青王子と赤王子
長椅子の端と端に腰を落ち着け読書に耽る僕達。間に鏡を置いているのか、と疑いたくなるような光景である。ケープの色以外、僕達は頭の頂から爪先まで瓜二つなのだ。
読んでいる書物も、足の組み方も、どこか物憂いた表情も全く同じ。昔から好きなものも同じだった僕達だから、対岸の我が片割れも現在進行形で同じことを考えているかもしれない。
「「ところでそろそろ死んでくれないかな」」
第三者が聞いたら素晴らしいと賞賛してもおかしくはないだろう。全く同じタイミングで同じ言葉を発するなど双子であっても難しい。ましてそれが互いの死を願うとなれば、こんな技が出来るのはどの世界を探しても僕達以外にいるはずがない。
本から意識を外し、相対する僕達。どちらも表情はなく、瞳だけが交差する。自分が目の前にいるような錯覚さえ覚えるが、決定的な違いが1つ。何故死んで欲しいのか、その訳が違うのだ。
「そろそろ恋しくなるころなんだ。あの血の通わない冷たい体が」
「僕もそろそろ体内を駆け巡る血と肉が恋しいよ」
世間には決して受け入れられることのない僕等の趣向。死体に最上の愛を囁く僕と、血と肉を喰らうことに極上の快を抱く僕の片割れ。
事情を知る国の役人や親族達は嘆き、悲しんだがそんなことはどうだっていい。それにどうしようもないことなのだ。人間、愛と快楽に抗うことは出来ない。
「もしも君が僕より先に死ぬことがあったら永遠に君を愛でてあげる」
「なら僕は最後まで美味しく食べてあげる」
互いに予想通りの答え。日常会話なのだから仕方ないだろう。
「死者の遺志は尊重するものだよ」
「ならば僕は君に食べられてしまいたい。狭い棺に入れられて飾られるなんて真っ平だ」
「僕は人が1番美しい状態のまま永遠を過ごしたいんだから食べられるなんて御免だよ」
瞬きすら忘れて己の理想の死を語る。なかなか人生は上手くいかないように、死んでからも上手くいきそうにない。片割れより先に死んでしまっては相手の思う壷だ。衝動に抗えず僕は喰らわれる。
「意地でも君より長く生きてあげるよ。せいぜいさっさと死んでくれたまえ」
「僕も君より先に死ぬ訳にはいかない。何なら僕が今ここで殺して差し上げましょうか?」
両者、片手に本、反対には剣の柄を掴み、片割れの鼻先に切っ先を突き出す。全く怯むことなく沈黙だけが空間に横たわる。
「兄弟が殺し合うなんてどんな滑稽な物語だろうね」
「確かに、それではどちらの目的も果たされないまま終わってしまう…妥協案をあげてみようか。君が先に死んだら、皮膚だけを残してその中に綿なりを詰め込んで保存する。そうすれば僕は君を食べられるし、死体は保存される」
「僕は皮だけってことか。そんなの許さないよ。内臓も肉も伴ってこその死体だ」
「ごもっとも。僕だって皮1枚足りとも保存されたくはないからね。さて、どうしたものか」
声色は真剣だが、その表情は幼子に接する優しげなものである。どれだけ論じようとも答えは永遠に出ない。無駄な討論に終止符を打つかのように僕はおもむろに立ち上がる。
「また彼のところへ行くのかい?」
「ああ、僕のエリスに会いに行ってくるよ」
「ならば僕もついて行こうか。君の想人はどのような味なのだろう」
「実につまらない気まぐれを起こしてくれたものだね」
僕に次いで部屋を後にする片割れ。彼が君の趣向にそぐわぬかどうかは解らない。だけど君に彼は譲らない。
昔から、趣向は違えども、気が付けば同じものを好きになっていた僕達。今が例外であるとは思えないのだ。
君の死を望む理由がもう1つ増えた。
「本当、さっさと死んでくれないかな」
憂うように呟けば、背後から首を絞められる。そんな力で死ねるはずがない。僕を殺すのは僕であり、君を殺すのもまた僕だ。瞳に宿る露骨な殺意。先に灯が消え、最終勝ち残るのはどちらなのだろうか。
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