イド+闇+冬



 「ヴィオレットとオルタンスがロマンを巡っていたときに見つけたらしいんだ。せっかくだから一緒に食べようと思ってね」

 そう言ってイヴェールが大きな紙袋から取り出したのは、小さいけれどカラフルな箱だった。袋からどんどん出てくるその箱は食べ物らしい。一体どんなものなのだろう、と心が踊った。

 「その量…まさか全て菓子箱か?」

 「その通り。よくわかったね、イド。凄いでしょ、こんなに沢山のお菓子。しかも全部僕の知らないものなんだよ」

 驚いたことに、山と積まれた全ての箱の中身はまだ出会ったことのないものらしい。ここで自分を御せなければ何を言われるかはわかっている。それがどんなに屈辱であるか、知っているのに僕は目の輝きを消し去ることが出来ない。

 「全部未体験のお菓子だなんて…!」

 「菓子ごときで喜ぶなんて低能だな」

 「まあまあ、そう言ってるイドもお菓子から目を外せてないよ?全て新しい味なんだ…これって未知の大海に漕ぎ出すときの気持ちに似てると思わない?」

 にこりと笑ってイヴェールは紙袋から小さめの箱を投げて寄越した。外国の言葉なので書かれている文字は読めないが、箱に描かれた菓子のイラストの可愛らしさは分かった。

 封を切ればそこには白とピンクのチョコレートに刺さったビスケット。それはキノコの形をしていた。

 「お菓子のキノコ…これ、ブッシュ・ド・ノエルに刺したら可愛いかも」

 小さく呟いて、キノコを1つ頬張る。ホワイトチョコレートと苺のチョコレートが溶けだし、何とも美味しい。見た目の可愛らしさに加えてこの味のレベルは犯罪ではないか。

 「メルヒェン、僕はこれを開けてみたんだけど…」

 「凄い…このコアラ達、みんな顔が違うんだ。何か食べるの勿体ないよ」

 「この満面の笑みのコアラにはもう会えないかも知れないって思うとね…」

 「所詮小麦粉とチョコレートの塊ではないか。そんなもの、腹に収まれば全て同じだろう」

 イヴェールと同じコアラのお菓子を、柄も確かめずに口へ運ぶイドを見て思わず溜息をついてしまう。彼にはこのちょっとした部分のこだわりなどどうでもいいのだろう。このデザインを考えた人は苦労しただろうな、と気の毒になった。

 僕が憂えている隣でイヴェールはもう次のお菓子に手を伸ばしていた。人のことを言えたものではないが、彼の食欲、というより甘味への執着心は凄まじい。

 「イドなんて放っておいてこれ、開けてみない?甘いものの次は甘さの控えめなものってことで」

 箱を覗き込めば、キノコとはまた違った面白い形をしたお菓子が詰まっている。その形はどうしてもあるものを彷彿させてきた。あぁ、駄目だ。我慢出来ない。

 僕はそのお菓子をごっそり取り出し、まず左手に、そしてそのまま右手の指全てに嵌める。予想通り、指にぴたりと嵌まったそれは丁度鋭い爪のようだ。

 「見て、イヴェール。シャイターン!」

 丁寧にポーズまで取ってみせれば、イヴェールは肩を震わせている。どうやらツボに入ったらしく、不規則な呼吸の合間におかしな笑いが表れていた。

 「はぁ…全く。いい年した大の男が何をやっている」

 心底楽しそうにイドが僕を見つめる。口元が釣り上がり、頬も軽く痙攣し、仄かに紅く染まっていた。この次に来る言葉なんて1つしかない。

 「この低能が!」

 この時を待ってました、と言わんばかりの自信に満ち満ちた表情。だが、僕は彼を今なら言い負せられるような気がするのだ。

 何故か睨み合いになった僕達。その狭間で笑い転げるイヴェール。

 人生最新にして最後だろう勝機のある言い合いを始めるために、僕は口を開いた。



















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