学ミラ



窓際前から6番目、つまりは1番後ろの席。太陽が傾きかけの暖かな午後であった。

日常生活に使うとは到底思えない古典文法。人生は今の時代の言語、そして少しの計算。それが分かればいい。昔の言語、しかもその文法なんてなおのこと必要ないだろう。

 もっとも、授業自体は退屈極まりないのだが、担当教師のお陰で今日もオリオンは楽しく授業を受けている。

オリオンは一方的に大好きなスコルピオスがあまり回ってこない席に座っている。他の授業ならば素晴らしい席なのだが、この時間ばかりはここを呪ってしまう。

 聞いても分からない、と割り切っているためただぼんやりとスコルピオスを眺める。今日も眉間に皺が寄っているな、なんて思いながら50分という長い時を過ごしていた。

「…今日も相変わらず可愛いなぁ、スコピー」

そんな言葉が無意識に口を付いて出る。その小さな呟きをスコルピオスが聞き逃す筈が無い。

「授業中になにを馬鹿なこと考えてる、オリオン!」

彼の手にあったチョークが美しい放物線を描きオリオン目掛けて飛ぶ。時速120qは出ていると噂される校内で1番の速度を誇る飛び道具。そしてそれは確実に生徒の脳天に直撃するのだ。そのあまりの速さと命中率を生徒は恐れ『サソリの毒針』と呼ぶことさえあった。

だがオリオンに毒針が通用する筈も無い。考え事をする目が一気に戦場のものとなり、彼愛用の武器である輪ゴムが放たれる。

 「照れなくってもいいのに・・・弓がしなり弾けた炎、夜空を凍らせて撃ち!」

 輪ゴムは見事にチョークを粉砕する。スコルピオスのチョークを破るという伝説をたった今打ち立てた彼に小さく拍手を送る者もいた。

だんだん大きくなりつつある拍手を掻き消したのは黒板に出欠表が叩きつけられた音だった。そしてスコルピオスは叫ぶ。

「何故チョークを砕く!前へ来い、今すぐだ!」

その怒りの感情をオリオンは感じ取る。普段でさえ人を圧倒させるがそれを遥かに超えた念。命の危機を感じたオリオンは立ち上がり、そして廊下へ逃げ出した。

「待てオリオン!」

チョークと共に恐れられる第2の武器、T字ボウキを手にスコルピオスは逃げるオリオンを追う。

 窓から下を見れば逃げるオリオンと追うスコルピオスが見える。

「俺のこと追いかけてくるなんて積極的だねスコピー!でも暴力は勘弁・・・というわけで揺らぐ世界螺旋の炎、輪廻を貫いて撃ち!」

「待たんかオリオン!」

「スコピーが俺の愛に答えてくれるっていうならね!」




「あー参った参った。意味もなくずっと追いかけてくるんだもんな。可愛いから許すけどあの体力はなんとかならないかな・・・」

授業も終わり昼休み。ようやくスコルピオスを撒いたオリオンは頭を掻きながらつぶやく。

「オリオン、災難だったな。授業中に担任への愛を叫ぶ馬鹿がどこにいるんだ」

不意に後ろから声を掛けられる。振り向かなくても聞き慣れた声の主は分かる。

「エレフか。全く参ったよ。スコピーが俺のこと大好きで追っかけてくれてるならもっと楽しかったのにな・・・」

「それでな、オリオン。あの無駄な追いかけっこを応援してたんだ。ミーシャがな」

肩を掴まれ振り向けばそこには黒い笑みを浮かべたエレフがいた。

「なんで…俺悪くなくない?」

いつの間にかエレフの手には2本のホウキが握られている。学園一の機動力を持つ不良の長の愛刀、校長室掃除のホウキである。

「それが無意識だろうとミーシャの気を引く奴を許すものか!」

「エレフちょっと考えてみろ!俺無罪!」

「問答無用だ!死ね、オリオン!」

 「理不尽すぎるだろ!」

一難去り更に大きな難。オリオンの学園生活に平穏が訪れることはない。
















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