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027

 踊り場となる場所を踏みしめたとき、目の前を落ちてくる華奢な背中が見えた。手足を丸めて、できるだけ身を守ろうとしている。目を固く閉じて、恐怖に涙を浮かべる姿。地を蹴り、手を伸ばす。かすった袖を引き寄せる。腕の中の体温を感じて、浮遊感と風の音を聞く。

 咄嗟に目についた手すり。かすりもせず、遠くなる。舌打ち。衝撃を覚悟して、光を投げ出さないように力を強める。

 鈍い、音を聞いた。しかし、思っていたほどの衝撃はなく、ところどころ腐って穴の開いた木造の階段が目の前にあった。茫然とする中、かすかな呻き声に我に返る。腕の中の光に呼びかけながら、薄汚れてしまった彼の頬を撫でた。

「…す…さ…」

 人工的な色彩が覗く。掠れる声が、大河を呼んだ。目の見えない彼のために、光の名前を紡ぐ。光のほとんど動かない義眼が、くるりと大河を見つめて、笑ったような気がした。安堵の息をつく。いくらかの傷はあるが、致命傷はなさそうだ。

「よかった…」

 その声を聞いた光の手が、大河の頬を撫でる。傷のついたサングラスを外して、彼の目元を覆えば、抱えていた身体が急に重みを増した。緊張で張りつめていた気持が緩んだのだろう。かすかな寝息が聞こえる。

「安心したんだね」

 後ろから声が聞こえてきて、肩越しに振りかえる。生徒と間違えられることが多い童顔の教員を視認すると、大河は、ようやく背中を支えていた腕に気付いた。

「あ、ありがとうございます…」
「こっちこそ。寿々が飛び出さなかったら間に合わなかった」

 ぽんぽん、と優しく頭を撫でて、上にいる生徒に呼びかける梓。天然らしい輝きを持った金髪の下にある碧眼が大きく見開かれたまま動かない。そのせいか、場違いながらも彼が人形なのではないかという錯覚を抱かせた。

 梓の呼びかけに一切反応しない生徒。その視線の先には、大河の腕の中にいる光に注がれていた。すっとふたつの背中が、大河の横を通り、階段を登る。生徒を捕まえるのだろう。腕の中にいた子犬は、いつのまにやら大河の足元で尻尾を振っていた。
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