冬闇
「毎日ご飯を作ってくれる。洋服のほつれを直してくれる。遊んだり、物語を廻ったり、守ってくれたり。何より僕を1人にしないでいてくれる。ヴィオレットとオルタンスには感謝してもしきれないんだ。僕は2人が大好きなんだよ」
わざと満面の笑みを広がらせて言えばメルヒェンの視線はだんだんと下がっていく。眉もすっかり下降線を描いていて、これがあの『宵闇の屍揮者』だとは思えない。最もこの表情もメルヒェンなのだから僕は好きだった。
「…エリーゼは何も知らない僕にいろんなことを教えてくれる。そそっかしい僕の傷の手当てもしてくれたり、落ち込んでいるときには励ましてくれる。とってもとっても優しいんだ。まるでムッティみたいにね。エリーゼは僕の大事な友達…掛け替えのない大切な子だよ」
こちらの姫君に対して向こうも姫君を出してきた。だが、僕と違うのは肩を震わせて涙目になりかけなことだ。自分の失態をも披露するとはなかなかの落ち込みようである
「…メルヒェン、ひょっとしなくても拗ねてるでしょ」
「そ、そんなことないってば」
「嘘。君は嘘をつくと直ぐに顔に出るからね。今も視線は泳ぎっぱなしだよ?」
メルヒェンの真白な瞳は斜め右上から左上へ、それから僕の膝の上で組まれた手へと動く。ゆっくりと上がる視線が僕の赤と青の眼は交差したとき、彼は頬を赤らめてさっと視線を外す。
「…だってイヴェール、せっかく久しぶりに一緒に居られるっていうのにさ、ずっと双子の姫君のことばっかり。僕のこと嫌いになった?」
「全く…そんなことあるわけがないでしょ?ヴィオレットもオルタンスも大好きだよ。でもメルヒェンのことも大好きなんだから」
大好き、と言っても種類は違う。あの2人にはこんな感情を抱いたりはしない。
決して苦しくなり過ぎないようにメルヒェンを強く抱きしめる。予期しなかったことなのか、彼はぴくりと跳ね、小さな悲鳴を上げた。
「愛してるよ、メルヒェン」
健康さの欠片もない青白い顔が一瞬にして真っ赤に染まる。林檎なんかとは比べものにならないほど赤い。魚のように口をぱくぱくさせているけれど、一体何が言いたいのだろう。
全くもうじれったい。歌も言葉も紡がない唇なんて必要ないじゃないか。
未だ事態を飲み込めていないまま口付ければメルヒェンは流れる血液さえ逃げ出すほどに赤くなった。
ああ、本当に可愛いなぁ…。
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