還ろう、きみの元へ

005

 夕闇は黄昏とも言い、誰そ彼とも表記する。灯りをつけるほどでもないが仄暗く夕焼けにも紫が混じり始める。行きあう人々の顔がはっきりとせず影に溶け込むように見える、それが黄昏時だ。
 梓は、この時間帯が苦手だった。人間の影以外に沢山のものが混じり、どれがどれで誰が何かも判別できない。すれ違うほどになってようやくぼんやりとした輪郭に気付けるようになる。
 駅前の商店街、人の群れがポツリポツリと固まってすれ違うとき、角隠しを身につけた白無垢が通り過ぎる。また電柱の影に立つ靄が薄く高く伸びていく。頭のない犬が人々の足の間を器用に避けながら走り回る。青白い顔の少女が出入りの激しいお店の入り口にぼーっと立っている。
 見えていれば誰かが悲鳴をあげそうな光景だと思っているのは梓だけなのか。通りすがりの彼らは誰からも何からも気にされることなくそこにある。
明らかにおかしいのに。
 ふと、青白い顔の少女と目があった。涙を目元に溜めた、それは端正な顔立ちの彼女は、首元がべっとりと赤く濡れている。嬉しそうに笑った次の行動を予測して、梓は自然を装って目を逸らした。偶然、彼女に重なるようにあったポスターを見ていたように。
 まってください、そこの貴方。私と目があった貴方です。
 追いすがる声はか細い。ホラー映画に出てきそうだと連想してしまって、梓は舌打ちをする。今朝見た生首を持った子供の姿が脳裏に浮かぶ。
 幽霊。もしくは妖怪、妖精、化け物。人でも動物でもないそれらを、人間はそう呼んでいる。梓には、幼いころからそれが見えていた。幸い、よくあるホラーゲームのように襲われることはなかったが、梓が見えていると分かればずっと付きまとう。ぼそぼそとした声で話しかけてくる。他人には見えず聞こえないそれらは、不思議と自宅に入ってくることはなかったものの、一歩外に出れば変わらない。梓は、そのせいで一時的に不登校になってしまったこともあった。
 彼らはきっと夢や幻の類なのだ。そう言い聞かせて彼らと目を合わせないように視線を下へ向ける。気にしなければそれで過ぎていく。なによりも気付いていないと思わせることが重要だった。

「お、梓。おかえり」

 ふいに声を掛けられて、見慣れたスニーカーから目を外す。数メートルと離れていない先に、太鼓腹を抱えた大柄な男が立っていた。梓のよく知る彼は、従兄弟が入っている空手道場の門下生だ。彼の自宅は、半分が道場として開放されているせいか、時々稽古帰りの門下生と行き会うことがあった。

「金太郎おじさん」
「おいおい、梓までそいつかァ」

 字面では文句を言っているものの、表情はだらしなく締まらない。この男、金原欣治という名前だったが、その熊に似た風貌と豪快さからいつごろからか金太郎の愛称で親しまれている。そして、本人は意外とその愛称を気に入っているのだ。

「学校帰りかィ、今日は稽古するんだな、サボり坊主」

 軽く小突かれ、「週に一度は通ってるだろ」と言い返すが彼は意に介さずからからと笑った。相変わらず人の話を聞かない男だ。梓は溜息をついて師範代に会いに来たと話す。ついでにプリントの入った封筒を見せて、今日の休みについて聞いてみた。
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