


違う。そんな事など最初から、論外だ。
ただの、ヴァンパイア・ロードと言う掴み所の無い男の存在だけを、信じたかったのかもしれない。










『信じて欲しいと最初は思ってませんでしたが、最近になってついそれを願う様になってしまいました。僕は欲張りでは無かったはずなんですがね』










不意に声が降ってくる。
それは私にはもう随分と聞き馴染んでいた声だった。そして滲んだ視界に夜色のマントが見えた。
顔を上げるとすぐ間近にいつもの胡散臭い笑みを浮かべた――ヴァンパイア・ロードがいた。


「ヴァ、ンパイ…」


名前を言い掛ける私の唇に人差し指を当てた。


『ロードとお呼び下さい。その方がとても、呼び易いでしょう』


それにこの呼び方には色々とメリットがあるんですよ。
すぐに呼べて、僕がすぐにあなたの所に行けますから。何度も言ったはずですよと、得意げに笑った。





『それにしても…なまえさんの泣き顔、想像していたよりも、ずっと可愛いですね』


「……こっの変態ヴァンパイア!!!私の涙を返せ!!」


クスッと口の端に綺麗な弧を描いた。一気に頭に血が上った。
こいつは、こいつって奴は…!湧き上がる感情をぶつけようとした時、





『例え、一滴の涙でもお返しません。初めて、なまえさんが僕の為に流してくれたのだから』





「キザ…!そのセリフキザだわ!!」


"僕の為"じゃなくて"僕の所為"でしょう。
本当に言い過ぎたと、後悔してたのに。謝ろうと、思っていたのに。その途端にこれだわ。
冷たい美貌を持つ奴があえて、自らのレベルを落とす様な安っぽくて、胡散臭いセリフを選んで私に言う。


やっと、今になって分かった。奴なりに私が怖がらない様にしているって事を。
初めてヴァンパイア・ロードを見た時、傲慢そうな冷たい眼差しに、異様なまでの美しさは脅威だった。
そんなモノが自分を攫えと言うのだから、本当に。逃げ出してしまう程。多分、私はみっともないくらいに震えていた。
以来、胡散臭さの塊になっていた。あの眼差しも一度も向けられた事も見た事が無い。





『照れなくていいんですよ。これからは泣く程の寂しい思いはさせませんからね。安心して下さい』


つまり、また纏わり憑くって事か。
突っ込みどころも満載で言いたい事は沢山ある。だけど、これだけはまず言わせて。





「……ごめん、なさ、い。この前は、本当に言い過ぎた」


これからは少しだけ…信じてあげる。
最後だけ、呟く様な形になってしまったが、しっかりと奴の耳に届いたみたい。





『もう、全面的に信じちゃっていいんですよ』





儚い幻想で惑わしたりもする
(後悔させませんから、とロードはまた胡散臭い笑みを浮かべた)
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