笑って済む問題じゃないでしょ
「いい加減にしてくんないかな」
桃色のおさげが首を動かしたことでさら、と揺れる。神威は目の前の男に呆れかえっていた。
「俺帰って阿伏兎殴りたいんだよねー。飯も食べたいし。だから早く頷けよ」
腕を後ろに縛られ抵抗できない男を蹴りあげる。しかし男は何も応えなかった。これで何度目だろうか、この行為は。
「普通だったら直ぐにでも殺すのに、阿伏兎が駄目って言ってるから殺してないんだよ?」
自分の限界はとっくに来てる。これだけ我慢したのは初めてかもしれない。神威は蹴りあげた足をそのまま男の頭部に乗せ、ぐりぐりと押し付けた。
「………じゃろ」
「ん、何?」
「殺しゃあええじゃろ」
「人の話聞いてた?だから、」
「わしをこれ以上生かした所で、なんも利益ば生まん。じゃから殺せばええ」
「…ふーん」
どんだけやっても頷いてくれないというわけか。春雨の利益の為にと思ったが、無駄足だったようだ。いらない時間を過ごしたな、まだ出来の悪い妹と戯れてたほうがよっぽといい。阿伏兎には申し訳ないような気も…やっぱないけど、まぁ殺しちゃおう。神威が足を離し、男の癖の強い髪を掴んで顔を上げる。
「…なにその目」
「………」
初めて合わせたその瞳は深い蒼で、鈍く光を帯びていた。自分が知っている目。色は違えど同じ、殺気さえ籠ってないが人を殺せる目。ある侍の瞳だ。
「商売人もそんな目するの?それともアンタも侍だったとか?」
「もう刀は捨てたき、“元”じゃがのぉ」
「強い?」
「残念ながら」
そうはいうが、神威は男の秘める力に夜兎の本能的に気付いた。阿伏兎が嫌な奴だといったのはこのためかもしれない。理由は知らないが、強い癖に戦わず捕まったのだ。
「なら俺と遊ぼうよオニイサン。楽しめたら逃がしてあげるから」
「強うないき、楽しめんろー」
「嘘つきだね随分と、笑ってンのも不気味だよ」
「おんしに言われとうない」
神威は男の言うことも気にせず、縛っていた縄を外した。
「ほら、始めるよ」
男は立ち上がりぽんぽんとぼろぼろの服を叩くと両手をあげ、降参じゃぁ、と笑った。神威はぽかんとひとり呆気に取られる。
「おんしの頼みは引き受けるちや。武器でも何でも流すき、戦うのは勘弁しとうせ」
「なにそれ、あっさり」
「印でも何でも押そうぞ。じゃが、暫くここに置いてくれんかのう?部下にしばかれるき」
ニコニコと笑い出す男に、神威は何故か吐き気を覚えた。
殺されるのは良くても、殺すのは駄目だとでも言うのか。自分を殺せると思ったのか。ふと思い出すのはさっきの瞳。そして浮かぶのは何故か自分が斬り殺される瞬間だった。もしかするとそうなっていたのかもしれない。俺のことを殺せるはずの男の笑顔は、自分のものよりよっぽどどす黒い。阿伏兎ももしかするとわかっていたのだろうか、そうなら帰っていつもの倍殴ってやろう。
「そういえば名前なんだっけ?俺は神威」
「わしは坂本辰馬じゃあ」
「そう、よろしく坂本サン」
神威がにこりと笑うと、答えるように坂本辰馬もにかっと笑った。
嗚呼、何て汚い笑み。
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始まりが唐突すぎるな。快援隊と春雨で対立して、辰馬が捕まるみたいな。