王闇



 「君はどうしてここにいるのかな?」

 底を尽きかけていた食料の買い出しから帰った僕。両腕いっぱいに抱えた荷物の隙間から覗いた真白なブーツから嫌な予感はしていた。だがこれは疲労からくる幻覚だ、と決め付けたかった僕は一縷の望みに賭けていたのだ。

 リビングのソファに物鬱げに寝転び、僕のお気に入りのカップで紅茶を飲む金髪。丁寧に洗濯したてのブランケットまで被っている姿を見て、溜息をつかない訳にはいかなかった。

 「やあ、メルヒェン。あまりにも君の帰りが遅かったから待ちくたびれてしまってね。寒かったし、エリーゼも留守だったから上がらせて貰ったよ」

 「私はしっかりと鍵を掛けたはずだよ?」

 「あれくらい簡単な作り、僕の前では生まれたての子猫のようなものさ」

 そう言って王子は針金を渡してきた。絶妙な具合にカーブを描くこの針金が、招かれざる客を迎えてしまったという訳だ。悪びれる様子もなく王子は笑っている。僕がにらんでもソファから退くこともブランケットを返すこともしない。

 「まあそんなに怒らないでくれ。僕もいつもの体調だったら君を待っていたのだけれど…」

 「どこか悪いのかい?風邪か?」

 「いや、風邪じゃない。ただ1つ分かっているのは…この病を治す薬は存在していないってことさ」

 しゅんとなって王子は告げる。言われてみれば顔色も少し悪い気がする。捕らえられないようにそっと額に触れてみれば、普段よりも更に熱い。体温のない僕は一瞬であっても触れるに堪えられないほどだ。

 日頃から何を考えているか解らない王子であるが、今回は度を越して酷い。ここまで体調を崩しておいて、何故城で大人しくしていないのだろうか。

 「全く…そんな体でどうして君は無理をするのだろうね。まあいい。私は病に利くものなんてあまり知らないが、エリーゼに聞いたものならば幾分作れる。そのままそこで横になっていればいいさ」

 王子に背を返し、頭の中で様々な食材を駆け巡らせる。ジンジャー、カモミール、と単語では浮かび上がるが、それをどう組み合わせるかが問題なのだ。放っておけずに何か作る、と言ってしまった自分が恨めしい。

 「エリーゼ、早く帰ってきてくれないかな…」

 「おや、素が出ているよメルヒェン?」

 手首を捕まれ、病人とは思えない力で引っ張られる。王子は病人だ、と気を抜いて僕は簡単に体勢を崩し、ソファに雪崩る形になってしまった。

 「言ったでしょ。僕の病は治らないって」

 そっと囁かれれば、背筋を冷たいものが走り抜けていく。細長い指に髪が絡め取られ、首筋を擽られる。慣れない感覚に肩を跳ねさせれば、今度は耳に舌を這わせてくる。

 「薬なんてない。だって僕のこの病の原因は君なのだからね」

 背に抱き着かれてしまって身動きの取れない僕は抵抗することすらままならない。身じろぎしたところで王子の腕からは逃れられそうにないのだ。それが愉快らしく、王子のくすくすとした笑いが掠める。

 「…もう好きにすればいい」

 あまりに真っ直ぐな想いと邪気のない笑みに反抗するのも億劫だった。じゃあ、いただきます、とそれは至極嬉しそうに言うものだから僕は諦めるしかないのだ。

 やっぱり僕はこの王子が苦手だ。


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