逃走劇

004

 予鈴が鳴って待望の昼休み。のんびり弁当を取り出す俺を見て、どうも様子が違うとクラスメイトたちがこちらを伺っていた。気にせず同室くんの手料理に舌鼓を打つ。いやぁ、あいつ将来はコックなんじゃないか。

 鬼さんが来なくなってから三日が過ぎた。別になんということもなく、のんびりした昼寝ができて満足だった。ただ、その昼寝が以前より短いことに違和感を覚える。十分ぐらい寝て、ふと目が覚めるのだ。大概、なにかしら人が近づく気配がして、鬼さんかなって思って目を開く。まぁ、もちろん違うわけで。

「……む」

 今回、心地よい微睡から引き揚げてくれたのは、ビビり平凡代表の伊藤だった。俺の表情を見て、泣きそうになっている。平凡仲間なのに怖がらないでくれ。

「いやいや、俺だってわかった瞬間、なんか一気に不機嫌になったんだもん。知ってるか、暁は意外と目つき悪いんだぞ!」

 もう一人のクラスメイトの背中に隠れながら言われると、なんかすごく怖い人になった気分だ。盾にされた無口な同室くんは、心配そうに後ろの伊藤の頭を撫でている。親子だな。ていうか、俺、目つき悪いのかよ。
 こくりと頷く二人。なんてことだ。

「特に、最近はちょっと苛々してる」

 低い声でぼそりと言い、指で目の端を吊り上げる。同室くんの柔和な顔が、狐目のようになり、眉間の皺も相まって少々近寄りがたい。なるほど、最近はそういう顔をしているのか。

「運動してないからなぁ」
「放課後のあれで十分じゃないのかよ…」

 母からの言いつけでグラウンドを十周ほど走ってから帰るようにしている。彼女との約束を破れば恐ろしいことになるので、日課とも言えた。

「暁の言う運動の意味が分からない」

 あれは、ウォーミングアップみたいなもんなんだよ。

「それに、鬼さんが怪我したから鬼ごっこお休みだろ。あれ、結構いい運動になってたからさ」

 理由を話せば、なるほどと頷く二人。鬼さんの俊足と瞬発力を見ているだけあって、異論はないようだ。


 そんな結論が出た帰り道のことだった。久々に喧嘩の現場に出くわした。

 5対1という多勢に無勢。しかし、その場の雰囲気は完全にその一人に圧倒されていた。ステップでも踏んでいるような軽やかな動きで相手をなぎ倒していく。そんなに力が込められていないように見えるのに、相手は思い切り飛んで行った。あっという間に出来上がった死屍累々。はー、鬼さん以外にもこんな無双できる人いるんだな。

 ただ一人立つ人が、ふとこちらを振り向いた。紫というやたら目立つ色に染められた髪に、吊り上った眼の端正な顔立ち。すらっとした手足がこちらへ向かって歩いてくる。あまり足音が立てられず、猫のような印象を受けた。というか、なんでこっち来るんだろう。後ろを向いてみても、人っ子ひとりいない路地が見えるだけだ。

「見っけー!」

 おかしいな、と首を傾げた瞬間。掛け声とともに暖かい何かに包まれそうになった。持前の反射神経で、一歩後ずさり、いつのまに近づいてきたのか目の前に現れた猫のような彼を見やる。避けられるとは思ってなかったのか、彼は一瞬瞠目して、にんまりと微笑んだ。

「あはっ、本当に見つけちゃった」
「はい?」

 さっきと同じこと言ってないか、この人。思わず、不審人物を見るような視線を送ってしまった。

「あれれ、聞いてない上に知らないんだー」

 きゃー、シキってば過保護ー。シキって誰だよ。一人上機嫌にくるくる回る猫さん。喧嘩する人ってことは、おそらく不良さんの仲間だろうけど、不良さんってキャラ濃い人多いんだな。
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