ねことばか
007
ふいに高い合成音が鳴った。ついでに足元の何かが震えて跳びあがる。薬が効いたのか深く寝入っている彼は全く反応しない。「お、辰巳。ようやくかぁ。今から君の愛しの久住くんとこにお見舞い行くんだけどお前なにほし…ってあれ」
おーい、辰巳さんやーい。電子音に交じってよく知る声が耳に入る。主の名前を呼んでいる。端末を覗きこんでみると、簡素な表示が甲斐田という共通の友人の名前を示していた。
なぉん。どうしようと呟いたはずなのに耳が捉えるのは小さな鳴き声。画面の向こうが唐突に押し黙る。
「あれ、もしかして噂の飼い猫くんか」
通話口らしきところを探して顔を近づけつつ鳴いてみる。おう、やっぱり。そんな返答が来て、猫と会話するつもりらしい甲斐田は言葉を続けた。
「にゃんこくんさ、辰巳にお見舞いなにがいいかって聞いといてくんない? いや、久住へのお見舞いだけどさ、結局あいつが半分貰ってくし」
みゃあ、と快諾しておく。
「おー、そうかそうか。さすが久住と同じ名前のにゃんこ。しっかりしてるね」
それほどでも。褒められて悪い気はしない。髭をそよがせたが、電話の向こうには伝わらなかった。じゃあな、と陽気な声を境に通話は途切れる。
いいのか、猫なんかに伝言頼んでおいて。この端末では、会話を記録しておく機能はないだろうに。いや、どうでもいい会話だから大丈夫なのか。
それよりも。
どうやら久住透哉は生きているらしい。
黒猫は、前足で顔を拭った。
なぁう。呼びかければ、さまざまな彩の彼等から一斉に同じような挨拶が返ってくる。大多数は、しっぽで軽く返事をすることが多いが、親しい相手だとわざわざ遠くからでも駆け寄ってきてくれることもある。気まぐれな猫らしいその対応に思わず苦笑した。
「ウメ、いるか?」
名前を呼べば、なぁおと野太い声。空き地の奥、なぜか置きっぱなしらしい資材の上に彼はいた。威風堂々とした体躯が、下から見上げることでより強く思われる。ふと、主の背中を思い出し、トウヤは猫らしからぬ動作で首を振った。