王闇



 僕は世にも奇妙な手紙を受けとった。

 これから先もこれ以上に不自然な手紙を見ることもないだろう、と思う。

 『もし何も予定がないのなら家へ来ないか?』

 青みがかった流れるような文字で書かれていたのはたった一言だけ。宛名も差出人も書かれていない、手紙と称してよいかも解らない伝言に僕は何度も目を通す。

 「珍しいね、君の方から誘ってくるなんて…メルヒェン」

 黒と銀の髪に青白い肌、生気を宿さない真白の瞳の美しき姫君。決して僕の前では素を出さない彼が書いたとは思えない手紙だった。だが、僕がメルヒェンを他人と間違うはずがない。

 一体どういう風の吹き回しだろうか。捕えようとしても腕を擦り抜けてしまう彼らしくもない。まるで自分から進んで籠へ飛び込んでいく小鳥のようだ。

 謎は多いが、僕としては願ってもない言葉だったので素直にメルヒェンの家を訪ねる。恐々呼び鈴を鳴らし、ドアノブに手を掛けた。平時ならここで襲い掛かってくる槍もナイフもない。これは本格的におかしい、と警戒を高める。

 軋みながらゆっくりとドアが開く。どうやら歓迎はされているようなので、一歩足を踏み入れれば、何かが突進してきて、そのまま僕は地に倒れる。

 「久しぶりだね、物好きな王子様」

 「まさか君の方からこんな誘いを受けるとは思わなかったよ。ようやく僕の花嫁になる決心がついたのかい?」

 冗談混じりに言葉を紡げば、メルヒェンは溜息をつく。それが日常だというのに、顔を少し赤らめて、そっぽを向かれてしまう。

 「…こんなところで話すのも何だから上がりたまえ」

 僕を雪塗れにした本人が言う台詞ではない、そう心の中で呟くが、口には出さない。代わりに軽く微笑んでメルヒェンの反応を伺う。

 室内は仄かに暖かく、視界の端で暖炉の炎が燻っている。綺麗に片付けられた部屋はいつもと変わらないはずなのに、どこか違和感が拭えない。

 「毎度毎度ここを訪れるたびに飛んでくる槍もナイフも罵声もない…もしかしてエリーゼ、いないのかい?」

 「その通り。今日明日とエリーゼは双子の姫君のところで『お喋り会』なるものを開くらしい。最近エリーゼも私が1人でもやっていける、と認めてくれてね。家を空けることも多いのさ」

 「確かに。メルヒェンは生活能力低そうに見えるからね。エリーゼも心配が絶えないのだろう」

 「さらっと失礼なことを言うものだね」

 青筋を浮かべるメルヒェンは割合本気で怒っているようだ。どうやらこれは地雷らしい。こちらが招かれたという貴重な機会を無駄にしないためにも弁明を図る。

 「すまなかった。でも僕はそんなメルヒェンが好きなんだよ。ところでエリーゼのいない、つまり身を守る術のないこの家に僕を呼んだのはどうしてなのかな」

 僕から華麗にメルヒェンを奪い返すエリーゼがいない。それを分かっているにも関わらず、わざわざ僕を招いた理由が解らない。説明されなければ頭は都合のいい方へと勝手に解釈を始める。エリーゼがいないということはメルヒェンを守る者がいないということだ。ひょっとしてメルヒェンは僕の花嫁になる決意を固めたのではあるまいか。

 彼女がいなければ僕はいくらでもメルヒェンに近付ける。孤高に冷えた体を後ろからそっと包みこむように抱きしめる。目立つ抵抗もしてこないのでそのまま首筋に顔を埋める。生者の脈動のないことは僕を酷く安心させた。

 「今日は何も抵抗しないんだね。いつもは抱きしめようものなら猫のように全身の毛を逆立てて抵抗してくるのに」

 「何で君が今ここにいるのか忘れたわけではあるまい。私が自主的に君をここへ招いたのだよ?エリーゼは姫君達と…だから私達は私達で楽しまないかい?」

 体を反転させ向き合うような形となる。回した手は解いていないため二人の距離はゼロ。あまりにも美しすぎる死人に思わず息を呑んだ。ああ、彼はこんなにも美しかっただろうか。

 そして僕が宵闇の姫君からの誘いを断る物語など存在する筈もない。

 「どれだけ違いの意見を交えようとも私は君をまだよく知らない。君のほんの一部分しか私は見たことがない。だから今日は沢山話そうじゃないか」

 期待するだけ無駄、ということは最初から分かっている。だが、やはり心を弾ませない訳にはいかなかった。望みと少々違う解答であっても、僕を上機嫌にさせるには十分すぎた。

 エリーゼが帰宅するのは明日。つまり今から12時間ほどはメルヒェンは僕のものなのだ。1日の半分とはなんと短いことだろう。

 「いっそ2人で月に行けてしまえばいいのにね」

 「いきなりそんなことを言われても私は理解しかねるよ。とりあえず…私の提案には賛成ということでよろしいかな?」

 「勿論。僕にとっても君をよく知るいい機会だからね」

 月に、いやどこだっていい。完全に2人きりになればいつか彼は僕のことを好きになってくれるに違いない。エリーゼ、君が羨ましくて仕方がないよ。

 「…こうやって2人で話して、少しでも僕を好きになってくれたらいいのにね」



 「君は僕を勘違いしているようだね。…僕は君を嫌いなわけないのに。そうじゃなかったらエリーゼがいない家に呼ぶわけがないじゃないか」

 お気に入りのカップに紅茶を注ぎながら溜息をつく。このもどかしい距離が縮まるのはもう少し先になってしまいそうだ。



















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