奇人変人変態紳士
006
すでに慣れてしまった視線やひそひそと話し合う声を無視して、目の前にそびえたつ大きな図書館の扉に手をかけた。観音扉のそれは、とても大きくて重厚だ。百年ほど前は本は貴重な物資だったからなんとなく分かるけれど、今の状況を考えると見えやすいガラス製とかよさそうだ。息を吸って足を踏ん張って全体重を乗せて体当たりするように扉を押し開ける。
がんっ、と大きな音が響いた。一瞬気がそれて扉に引きずられるようにして立ち止まる。
「だ、大丈夫ですかッ」
顔を抑えて身体を震わせている少年に向かって声をかけた。ひとまず、彼に向かって開く扉から手を離して隙間から傍に滑り込む。角刈りの黒髪に顔を抑える固い指先。近づいて分かったことだが、改めて見ると上背もあれば筋肉もついていて男らしい体つきだった。しかし、他にはどこも怪我をしていないようで、抑えられている顔を見ようにも彼は手をどかそうとしない。
「えと、赤くなってるようなら湿布貰ってきますよ」
声を掛けつつ、彼の周囲に散った本の埃を掃い、折れを直して回収する。人が通る場所なので、できるだけ早く撤収したい。そう考えながら、再び彼の方を見た。
抑えていた掌から、零れ落ちる赤。慌ててティッシュを取り出して顎を伝う血を拭き取る。唐突の出来事に、目を白黒させた彼は無意識に手の力を緩めた。現れる鋭い三白眼と堀の深い顔立ち。高い鼻が赤く染まり、血の跡が残る、そんな少し間抜けな表情。
「わ…」
見目のいい彼に少しだけ気を取られた。感嘆の息をついたところで我に返り、ひとまず応急処置を施す。
「立てますか? 保健室行きましょう」
ベッドで休んでもらわないと。こくん、と頷く少年。同じ学年だろうか、軽く見てもどこにもバッヂがないため、確認のしようがなかった。
今度は、人の有無を確認してから扉に体重をかける。支えながら、彼を見ると、三白眼の鋭いそれと目があった。強面。そんな言葉が脳裏を過る。詰め込んだティッシュがじんわり赤くなっていく。
「たれる、たれるッ! 上向いてください、僕が先導しますから!」
彼は、思いのほか響いた言葉に動じることなく、素直に従った。下が見えない状態で、すっくと立ち上がる。運動神経がいいのか悪いのか。