学パロ王闇


 長いタオルをぐるぐると巻き、枕を作って机に置く。その上に頭を乗せてしまえば睡魔が襲うのは早い。酷い低血圧な僕が始業30分前、という時間から活動をしているのだ。瞼は鉛より重く、思考は凍結してしまっている。室温も快適で僕はすぐに眠りに落ちた、筈だった。

 「おや、こんな朝早くから君に会えるとはね。いつも昼過ぎにしか来ないだろう?」

 眠りの淵から僕を引き戻したのは彼の声だった。今日は朝も早くて辛いというのに、なんてついていないのだろう。

 「君の方こそ珍しい。サボり常習犯な王子様」

 「今日は雪白と野薔薇に連行されてね。教室から抜け出したら大変なことになるって脅されたのさ」

 溜息を尽きながらもその表情は何処か満足そうだ。2人が何故教室に閉じ込めたのか、その理由を王子は知らないのだろう。

 「サボり常習な君は知らないと思うが、2人は休み時間毎にいかにして王子に制裁を加えるか話しあっているのだよ」

 「僕のことを好いてくれるのは嬉しいのだけどね。2人の美しい姫君に追い掛けられるなんて僕は罪作りな存在だ」

 王子の勘違いも甚だしい。心理に気がつかない低能の話は無視して、僕は再び机に突っ伏す。

 瞬間頭をわしづかまれ、視線を上に上げさせられる。不機嫌そうな王子は腰に手を当て溜息をついた。瞳の中で揺れる感情は彼の片割れを思い出させる。

 「起きてよ、メルヒェン。世界の朝はとっくの昔にやって来ているんだよ?」

 「私が極度の低血圧だということを忘れないで貰いたい。私は少しでも体力を温存するために眠りたいのだよ。君も授業を受ける気などないのならさっさと何処かへサボりにいけばいいのではないかな?」

 「それは名案かもしれない。だけどそれでは僕の今日の目標は達成されないのだよ」

 前の席の椅子に座り、同じ目線に合わせてくる。確か前席の彼女はこの王子に憧れていただろう。これでまた僕は彼女のお喋りに付き合わされる羽目になるのか、と思いまた溜息をついてしまう。

 溜息なんて幸福が逃げてしまう、と王子に指摘されるのが気に入らない。僕に溜息を尽かせているのは君だというのに。この人の話を聞かないところと少々強引なところが治れば世界は幸福になれるというものだ。

 「聞かなくてもいずれ君は語りだすのだから先に聞いておこう。その目標、とは何なのかな?」

 「メルヒェン、僕は基本的に学校にいても授業にはいない。君は学校にはいるが、登校は午後からだったり始終眠っている。つまり僕たちは同じなんだ」

 「…もう少し簡単に話してくれないか。私も暇なわけではないのだよ」

 「一緒に授業をさぼりにいかないかい?」

 満面の笑みで放たれた言葉はあまりにも彼らしい。想像がその域を掠めないこともなかったが、実際にそれが正解となると驚かざるをえない。

 「何故わざわざ君と…」

 「僕たちは2人とも授業を聞く気はない。授業なんてなくても成績はしっかり取れるからね。どうせさぼるなら1人よりも2人のほうが楽しいに違いない」

 「君の主観だけで全てを決められては迷惑というものだ。私は聞く気がないのではなく聞いていられないだけで」

 「だけど聞いていない、という事実に変わりはない」

 王子は言葉を切って僕に時間割を見せてきた。そしてどこで手に入れたか解らない僕の成績表もだ。いい加減にこの人物が怖くて仕方なくなってくる。

 「1時間目、青髭先生の数学。2時間目、女将先生の家庭科。続いて3時間目、ほら、どれも君の成績は申し分ない。つまり聞く必要はない」

 どうして君はこんなに僕に執着するのだろう。性格は悪くないし、運動神経もよければ、成績だって10本の指に入る。更に容姿はまさに『王子様』なのだ。雪白と野薔薇に絞められてはいるが、彼を嫌うものは誰もいない。

 普通の女の子ならば僕の立ち位置は羨ましくて堪らないだろう。だが、残念ながら僕には迷惑で、面倒でならないのだ。

 「この学校の敷地の広いことといったら。僕でさえ全ての木陰を制覇していないのだからね」

 「どうして君が成績優秀者なのか私には理解できないよ」

 「君と過ごすのにどこが1番適当か探す方が大切だからね。愛さえあれば何とでもなるものさ。さて、始業も近い。ようやく見つけた楽園へお連れしますよ、お姫様」

 さながら王国の騎士のように恭しく王子は頭を下げ、僕に手を差し出す。その仕種のあまりの美しさに呑まれそうになるが、何とか持ちこたえる。忘れないで欲しい。王子、ここは教室だ。

 僕は遠回しに王子の誘いを断り、再び机に身を預ける。しかし、その完璧な予定が実行されることはなかった。あろうことか、無意識のうちに僕はその手を取ってしまったのだ。

 「…3時間目までには戻らせて欲しい」

 「僕は引き止めはしないよ。僕に付き合うことに決めたのもまた君自身なのだからね」

 僕は甘い。彼にも、そして自分自身にも。だけどたまには授業を抜け出すのも面白いかもしれない、と僕は一足先に歩みを進めた王子に付いていくのだ。

 3時間目の授業には間に合いそうもない。




















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