王闇



 気まぐれに井戸から飛び出して森を散策する。もう歩き慣れた場所だが、それでも散歩というものは楽しい。

 考え事をしながら歩き回れば、結論が出ることもある。ただ見慣れた風景を楽しむのも良いし、その中に新たな物を求めるのもまた面白い。森は日々変化しているのだ。昨日はすっきりとしていた枝の間に蜘蛛が巣を張っていたり、露の玉を沢山纏った草を発見したり。何でもないような時間が僕は大好きなのだ。

 芽吹いた葉を見るのにも飽きて、僕は空を見上げる。雲も霞も無く、満天の星空だ。その美しさに思わず声を上げて感動する。じっと見ていれば流星の1つや2つ見られるかもしれない。

 予想通り、木から木へ飛び移るかのように流星が空を翔る。幻想的で、見られたことを喜ぶべきところだというのに、何故か僕の心は上昇しない。それどころか酷く淋しさを感じ、その場に崩れそうになってしまう。

 「あれ?どうしたんだろう…」

 訳もなく、自分は一人なのだという不安に駆られる。意識してなどいないのに、目からは涙が溢れだしてきた。

 「メルヒェン!」

 全身の力が吸い取られ、崩れ落ちようとした瞬間。僕の体は彼の手に支えられた。

 「…君か。何故こんなところに?」

 「今晩は星が綺麗だからね。君と共に夜空を見たくなってやってきた、という訳さ」

 「また随分と気障な台詞だ」

 本心なんだから仕方ないじゃないか、と苦笑しながら王子は濡れた草原に腰を降ろす。見上げてくる碧眼は僕の不安を見透かしているのでは、という錯覚を抱く。彼の隣に座るのは色々と癪なので、僕は一先ず背中合わせに座ることにした。

 「どうかしたのかい?今日の君も相変わらず美しいけれど、どこか違和感を感じるんだ。何か悩み事でも?」

 背中越しに伝わってくる体温と脈動に、やはり僕達は相容れない存在なのだ、と思った。その思いを深くに沈めて、僕は口を開く。

 「王子。変なことを言うのだが、私は何故か酷く淋しいのだよ。エリーゼとはいつも一緒だし、イヴェールにエレフ、ヴィオレットとオルタンスにミーシャ…友達だっているのに。飽きもせずこうやって毎日私の元へ来る君もいるというのにだ。自分は1人、そんな風に思ってしまったんだ」

 「メルヒェン?」

 「私は怖い。でも何が怖いのかが解らない。だから余計に怖いんだ」

 ふと左を見遣れば王子の白い手袋が視界に入る。ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離だ。だが、僕は手を伸ばせはしない。触れてしまえば、僕は彼に頼ってしまう。

 王子は人がいいからそんなことで困る訳ない、と言ってくれるだろう。問題なのは僕の方なのだ。彼に頼ってしまったら最後、僕は闇の中で生きてはいけなくなる。

 「大丈夫。君は1人ではないのだし、淋しいと思ったときに側へ来てくれる人だっている。人間誰しも途方もない不安に襲われるものさ。だからメルヒェンは何も心配しなくていいんだよ」

 包み込むように優しく王子は言う。その言葉は陽光の暖かさで、闇に沈む僕を光りへと誘うようだ。僕の気持ちを察しているのか、王子は振り返らずに背だけを貸してくれるのだ。

 優しい言葉は何とも甘い。その甘さが僕の立ち位置をより明確にさせてくる。

 「復習を指揮する宵闇の屍揮者…僕は君と共にあってはいけないんだ」

 掠れて呟けば王子には届かない。いつかエリーゼと、メルツと、エリーザベトと。そして彼と光の中で笑い会える日が来て欲しい。そんな漠然とした儚い夢を描いて、僕は彼の手を意識から追い出した。



















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