逃走劇

002

 昼休みにのんびり過ごせないようになった。なぜか同じ学校だった鬼さんに追いかけられるからだ。昼寝が趣味だった俺にとって、それはかなりの打撃。
 理由は、単純明快。

「暁志信ッ、そろそろ入れ!」
「やでーす」

 俺が、チームのお誘いを蹴ったからだ。
 断ったときの教室ったら、アイドルが来たときの騒ぎレベルだったと思う。平凡仲間が、なんで断るのばかなの死ぬのなんなのでも、断った方が安全だって思うのは分かるよばかぁあ!って叫んでた。涙目で。
 なので、せめてクラスメートに迷惑がかからないように、休み時間は教室で過ごさないようにしている。
 階段の手すりをつかみ、一階分下の段まで飛び降りる。それを二回繰り返して、踊り場にある窓ガラスを開けて外へ。これは、かなりショートカットができるのはいいものの、逃走経路がバレるのがいただけない。

「テメェ、またそれか!」

 目に痛い髪色の鬼さんが踊り場の窓から叫ぶ。体格のいい彼には乗り越えられないのだ。小さいってときどき便利。
 わざわざ叫ぶだけ叫んでイケメンの頭が引っ込む。これは、階段を降りてくるだろうと検討をつけて、南校舎へ向かった。
 こっちの非常階段を使い、二階まで駆け足で登る。出てこいこらーと少し遠いながらも響く声から、まだ見つかってないことを確認。
 イケメンさんだから、声もわかりやすい。いい感じにバリトン気味の声が低くて男の魅力を凝縮したような感じ。まだまだ若いから、大人の色気ではない健康的なものが感じられる。
 到着した先は、屋上。どこかの公園のようなそこは、隠れるにはちょうどいい。こちらに続く経路を見張る位置に座り、弁当を広げた。
 サンドウィッチが美味い。

「暁ィイッ!」

 最後のひとかけらを飲み込んで、きちんと手を合わせる。作ってくれた同室君への感謝だ。

「はい、暁はここですがなにか」

 乱暴にあけられた扉が若干歪んでることに背中が震える。締められなくなったらどうしよう。

「…毎回、毎回…逃げ足、早すぎ、んだろ…」

 肩で息をする鬼さんは、おそらく校舎中を探しまくったに違いない。額から流れ落ちる汗が若干エロい。さすがイケメンちくしょう。

「命かかってますから」

 水筒からお茶を飲みながら答える。しかし、あまりにも走りすぎて鬼さんは話せないようだ。鞄の中からペットボトルを取り出して、鬼さんに渡す。適当に投げたのにしっかり受け止めて、何も言わず飲みだした。

「…ッはぁ…。とりあえず、入れって」
「嫌です。俺は平凡なんで、平穏な世界で生きていきたいんです」

 平穏万歳。俺が磨きたいのは、拳じゃなくてコミュ力だ。つまりは、クラスメイトとわいわいしたいのだ。最強の不良チームに入ってみろ。ひとまず、ビビりな隣の席が泣く。次に同室くんが体調不良になる。そして、我が両親に鉄の制裁を下される。なんの得があるのか、いやない!

「というわけで、俺は入りません」

 ぺいっと鬼さんの隣に降り立つ。まだ息が整わないうちに屋上から出ていくことにした。

「あ、おい、まだ話終わってね…!」

 後ろから伸びてきた手から逃れるために横っ飛びに跳んで、ドアノブを掴む。鬼の形相で叫ぼうとしている鬼さんを待つわけもなく、走り出した。目的地は、懐かしの教室。

 明日のお弁当は、焼きそばパンにしよう。焼きそばを作ってもらってパンを添えれば、偏りなんて全然気にならないぞー。
 そんなことを考えながら、俺は走った。
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