冬+狼+闇
1月の雪の日、あまりの寒さに外へ出られたものではない。家を囲む森の木々は銀色に染まり、大地はそれよりも更に眩しい白をしている。幼子ならばこの大雪に喜び跳ね回るだろう。だが自分達はそんな時を遥か昔に置いてきてしまったのだ。
「1人例外がいたかな」
「どうかしたの?メルヒェン」
「いや、何でもないよ。ただ外は寒いなって」
雪も眺めているだけならば何も害はない。寧ろ白銀の世界は気持ちのよいものだ。緑の森に劣らず白の森も美しい。
名前に冬を冠しているとはいっても寒さよりは暖かさが好きなイヴェール、部屋の温もりにまどろみつつあるエレフ。この面子はなんてやる気がないのだろう。かくいう僕もその中の1人ではあるが。
「ヴィオレットとオルタンスはこの雪の中遊んでいるみたいだけどな」
「エリーゼも外へ出てるんだよね?姫君達は元気だねぇ。僕らとは大違い」
「イヴェールって寒さに弱いわけじゃないでしょ?3人に混ざって雪だるまでも作ってきなよ」
「メルヒェン、お前はイヴェールを過大評価しすぎだ。こいつは毎朝のように双子に布団を引きはがされて寒くなって起きてくるようなやつなんだよ。冬の名だからこそ暖かいのが好きなのかもな」
覚醒したエレフは楽しそうにイヴェールの両頬を引っ張った。太陽と月は歪つに伸び、目の端からは涙が見える。痛い痛いと喚きながら暴れるイヴェールだが、エレフには無駄な抵抗のようだ。流石は奴隷部隊の隊長といったところである。
おもむろにイヴェールを解放し、エレフは窓の外を見つめる。あの紫の瞳に映った雪は何より美しいのだろう、なんてことを考えながら、僕はエレフと窓の間に陣取った。
「よく考えてみると俺は本物の雪を見るのは初めてなんだよな。雨が凍っただけなのにこんなに白い。外へ行ったら楽しいだろうことは分かってもこの寒さじゃあな…。俺が住んでいるところはこんなに寒くないから服も薄いし堪える」
「確かにね。ろくに防寒具もないから寒いよね…あ、そっか」
3人で外へ出ればきっと楽しいに違いない。今日は無理でもまたいつか白銀の世界で跳ね回ってみたいものだ。
「はい、これプレゼント」
エリーゼに手伝って貰いながら作った耳当てを手渡す。イヴェールには羽織りと目の色と同じ青、エレフには髪の紫、ついでに自分様にグレー、と色にも少しこだわってみた。
「外行くと耳はどうしても寒いからね。耳当ては重宝するよ」
「へぇ、よく出来てるな。ありがとう、メルヒェン。でもまさか同じこと考えてたなんてな」
ごそごそと茶色の革袋から出されたのは3つの手袋だった。僕と同じように青と紫とグレーの配色である。僕が2人に抱くイメージは同じなようだ。
規則正しい編み目の連なった手袋。商売品と言われても誰も否定が出来ないだろう。手を通してみれば、大きさもぴったりで、僕の為だけに生まれたのだ、と実感する。控えめに入れられたMのアルファベットもそれを物語る。
「メルヒェンからの耳当てにエレフの手袋に…あったかいね。2人からの気持ちも伝わってくる」
手袋を嵌めたで耳当てを包み込み、イヴェールはそっと呟く。その声は何よりも暖かく、冬の寒さを忘れさせてくれる。
幸せそうにイヴェールは持ってきていた大きな包みを開き始める。雪の白さを映したような包みには凍った湖のような水色のリボンが掛けられている。それを解き、包装を剥がせば、真っ赤な塊が現れた。
「冬に1番恋しくなるものって暖炉だと思ったんだ。揺れる炎は手を翳さなくても暖かくしてくれる」
赤い塊は解かれ、エレフを1周し、イヴェールを1周し、そして僕に巻き付く。
「耳も寒いし手も寒い。それに僕は首も寒いんだ。マフラーを巻くと暖かいけどさ、こうやって3人でぎゅーっとくっつけばもっともっとあったかいでしょ?」
真ん中のイヴェールは僕達の肩を抱きしめる。彼の言う通り、3人でいれば寒さなんて感じない。
「でも少しばかり動きにくいけどな」
苦笑しながらエレフが耳打ちするが、その声はどこまでも優しい。動きにくいならもっとくっついてみればいいんじゃない?そう僕は言って、エレフとイヴェールを抱えるように腕に抱いてみた。
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