レオエレもどき



 「なっ…レオン!どうしたんだその髪!」

 「髪…?別にどうもしていないが」

 「嘘をつけ!どうして…どうしてそんなに…」

 顔を真っ赤にして早朝からエレフは叫ぶ。特に何をした、という訳でもないのに一体どうしてしまったのだろうか。髪は切ってもいないし、泥まみれになってもいない。悲鳴をあげそうなエレフにうろたえながらレオンは次の言葉を待つ。

 「どうしてそんな…ぐしゃぐしゃになってるんだよ!突風に吹かれたにしてもひど過ぎる!」

 一瞬沈黙し、レオンはようやく理解する。起きぬけのためにまだ身嗜みはきちんとしていない。つまり髪は寝乱れたまま、ということだった。

 「レオン、俺はお前に何回も言ったよな…ちゃんと髪は乾かしてから布団に入れって」

 「う、済まない。それなりに水気は飛ばしたつもりだったのだが…」

 「だったらなんでそんな頭してるんだよ。鏡見てみろ、酷いぞ」

 どこからか取り出した手鏡を手渡される。大振りな鏡に映るのは重力の法則を無視したように逆立った髪。突風どころか大嵐の中にいたってこのようにはならないだろう、と冷静に解析する。

 「確かに、これはなかなか酷いな」

 「寝起きとはいえこの頭で出歩いていただなんて信じられない。無駄に整った顔してるのにな…そんな頭じゃ半減だ」

 「ありがとう。エレフが私を褒めてくれるなんて珍しい」

 「いやいや、ほとんどはけなしてるぞ」

 はぁ、と大袈裟なくらいの溜息をついてエレフは頭を掻く。どうしようもなく天然で抜けている実兄に頭痛を覚えずにはいられない。それなのに当の本人はというと、不可思議な方向へ跳びはねている髪と戯れているのだ。

 放って置いてしまおうか、という思いが一瞬頭を過ぎるがすぐに霧消する。このまま放っておけばどうなるかは目に見えているからだ。自分では手に追えなくて更に悪化する、助けを求めに行く途中で枝にでも絡まって悪化する。考えだしたらきりがない。

 「俺が何とかしてやるから。頭貸せ」

 乱暴に解こうとして早速問題を起こしている兄にエレフはこう言うしかなかった。






 「全く…何やってんだ、俺」

 悪態をつきながらエレフは洗面器に水を汲み、頭に思い切りかける。予期していなかったのか、目に水が入ったらしくレオンは苦しむ。満足に髪も洗えないのかこの低能、なんて文句を吐かなかっただけ自分は相当凄い。

 「いいから目はつぶってろ。水でそんだけ苦しむんだから…王が聞いて呆れる」

 「いやでもあの寝癖はたまたま…すまない」

 しゅんとするレオンを無視してエレフは石鹸をつけ、濡れて尚ボリューム感のある頭に手を伸ばす。日頃の恨みを少々込めながら強めに泡を立てていくが、頭皮から毛先まで手を抜くことはない。

 「…気持ちがいいな」

 「そうか、よかったな。だがそれもここまでだ」

 先程同様に水をかけ、石鹸を流す。井戸から組んだ水は冷たく、石鹸と共にレオンの目を襲う。間一髪痛みからは逃れられたが、強く閉じた目の先に心底楽しそうなエレフが見えた気がして少し悲しくなった。

 「エレフ、いい笑顔だな」

 「お前、目ぇ開いてんのか!?馬鹿だろすぐ閉じろよ!」

 「しっかり錘むっているぞ?ただそんな気がしたんだ」

 確かに恨み辛みを晴らせる、という意味の楽しさもあるにはあるが、どちらかと言えばそれよりもただ単に楽しい、というところが多い。それはレオンには伝わっていないようでほっとする反面、何となくやりきれない感が残る。

 石鹸を流し終え、軽く水気を切り始める頃にはレオンはすっかりご機嫌になっていた。さっきの杞憂はなんだったのだろう、とやはり溜息をつかずにはいられない。

 「ありがとう、エレフ。あとはちゃんと乾かしておくから…」

 「待て、レオン。お前まさかこれで終わりだと思ってるのか?」

 終わった、と思って立ち上がろうとしたら思い切り肩を捕まれた。再び椅子に座らせられ、髪に指先が触れる。

 「何となく解ったぞ、髪がいつも広がりまくってる理由。トリートメントとかしてないだろ」

 「…トリートメント?」

 「解った、もういい」

 呆れながらもエレフの指は止まらない。くるくると髪を掻き回せば、石鹸とは違う柔らかな香りがする。心地好さに目を細めれば、釣られて何だか笑えてきてしまう。

 「…何かな、お前の頭洗ってるとでかい犬を思い出す。毛が長くて、無駄に愛想よくて。名前とは正反対だ」

 「ふむ、ではエレフは…うさぎ?」

 「何を根拠にそうなるんだ。普通に考えたら狼だろ、馬鹿レオン」

 「紫狼なんて獰猛な生き物じゃないさ。もしエレフが狼だとしたら私の髪なんて洗ってくれないだろう?」

 「だからって何故うさぎのチョイスなんだ…」

 言葉と裏腹にエレフは微笑む。うさぎ、と称されたのは気に入らないが、何よりこの穏やかな空気が沁みるのだ。

 トリートメントを流し、大きめのタオルで髪を拭いていると余計に犬を思い出す。タオルの端から飛び出す毛先を指に絡めて遊んでいれば、いきなり手を引かれる。バランスを崩し、足が縺れ、気づいたときにはエレフはレオンの腕の中に収まっていた。

 「まだ髪拭いてる途中なんだけど。放せ」

 「嫌だ。もう髪は洗い終わったのだろう?だからそこまでしてくれなくていい」

 「そんなこと言って…拭かないとまた酷い頭になるぞ」

 「そうなったらまたエレフが直してくれるのだろう?」

 即座に否定しなかった自分が恨めしくなる。レオンは少し表情を苦くしたエレフを見て口角を吊り上げる。文句を並べようと思っても遅い。一瞬の沈黙が肯定の意思を示していた。

 「…ちゃんと乾かせよ」

 ぼそっと呟いて腕を伸ばす。濡れた頭を掻き抱けばふわりと石鹸が香る。自分の髪と同じ、慣れない香りに戸惑わずにはいられなかった。





















実は初めてな学園じゃない運命だったりする
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