腹ペコライオン、ご馳走ガゼル

俺様×ちび平凡
ちび平凡…小谷田(こやた)
俺様くん…阿碕(あざき)







 イッツミラクル。イッツデンジャラス。イッツ、オレサマ。
 ライオンみたいな金色の髪を逆立てて、今日も彼は俺に牙をむく。

 「おまえはなんかい同じことを言わせればそのカスみたいな脳で覚えるんだ?」

 「…か、カスじゃないよ、おミソだよ…」

 「うるせぇ。剥くぞ」

 だからなにを!?
 なんてやっぱり聞けずに俺はライオンさんに喉をおさえられたままぶるりと身を震わせる。悲しいかな。憎たらしいほどある身長差と、身体的機能の差により彼の手から逃れられない俺は息苦しさを覚えつつもそれに耐えるしかなかった。
 目の前にギブアップをつげるコーナーのロープが見えているのに、俺様何様阿碕様は俺にロープタッチをさせてくれないし、離してほしいなというささやかな希望もぐしゃりと踏み潰して捨ててしまう。

 「躾け直しだ、このチビ猿が」

 「……っ」

 セリフが違えばうっとりと聞き惚れてしまいそうな色っぽい声でそう囁いて、阿碕はみんなが思わず恐れおののいて逃げてしまいそうなほど極悪な顔をして笑った。



 ことの発端はなんだったか。
 なにが発端だったのかよく覚えていない。と言いたいところだけど、阿碕にカスと言われた脳みそはしっかりとその原因を記憶していた。
 記憶していたというよりも、ついさっきの出来事なので忘れようがないと言った方が正しいか。別に、阿碕の言う通り俺の脳みそが覚えたことを覚えた瞬間から取りこぼしていくカスカスな脳みそなわけではない。ことあるごとに阿碕は俺の脳みそをバカにしてくるけれど、俺の脳みそだってやるときはやるのである。いまだにそのやるときを迎えていないだけで、きっと秘めた能力があるはずなんだ。
 だからすぐに俺の頭をチョップとかしてくるのはやめたほうがいいと思います。
 と、すぐに話が脱線してしまところも阿碕にカスと言われてしまう要因となっているのだが、残念なことに俺は気づかない。
 気づかないので、俺はなんども同じ轍をふんでそのたび阿碕様に折檻をうけるはめになるのであった。
 はてさて。それでは今回の折檻理由を思い出してみよう。
 瞬きの前の過去を頭のなかで浮かべて、俺は頭のなかで巻き戻しボタンをポチッとおした。
 そうすればキュルキュルと映像は巻き戻っていき、まだ阿碕が若干俺を馬鹿にしているが笑顔を浮かべていたところで一時停止からの再生ボタンをポチッと押す。
 さっきの出来事だから、とてもクリアな音声とともに先ほどのやり取りが再生されだした。
 俺はまず、

 「なぁなぁ、どうやったらモンハーンってうまくなるの?」

 最近はじめたゲームの上達方法について聞いたのだ。
 開始数秒で死んでしまう俺はどうしても強くなりたかった。
 ハンターレベルをえげつないほどまでにあげて、いろんなモンスターをばったばった倒してみたかったのだ。赤ん坊がやっとハイハイしだしたようなレベルである俺はいつも倒すべきモンスターにばったばった倒されていた。気分はさながら小谷田狩りにあっているようだった。
 俺のこのハンターレベルだと、狩る方と狩られる方の立場が変わってしまうのである。
 俺はどうしても、狩る方に立ちたかった。だって俺は男の子だ。格好良くモンスターを倒す姿には並々ならぬ憧れを抱いてしまう。
 その点、なんでもできる子阿碕くんはゲームの腕前さえ凄かった。
 細かいことは割愛させていただくが、阿碕という人物の知力体力ゲーム力はカンストを極めていた。全てがレベルマックス以上なのだ。なにか違法な手段を使っているのではないかと疑ってしまうほどハイスペックな人間だった。
 天はどうしてこの男に二物も三物も四物も与えたのか…。どうせなら俺にも身長を与えて欲しかった。俺に与えられるべきだった身長を思って涙を流したのも一度や二度ではない。きっとお前も俺のところにきたかったはずだと俺はなんど枕を濡らしたことだろうか。
 ちなみに阿碕の身長はおなじ日本人とほ思えない驚異の180センチ越えである。そこに俺の小指の長さを足した長さが、天に二物以上を与えられることを認められた阿碕の身長だ。
 俺の身長は極秘機密のため非公開にさせていただく。
 とまぁ、そんな感じで俺は長い足を優雅に組んで座る阿碕に尋ねたのである。
 足を組んで、頬杖をついていた阿碕は俺の言葉にギロリと視線をよこしてきた。

 「あ?おまえクソみてぇによえーんだからおとなしく肉でも焼いてればいいんだよ」
 「はじめてから二ヶ月も経ってないんだから弱いのは当たり前だろ!?」

 そんなもっともな俺の発言を阿碕は鼻で笑う。僕は君を馬鹿にしています。まさにそんな顔で見下す阿碕にむきーっと俺は椅子の上で暴れた。がったんごっとん。椅子の足と床がぶつかり合う音が教室の雑踏の中に消えていく。

 「おまえと同じ時期にはじめた俺はめっちゃ強いけどな」
 「ぐ……っ!た、たしかにそうなんだけどさ…!!!」
 「認めろ。おまえにモンハーンの才能はねぇ」
 
 ニヤリと言われた言葉に、俺のHPは瞬く間にエンゲージを知らせる赤色に点滅しだした。
 なんてことだ。HPの回復って、どうやってするんだっけ?こんなふうに混乱しているうちに、ゲームの世界でも回復が間に合わず地に伏してしまう俺であった。
 その横を颯爽と駆け巡りモンスターを倒してしまうのがいま俺を鼻で笑い見下している阿碕なのだから、世の中不公平にもほどがある。
 ゲームをしている最中も「のろま」「そこ邪魔」「…あ?なんでいまそこでそれ使った?」と乏しめてくることを忘れない。でも乏しつつも俺の回復を手伝ってくれるし、ときたまだけど「なんだよやればできんじゃねぇか」と褒めてくれるから憎むに憎めないのである。
 だけど俺はまだまだ人に優しくされたい男の子だった。
 優しく教えてもらいときもある。
 たしかに阿碕といるのは楽しいし、罵詈雑言を吐きながらもプレーの仕方を教えてくれるけれど、俺はほんの少しだけ名実ともの優しさが欲しかった。
 だから阿碕いがいにモンハーンを一緒にしてくれる人たちをこっそり探したのだ。定期的に阿碕のチェックが入るからバレないようにするのは大変だったけど、頑張った結果俺は初心者歓迎の文字を見つけることに成功した。そして俺はそこの人たちにお世話になることにしたのである。
 阿碕いがいの人とプレーするのは初めてでとてもドキドキしたけど、彼らは俺を罵ることなくいろんなことを教えてくれた。だからこそ少しでもレベルアップして彼らの恩に報いたいと俺が思ったのも人の感情として自然な流れだろう。いつもいつも足を引っ張りまくり数秒退場をしまくりな俺に付き合ってくれている彼らの優しに応えたかった。
 だから俺はチートのように強い阿碕に聞いたのだ。「どうやったら強くなれるのか」と。
 君のテクニックを教えてくれと。
 だけど才能がないなんて言われて俺は心外だ!と意義の声をあげてしまったのだ。

 「でも少しづつだけど上手になってるって言われたぞ!」

 そう言葉を発した瞬間、それまで悠然と構えていた阿碕の表情が剣呑さを増し、まとう空気でさえ大型冷蔵庫に入ったときみたいに冷えていく。
 氷の炎を背負って、阿碕は唸り声のような低い声をあげた。
 
 「いま、なんつった?」

 殺気でも込められていそうな声に「……え?」と引きつった顔のまま固まる俺。
 あれ?もしかしてまた、俺は彼の地雷を踏んでしまったのだろうか…。なんて気づいたときにはもう遅いのが人生というものである。後になって悔やむから「後悔」。つまり後の祭り。口から出てしまった言葉をいまさらなかったことになんてできやしない。
 
 「俺、最近おまえとモンハーンやってねぇよな?」

 冷気をまとったまま阿碕は足を組み替えた。
 やばい。阿碕がこれみよがしに足を組み替えるときはかなり怒っているときの証拠だ。
 俺は少しでも阿碕の目に触れないようにと椅子の上でただでさえ小さい身を縮こまらせる。できることなら俺の姿が阿碕に見えなくなりますように。と祈る俺の想いむなしく阿碕は低い声で続けた。

 「スマホみせろ」

 ずいっと目の前に差し出されてきた阿碕の手にびくっと肩が跳ねる。
 そんな俺の様子さえ気に入らなかったのか、「チッ」と阿碕が舌打ちした。
 やだなにこの子。本当に怖いんだけど。せっかくイケメンに生まれてきたのになんでこんな俺様横暴さんに育っちゃったの。と縮こまりながらも考える。それでもやっぱりときどきジュースとか奢ってくれるから憎むに憎めないのである。
 安い。安いな俺!

 「やた。スマホみせろ」
 「ぐぬぬぬ…っ」
 「気持ちわりぃ声出してんじゃねぇよ」
 「ぐぬぬぬ…っ」
 「剥くぞ」

 何を!?
 とは言えなかった俺は、敵うわけないかと白旗をふり、大人しく証拠品を提出した。
 三ヶ月前に買い替えたスマホを阿碕の男らしい手のひらに差し出して、審判の時を待つ。
 俺からスマホを渡された阿碕は俺よりも慣れた手つきで少し操作していたかと思うと、ピタリと動きを止めて俺を射殺さんばかりに睨みつけてきた。その顔たるや、般若も怖いと言って逃げ出だすほどのこわさである。そんな視線にさらされて蛇に睨まれた蛙状態の俺は無様にも椅子の上で震えることしかできなかった。
 どうしよう。何様俺様阿碕様が降臨なされた。
 心の中で悲鳴をあげた瞬間、なにかが打ち付けられる音と、メキャだか、バキだか、ミシだか、とにかくあまりよろしくない音が震える俺の耳に飛び込んできた。小説や漫画なんかで破壊音として使われていそうなその音に、とっても嫌な予感がするのはなぜだろう。
 ギギギと動きの悪い首を動かして、音のしたほうに視線をむける。
 そこに広がる光景に俺はなんてこったと顔を青ざめさせた。

 「あ、阿碕くん、それ…」
 「なんで俺の知らない奴の名前が入ってんだ?」
 「え?それは、」
 「俺の許可なく登録するなって、言ったよな?」

 めきゃあ!!
 言葉とともに阿碕の上靴に包まれた踵が俺のスマホの画面に食い込んでいく。買ったばかりのスマホがあられもない姿にされていくのを、俺は黙って見ていることしかできなかった。
 あぁ。ごめんよスマホくん……っ。
 俺はひっそりと謝った。俺は丸腰の村人だった。俺はとてつもなく弱かった。鍬で戦闘機には立ち向かえない。村人の鍬ではラスボスは倒せないのだ。
 救えなかった理由でならべて天に召されるスマホを見送っていればこんどは自分の首元からガシっと音がした。そして首にとてつもない圧迫感を感じたかと思えば俺は力任せに椅子から立たされていた。
 細まる気管が苦しい。首をもたれたまま持ち上げられ、首がすっぽ抜けてしまいそうだ。子猫の首を掴む逆バージョンみたいな持ち方で阿碕は立たせた俺を自分の腕の中に押し込めた。
 すっぽり阿碕の腕の中に収まってしまう自分のサイズが恨めしくて仕方がない。

 「おまえはなんかい同じことを言わせればそのカスみたいな脳で覚えるんだ?」

 と、そこでシーンは冒頭へと戻るのであった。



 イケメンでも悪どい顔は悪どいものになるらしい。けれどイケメンの場合は顔が整っている分、なんともいえない凄みがそこに足されるのだと俺は身をもって知った。 
 圧迫される首と、背中にぴっちりとくっついた硬い肉体の感触と、俺をしっかりホールドしている男らしく筋がたった腕。完全に退路を断たれた俺は耳元に流し込められてくる呪詛のような阿碕の声に全身全霊で謝った。

 「なんか最近こそこそやってるなと思ってたら、これだったのかよ」
 「ひぃいっ!ごめんなさいごめんなさい!強くなりたかったんですごめんなさいぃぃい」
 
 強さを求めた結果、こんなダークホースが待っていたなんて聞いてない。
 いや、普段の阿碕の横暴さを考えたら当然の結果なんだけど少しばかり他人より学習能力が低い俺はこうなるたびやってしまったと後悔の念を膨らませていた。そのときになるまで過ちに気がつけない人間、それが俺だ。

 「強くなりてぇんなら俺が強くしてやるよ」
 「す、スパルタじゃないのがいいんです…っ!」
 「あ?そんなひよった根性で強くなれると思ってんのか?」
 「ですよねー!本当にもうごめんなさい阿碕くん!!」

 ぎりいっ。とました圧迫感に光の速さで謝った。
 酸欠で赤く染まりだす視界に命の危険を感じた本能が謝れと脳に伝達する。そのおかげか首の圧迫感がゆるみ俺はやっと新鮮な空気を吸い込むことができた。そのうち俺はぽっくり逝ってしまうのではないかと不安になっていれば、こんどは顎をつかまれ上を向かされる。ぐえっと醜い声をあげる俺を鼻で笑う阿碕の顔がドアップで映し出される。
 下を向いても弛むことのない肌に、鋭利な刃物を思わせる鋭い瞳、ライオンのたてがみのような金色の髪は彼の雰囲気にピッタリだ。まさに王様。力強くて格好良くて、どこまでも我が道をゆく彼の名は天上天下唯我独尊阿碕様。そして俺は百獣の王様に食べられるガゼルといったところだろうか。
 俺なんか食べてもおいしくないよ?
 と言ってもこの王様は聞き入れてくれないんだろうな…。

 「あ、阿碕くん…?」

 真上を向かされるのは真上を向かされるのでまた違った息苦しさがある。
 そもそも人間の骨格は真上を向いたままでいられるようにつくられていないのだ。自然の摂理に反したことをしていればどこかに必ずほころびがでてくる。怪我した足を庇いながら歩いているうちに腰を痛めてしまうように、正規ルートをはずれると途端に物事は破綻していく。
 つまりなにが言いたいのかというと、

 「く、首がいたいです……」

 正規ルートをはずれたゆえに首は痛いし息苦しいということである。
 そのうえ阿碕の片手はいまだに俺の腹ふきんを抱いており、その手にもお腹を圧迫されて苦しかった。二重の責め苦に耐える俺を、阿碕は無言で見下ろした。
 黙ってしまうと途端に阿碕の美貌に凄みがが増す。無表情とまではいかないが、なにかをさぐろうとしているみたいな視線に晒されて俺はいますぐにでも消えてしまいたい衝動にかられた。
 黙っていれば絶世の美男子。といぜんクラスメイトの誰かが言っていた言葉をなぜか思い出した。

 「やた」
 「は、はい」

 嵐の前の静けさ。
 まさにそんな声で名前を呼ばれる。
 息苦しさと首の痛みに襲われる俺の目の前で阿碕の形の良い唇が弧を描いた。

 「泣くぐらい痛い躾と、気絶するくらい痛い躾と、どっちがいい?」

 やた。おまえに選ばせてやるよ。
 眼前でニヤリと笑って言われたセリフに俺は「わ、わーい。うれしいなー」と引きつった笑みを浮かべるしかなかった。泣くぐらいと、気絶するくらい。なんですかその選択肢、どっちも嫌に決まっているじゃないですか!

 「躾なしっていうのは、」
 「あるわけねぇだろうが」
 「そうですよねー!!」
 「着くまでには決めておけよ」
 「着くってどこに?!」
 「じゃあ、そういうことだからお前らうまく言っとけよ」
 「ひ…!阿碕くん?!今から?!今からなの?!」

 クラスメイトに言い捨てて、こんどは襟首を持って俺を引きずりだした阿碕に目を見開く。引きずられているせいでよたよたと歩きながら俺は悲鳴をあげた。心の準備もなにも出来ていないのに、そんないきなり躾なんてひどいよ阿碕くん!
 えぐえぐと心の中で泣いてもその声は阿碕くんには届かない。そもそも実際に言葉にしても届かない。だって彼は我が道を行く阿碕くん。炉端の石ころの声に耳を傾けることはないのである。

 「俺の言いつけを破ったおまえが悪い」
 「……ひ!」

 だからしっかり反省しろ。
 耳元で低く囁かれたと思えば耳朶を叱るように噛まれて、俺は自分の死を覚悟した。脳内では頭からライオンにばっくりと食われている自分の姿が浮かんでいた。きっと俺もこの想像みたいにバリバリと阿碕に食われてしまうんだ…。
 予想できてしまった未来にがくりと項垂れる俺をひょいと抱え上げ阿碕は軽い足取りで教室から出ていく。俵かなにかのように持ち運ばれながら俺は「阿碕くんの地雷が分からないよ…」と涙を流すのであった。




 そしてその頃の教室内では、もはやオブジェと化していたクラスメイトたちが俺たちの出ていった教室のドアを見つめてぽつりぽつりと会話を落としていた。

 「……阿碕って、顔はいいのに中身が本当に残念だよな」
 「とてつもない俺様だからな、あいつ。ていうか暴君」
 「小谷田もよく阿碕の相手できるよな〜」
 「俺なら数秒でギブするわ」
 「たしかに」
 「でも…小谷田もなんだかんだいいながら楽しそうだよな」
 「……」
 「…まぁ、ある意味お似合いだよな、あいつら」
 「だな」

 と、クラス中が満場一致になっているとも知らずに俺は阿碕の心ゆくまで痛い躾をされ続けたのであった。


















 「うぅ…っ、もう絶対に阿碕の地雷はふまない」
 「そういって馬鹿みたいに踏むのがおまえなんだけどな」
 「阿碕の地雷が分かりにくすぎるんだよ!」

 そして阿碕くんに思う存分躾をされた俺は、彼に背負われながら仲良く帰ったのでしたとさ。
 





 END
 



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