王闇王


 「メルヒェン、やっぱり僕は可笑しいのかな」

 僕が大切にしている指揮棒を降りながら王子は唐突に呟いた。持ち手から先端へと滑らせた手はやけに艶めかしい。返事も返さずにただぼんやりと手を見つめていれば、奇怪なものを見る目で見られてしまった。

 「僕は失敗作だ、って幼い頃両親に言われたんだ。剣技の上達は遅いし、すぐに癇癪を起こしていたかららしい。王族には相応しくない、失敗作だって。物の覚えだけは良かったんだけど、逆にそれだけ恐ろしいほど得意でね。次第に失敗作から悪魔憑きに変わっていった」

 指揮棒を撫でる手は未だ止まらない。愛おしむように指揮棒に触れる手は赤みを帯びていて、彼は自分とは違う、と確認させられた。彼は生きているのだ。

 「君は何故私にそんな話を?」

 「おや、まだ僕に心を開いてはくれないんだね。まあいいさ。時間をかけて解り合っていけばいい。…僕が話した理由?メルヒェンは何でだと思う?」

 「先に質問したのは私の方だったはずなのだが?」

 意味ありげな笑みを広がらせて王子は指揮棒を丁寧に机に置く。暇を余した細く長い指は僕の髪へ絡み付いてきた。右手は結わえた髪を撫で、左手の3本の指が長めの横髪を掬う。そして自然な動作で髪に口づけられる。

 「僕は狂っているのかな」

 動きだした会話は針が幾らも進まないうちに降りだしへと戻ってきてしまった。王子が言わんとすることは簡単に察せられる。全く面倒なことこの上ない、そう思って1つ溜息をつく。

 「焦がれるのは鼓動の止まった冷たい死体。ふふ、確かに世間から見れば僕は相当奇怪な僻を持っている。…決して僕を否定しない。だから僕は死者を好きになってしまうのだろう」

 「それでもいいのではないかな?何を好きになろうとそれは個人の勝手だ。何も意見しない、流されることのない不変なものに憧れる気持ち。私もそれは少し解るからね」

 嘲るような王子の声に悲哀の情が滲む。彼は自分のことすらもよく解っていないのだろう。もし、彼が求めるものが、口を閉ざした死人だとするならば大きな矛盾が生じる。

 気が付いていないのかい?私は鼓動こそ、体温こそ持たないがこうして君と意見を交わらせているのだよ。

 「メルヒェン、メルヒェン。僕はどうしたら良いのだろうね」

 助けを求めるように暖かい手を伸ばされる。一瞬躊躇するが、この手を取らなかったら王子は崩れ去ってしまうのではないか、と錯覚する。

 手首を掴み、ぐい、と引き寄せる。いつも自分を捕らえるその人物は信じられないほど簡単に倒れてしまった。脆く、儚い王子を腕に抱いて驚く。こんなにも華奢な人物に自分は翻弄されていたのだ、と思うと酷く滑稽に、そしてこの王子を少し愛おしくも思った。

 「全く君は心底面倒な人間だ。自分の信じた道を行けばいい。そこに何が待ち受けようとも自分で選び取ったならば乗り越えられるはずだ。君は、君が信じるものを探せばいいんだよ」

 「…優しいね。宵闇の屍揮者は」

 上目遣いで囁かれれば、思わずどきりとする。元から整った顔は微笑みに崩され、碧眼と視線が交差する。射竦められたわけでもないのに体が固まってしまい、その一瞬で王子は腕の中から抜け出してしまった。体重をかけられ、背をソファに預ける形へと完全に形勢は逆転した。

 「さっきまでの自信喪失気味な王子はどこへ行ったのかな?」

 「さあ、メルヒェンの励ましに怖じけづいて逃げ出したんじゃないかな」

 前言を撤回せねばならないだろう。脆く儚いなんてこの人物とは掛け離れた言葉だ。感情の起伏に変調がある、ただの自由人なだけである。だからこんなにも自分はこの王子に遊ばれてしまうのだ。

 「いやに大人しいじゃないか。普段なら素性を出して逃げ出すのに」

 「何だかもうどうでもよくなってくるものさ。君は実に理解し難い」

 「さっき少し理解出来る、と言ったのはどこの誰だったかな」

 共感出来る部分はあれど、興味深く思うところはあれど、やはり自分は未来永劫理解は出来ないだろう。そしてこの人物への苦手意識も消えはしない。

 それでも伸ばされた手を取ってしまうあたり、自分も王子に劣らず奇っ怪な癖を持っているのだろうか?




















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