地平線越えてとりあえず沢山



 こんな日はいつ振りだろう。俺もミーシャも何の用事もない休日。大切な妹と過ごせる休みに俺は舞い上がっていた。2人で過ごせる貴重な時なのだからミーシャに何をするかを決めて貰いたい。そう思って問えば、大分想定外な答えが返ってきた。

 宵闇の屍揮者、彼に会ってみたいというのだ。

 てっきり買い物をしに市場へ行きたいとか、昼まで眠ってゆっくり1日を過ごしたいとかを要求されると思っていた俺は驚いた。割と最近友人となった彼の話をミーシャの前で何度かしたから気になっていたのだろう。屍揮者という単語と本来の彼の落差に驚く顔は容易に想像できた。




 「なんて偶然なんだろうね。メルツ君だけじゃなくて君達にも会えるなんて」

 井戸へ至る森の道で出会ったのはイヴェールとメルツという銀髪の2人、そして双子の姫君だった。ミーシャと2人の休日にどんどん役者が増えていくことに最早笑うしかない。一体今日は何故こんなにも皆が暇なのだろう。

 「お久しぶりです、エレフさん。メルヒェンに会いに行こうとしてたら偶然お三方と一緒になりまして。そちらのお方は…」

 「エレフさんの双子の妹君、ミーシャさんですわ」

 「お料理の腕も素晴らしく、とてもしっかりなされた方ですわ」

 「私はそんなに凄くないわよ?2人だって何でもそつなく熟せて…」

 謙遜しながら照れるミーシャの可愛らしいことといったらない。双子でよかった、なんて幸せに浸っていればイヴェールに笑われた。

 「なんか大所帯になったね。メルヒェンは人気者だよ」

 「自分で言うのも何ですが…彼は可愛い性格してますからね」

 自然と男女に分かれる形となり、森の道を行く。鳥の囀りと木々のさざめきが響き、木漏れ日が揺れる。なんて贅沢なところで彼は時を過ごしているのだろうか。

 数刻の後、寂れた塔が樹木の間から顔を覗かせた。噂の彼に会える、とそわそわしだしたミーシャを横目に井戸へ視線を向ける。いつの間にか増えた客に驚かせてやろう、と彼の名を呼ぼうとした瞬間、碧き瞳の少女に慌てて止められた。

 「久しぶりじゃない、エレフ。悪いけど今メルは取り込み中なの」

 エリーゼは人差し指を立てて唇に当て、もう片方の手で井戸をさす。彼女の指し示す方を見てみれば、そこには井戸にもたれ掛かるメルヒェンがいた。

 「メルヒェン…」

 「全く、無防備すぎるのよね。今日は私がいるからいいけど…あの王子は油断ならないわ」

 あからさまな嫌悪を見せてエリーゼは言った。彼女は細い腕に自らを抱き体を震わせる。まだ出会ったこともないのに既に嫌いになってしまいそうだ。

 ご機嫌斜めなエリーゼとは裏腹にミーシャと双子の姫君達は眠るメルヒェンに興味津々のようだ。髪を一束掬って光に翳してみたり、真白な頬を撫ぜてみたり。完全に玩具と化している。

 「宵闇の屍揮者、なんていうからどれだけ恐ろしい人かと思っていたの。想像していたのと随分違って優しそうな表情を浮かべる人ね」

 「ムシューとどことなく似ていて、とてもお優しい方ですわ。少しおっちょこちょいなところも可愛らしいお方ですの」

 「男性とは思えないほどに綺麗な肌ですし、髪もつやつやで。羨ましい限りですわ」

 溜息をつきながら3人は喋り続けている。いつの間にか宵闇の髪は左右2つに結い上げられ、何とも可愛らしい髪型となっていた。

 「恐ろしいほどに似合いますね。流石はメルヒェン、元がいいだけはあります」

 「いつも可愛いけどツインテールもいいね。メルヒェンもだけど、ヴィオレットとオルタンス達も流石だよ」

 「私のメルだもの、似合うのは当たり前よ。何となく展開的に王子が来そうなのが気に入らないけど」

 「…その前に寝てるのに遊ばれてるメルヒェンを誰も可哀相だとは思わないのか?」

 この状況で眠り続ける本人も本人だ。どこから持ってきたか知れない金と黒のリボンで更に飾られている。よくよくみれば、いつの間にか井戸に腰掛ける影が増えているではないか。その金髪と揃いのところから、どうやらリボンは彼のもののようだ。

 「せっかく我が姫君、メルヒェンが可愛らしい格好をしているというのに。あの男がいるのでは迂闊に近付けないじゃないか」

 「僕の方は彼を知らないから何も問題ない、といいたいところだけれど、そんなことをしたら君に殺されてしまうからね。屍体の永久保存は御免だよ」

 聞き覚えのない声に振り返れば同じ顔が2つ立っていた。赤と青の違いはあるが、その風貌はまさしく『王子』といったところである。その2人を確認した瞬間、メルヒェンには何が似合うか話していた3人の目付きが変わった。

 「出たわね、変態王子!」

 「今日こそ仕留めさせて貰おうか…」

 「メルヒェンに迷惑かける人は許せないからね」

 俺は見てはならないものを見てしまったのかもしれない。あの温厚なイヴェールでさえ真っ黒な笑みを湛えているではないか。

 そして、当たりが乱闘騒ぎになるまでどれだけの時間がかかったのだろう。エリーゼやメルツも恐ろしいが、それを受け流す2人の王子もなかなか俺には怖い。ひょっとしたらうちのオルフやシリウス並なのではないか。

 この騒ぎの中、尚もメルヒェンは目を醒まそうとしない。ここまでいくと賞賛にも値するだろう。

 井戸に体を預けて眠り続けるメルヒェンにそっと近付き、俺はミーシャと揃いの羽織りを脱ぐ。無駄だとわかってはいるが、起こさないようにそっと羽織りをかけてやった。

 そうだ。このまま目を醒まさない方がいい。あまりにもエリーゼ、メルツ、イヴェールは恐すぎる。

 どうか目を醒ましませんように、と願いを込めて彼の頭を撫でる。やけに柔らかな髪も、どこかあどけない寝顔も。人を引き付けるものを持つのもなかなか大変なことだ、としみじみ俺は思った。


















前サイトのフリリク
お持ち帰りは禁止です
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -