メルヒェン+エリーゼ



 輪になった生地が油の中に落とされる。熱い油が跳ねないように注意を払いながら丸い生地を落とす。しばらくすれば双方は膨らみ始め、一回り大きくなった生地をひっくり返せば香ばしい茶に色付いていた。

 「美味しそう…」

 「まだ駄目よ。半生だから食べたらいくらメルでもお腹を壊してしまうわ」

 「いくら僕でもって…僕は料理出来ないから見てるだけ。エリーゼに従わなくて痛い目は見たくないよ」

 銀色のフォークにドーナツを引っかけて裏を覗く。表と同じ綺麗な色に揚がっている。返しを取るのも手間に思えたエリーゼはそのままフォークでドーナツを再び返す。

 「そっちはさっき揚げたのにまたやるの?」

 「私のこだわりよ。片面を2回あげた方がメルは気に入ってるみたいだから」

 「ありがとう、エリーゼ」

 メルヒェンはエリーゼの細い金髪に指を絡め、器用に編み上げていく。幾本もの三つ編みが瞬く間に出来上がり、何とも形容し難い髪型となる。油を扱うエリーゼは不思議な形になっている頭に意識を持っていくことはない。

 「もう少しで揚がるから待っててね。戸棚にホワイトとビターのチョコレートがあるはずだから持ってきて貰えない?」

 「そういえばドライフルーツもあったよ。それは?」

 「そうね…バリエーションは多いほうが楽しいからそれもお願い」

 美味しそうに揚がったドーナツを1つずつ丁寧にエリーゼは油から上げる。油でつやつやと輝くドーナツが次第に本来の柔らかさを表していく。だが、その様子を眺めている暇はない。

 「さて、後はチョコレートね。袋の上から小さく割っておいて、メル」

 「これ、もう細かくなってるからそのまま使えると思うよ」

 ボウルにチョコレートを集め、お湯の張られた鍋に入れる。軽く混ぜれば熱でチョコレートは柔らかくなり、あっという間にチョコレートクリームへ変わった。スプーンから落ちるチョコレートにメルヒェンは意識を持っていかされる。

 ドーナツを1つ掴むとエリーゼはそれをチョコレートに潜らせる。絶妙な加減でチョコレートを纏ったドーナツはクーラーの上に乗せられ、上からカラースプレーで飾られた。

 「お店のドーナツみたいだ」

 「私のはお店よりも美味しいわ。だってメルの好みに合わせて小麦粉の分量まで少しずつ変えてあるのよ」

 「エリーゼは凄いね。僕は甘いもの好きだから何でもいいのに」

 「メルが良くても私は良くないわ。私は物が食べられない。その分『美味しい』って感覚はメルに味わって貰わなきゃ。ほら、もう1回手を洗ってきて。もう食べてもいいわ」

 丁度良い具合にチョコレートが固まったドーナツが皿の上に積み上げられる。生地は同じものであるのにチョコレートの種類と装飾によってそれぞれに個性がある。結果的に全て食べられるとわかっていても、どれから味わおうか決められない。

 選べない時は1番上から取るのがいい。計算されたように美しく積まれているドーナツを崩す必要がメルヒェンには感じられなかった。頂上に置かれているホワイトチョコレートにクランチが飾られたドーナツに手を伸ばし、一口頬張る。

 「やっぱり美味しい…」

 「でしょ?こだわるだけのことはあると思うわ」

 大食ではないのにすぐにメルヒェンは次のドーナツをとる。ドーナツの定義と言っても過言ではないだろう中心の穴に長い人差し指を通し、輪投げのようにして遊ぶ。

 「エリーゼ、どうしてドーナツには穴が空いているんだろうね」

 「それは早く火が通るからじゃないかしら。中心からも熱を与えれば真っ黒になる前に油から上げられるもの」

 「でも中にクリーム入ったドーナツあるよ?」

 「あれは揚げた後に入れるの。焦げない工夫もしてあるわ。別に穴があってもいいじゃない。形も可愛いし、食べ方を選べるし」

 指からドーナツを外し、チョコレートのついていない部分を器用に支える。穴から向こうの景色が見える。何の変哲もない部屋の風景だった。

 「どんな形でもエリーゼのドーナツは美味しいからいいんだけどさ。気になって」

 「思ったんだけど、丸い穴は窓みたいじゃない?世界もドーナツを通すだけで違って見えるわよ。私には今ドーナツの向こうにメルの目が見えるわ。普段は何も意識せずに視界に入っているのに、縁取られただけで変わるものね」

 「僕からは普段の部屋の一部分が見えるよ。こうやって見ると、窓よりも…額縁だね」

 甘い額縁に切り取られた部屋は見慣れているはずなのに、どこか特別なものに感じた。そのまま絵を変えようと動かせば、テーブルの上に丸いものを見つける。上半分にチョコレートがかけられ、串刺しになったドーナツはまた別の食べ物に見える。

 「ドーナツのくり抜いた部分を揚げたの。これはこれで可愛いでしょ?」

 「雰囲気も味も変わるね。同じもののはずなのに」

 「そのほうがいいじゃない。1つの生地とチョコレートで幾通りもの食べ方が楽しめるのよ」

 右手に普通のドーナツ、左手に丸いドーナツを持ち、同時に頬張る。同じものとは思えないくらいの違いがあった。このドーナツがまだ目の前に積まれているのと、エリーゼの存在がとても幸せに思えた。







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