W王闇


 「こんにちは、宵闇のお姫様」

 ああ、僕もついに消えるべき時が来たのかもしれない。朝からこんな幻影を見るなんてどうかしている。1人でさえ面倒な王子が2人いるなんてあってはならないことだ。これは夢に決まっている。無理矢理呼び鈴で起こされたから夢が覚めきっていないのだ。

 そう現状を纏め、僕は再び夢の世界へ旅立つためにベッドへ引き返すことにした。扉を壁が壊れるのではないかというくらい乱暴に閉めて、鍵をしっかりと架ける。後でエリーゼに怒られても知ったことではない。早くこの非現実から離れたくて堪らないのだ。

 ベッドへ潜り込もうとした瞬間、今度は呼び鈴が高速で連打されている。家中にその音が響き、僕も睡眠どころではない。肩を怒らせながら再度玄関を開けば、やはり王子は2人だった。

 「これこそが悪夢、か…夢ならさっさと覚めてくれ。僕は限界だよ。王子が2人もいるなんて…」

 いくら目を擦ろうが、王子は2人のまま、全く同じ顔をして立っている。悪あがきを止め、ようやく僕は現実を受け入れ始めた。

 「あれ、言っていなかったかな?僕は双子なんだ。いつも君に会いに来るのが僕、青いほうでこっちは僕の双子の兄だよ」

 「全く、が弟の理想を詰め込んだだけの存在だね。心臓の脈動は無いし、美しい。一目で気に入ったよ」

 「…ところで今日は何の用事かな?私は眠たくて仕方がないのだが」

 「それじゃあ眠っててもいい。今日僕達がここに来たのは君で遊ぶためだからね」

 全く同じ声で言われるので区別なんてつかない。姿形も、更に声までそっくりなので本当に王子が分裂してしまったようだ。

 何故か家主である筈の僕は2人の王子に招き入れられリビングの一人掛けのソファへ座らされる。青の王子は自然に髪を束ねるリボンを解き、赤の王子は鞄から小物を沢山取り出し始めた。訳も解らずにただ座っていれば、青の王子には後ろから、赤の王子は前から挟まれる形になってしまう。

 「この艶やかな宵闇の髪を一度僕の思い通りに染め上げてみたかったんだ。美しい君のことだ。どんな髪型にしても御婦人方の嫉妬を買わずにはいられないほど、更に麗しくなるはずだよ」

 長い後ろ髪を一束手に取り、青の王子は愛おしそうに撫でる。彼の指の間からこぼれ落ちた髪の滑らかさが傷至極恨めしい確かに自慢の髪ではあるのだが。

 「彼から聞いていたんだ。メルヒェン、君は真雪よりも白く、絹を凌ぐほどの滑らかな肌を持っていると。それなのにろくな手入れもせず、特に手に至っては生傷が絶えないそうじゃないか。どれたげ美しい姫であろうとも、傷があればその美貌は損なわれるというものさ」

 指に巻かれた絆創膏を見つめ、残念そうに王子は呟いた。余計なお世話だ、と言い返したいが、自分の失態をわざわざ晒す必要もあるまい。

 「2人共、何がしたいんだい?」

 「僕の理想の花嫁に相応しい姿に変えたい」

 素晴らしく揃った台詞に僕は心の中で拍手を送る。それがもっと違う言葉であったならばよかったものを、そう思いすぐに諦める。王子に何か言ったところで全ては無駄だ。

 「僕の台詞を盗らないで貰えるかな?君は彼に出会ったばかりだろう」

 「覚えていないのかい?僕達はいつも同じものを好きになる。今回もその通例に漏れないだけさ。メルヒェン…宵闇の姫君こそ僕の理想だ。きめ細かな肌、この下に隠されたものはこの上なく美味に違いない」

 「兄弟揃ってなんと趣味が悪い…」

 僕の皮肉は彼らの耳に届かないようだ。赤の王子は小物の中から銀色のカップを取り、僕に差し出してくる。

 「全て君のために用意したものだよ。磨きあげた杯、研ぎ澄まされたこの刃。君のその皮膚を食い破って、血を啜り、骨をかみ砕いてみたいな」

 あまりにも自然な殺人予告に鳥肌が立つ。一般から聞けば末恐ろしいものだが、これは彼なりの求愛にも似たものなのだろう。だが正直少々怖い。

 「何を言っているんだい?僕は我が片割れが君を喰らいつくす前に助けてあげよう。今の君に負けないほど美しく飾って永遠に愛してあげる」

 青の王子は恭しく髪に唇を落とした。感覚は無くても、髪の先から純粋故に残酷な愛が伝わってくる。君が僕を気に入っているのは知っているから、わざわざこんなことをしなくてもいいじゃないか。

 「メルヒェンこんな奴の戯れに付き合う必要は皆無だよ。死に様を晒されつづけられるなんて真っ平だろう?動かない人間に存在価値はない、そう、例え骨だけであってもね。醜い姿のまま、君は残酷な永遠に耐えるつもり?」

 「彼の口車に乗ってはいけないよ。僕は、品のない言葉が流れ出さない、人間が1番美しい姿にしてあげると言っているんだ。ああ、君が動かなくなったらどれだけ素晴らしいことだろうか!」

 赤の王子に指を食べられかけ、青の王子には首を絞められる。痛みはなくても襲い掛かる恐怖に震えあがるしかない。

 「2人共、私はそのような末路を辿るつもりなど…」

 愛、とは暖かいものだ。確かにこの2人の愛も歪んではいるが暖かみはある。だがそれとこれとは別であり、僕は2人のものではない。

 「ああ、大丈夫だよ。これは未来の話さ」

 「今は君を知る方が先だからね。死して尚生きている君をしばらくは僕達2人で愛でつくそう」

 各々に首と耳に口付けられる。これは何の意味だっただろうか。そんなことを考えている暇はないはずなのに、現実から逃げ出したい思考は暴走する。

 2人がかりでは僕が逃げ出すことは不可能なのかもしれない。





















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