元気(アホ)なあの子の愛し方
腹黒ヤンデレ王子様×元気っ子平凡(というかただのアホの子)
受け・新里くん(しんさと)
攻め・東谷くん(とうや)
俺は震えていた。
恐怖や寒さで震えているわけではない。
両の手にある重みに歓喜して震えているのである。
ずっしりとその存在を主張してくるそれに、俺の口元は無意識のうちにゆるゆるのふにゃふにゃになっていく。
月に五百円しか貰えないお小遣いをなんとかやり繰りして貯めて、ついに、ついに、俺は手に入れたのだ。
俺はあまりの感動に涙ぐんでいた。
長かった。とても長かった。
五百円というわずかお小遣いのなかで買っていた駄菓子を我慢して、月に一冊でなんとか買えていたマンガ本も我慢した。本当によく頑張った。ちゃんと我慢できた自分を褒めてやりたい。
うん。そうだ。褒めてもらおう!
そう決めて俺は手に収まったそれを頭上にかかげる。
「我が家へようこそー!!!」
たからかに叫ぶ。ずんどこずんどこ喜びの舞を踊って階下にいた母さんに「うるさいわよ!」と怒られながらも俺は踊り続けた。それほど俺の喜びはすさまじいのだ。もう俺を止められるものは誰もいなかった。
四ヶ月駄菓子もマンガ本も我慢してやっと手に入れた『自殺大全』に俺のにんまりは眠りにつくそのときまでとまらなかった。
そして次の日。
俺は一目散に教室へ駆け込むと、おめあての人物の姿を探した。
厚さ五センチはありそうな自殺大全を抱えて家からダッシュしてきたものだから息はあがりにあがっていたけど、俺はなによりも褒めてもらいたくてしかたがなかった。
うずうず。むずむず。
起きたときから体のなかでうずまく感覚をはやく外に出してしまいたい。
ぐるりと教室を見渡して、決まった席に座っているあいつを見つけて俺は自殺大全を掲げながら走りだした。
「東谷ーー!!」
「新里?まだ家にいる時間じゃ……って、どうしたのそれ?」
大声で東谷の名前を呼びながら走りよる。
俺の声に机に向かって何か書いていた顔を上げた東谷は朝の光をあびてキラキラしていた。というか東谷自身がキラキラしていた。
みんなに王子様と呼ばれる東谷はそのキラキラを背負ったまま不思議そうに首をかしげて『それ』と俺が持つ自殺大全を指さす。首をかしげた拍子に髪の毛からシャラリなんて上品な音が聞こえてきそうだ。
俺のボサボサヘアーとは大違いだな!
「えへへ!ついに買えたんだ!『自殺大全』!俺のお小遣い四カ月分!」
すごいだろ?我慢したんだぞ?だから褒めて褒めて。と東谷を見つめれば、東谷は蕩けるような笑みを浮かべて俺の頭を撫でてくれた。
「えらいね新里。好きな駄菓子買うの我慢したの?」
「マンガ本も買うの我慢したぞ!」
「マンガ本も?四カ月ってことはあのマンガの新作もまだ買ってないの?」
「そうなんだよ!でもどうしてもこれが欲しかったから我慢した!」
「俺に言ってくれれば買ってあげたのに」
いつのまにか東谷の膝の上に乗せられて足をパタパタさせていた俺は、東谷のその言葉になんだって!と動きを止めた。
「え?!東谷買ってくれるの?!」
「そりゃ新里のためなら買ってあげるに決まってるでしょ?そうだ。今日の帰りにマンガの新作買いに行こうか」
「まじで?!やったー!行く行く!」
自殺大全も手に入ったうえに、新刊も手に入るなんて俺ってラッキー!
頑張って買うの我慢して良かったや。と自殺大全を両腕に抱えてにんまり。お腹に回っている東谷の腕を肘置きにして俺は昨日読むのを我慢していた分厚い本を初めて開いた。
東谷に褒めてもらってから読もうと思っていたので、これでようやく心おきなく読むことができる。ずっとずっと欲しくてたまらなかった本の感触に俺の心は踊る。
ハードカバー独特のこの硬い質感がたまらない。なんて立派な凶器になりそうな本だろう!
「もしかして新里、俺に褒めて欲しくて読むのも我慢してたの?」
耳元で鳴る低く甘い声に少しだけ背筋を震わせながら、俺はその通りだと頷いた。
よく分かったなと驚いて、俺のことをなんでも分かってくれる東谷に嬉しくなり、ぐりぐりと後頭部を押しつける。気持ちはさながら飼い主に甘える猫の気分だ。
「せいかーい!やっぱりまずは俺の頑張りを褒めてもらわないとって思って!さすが東谷!俺のことよく分かってるじゃん!」
「そりゃあ、ね。新里のことならなんでも分かるよ」
「そうなの?東谷は俺のこと大好きすぎだなー」
「あれ?知らなかったの?」
お腹に回る手に力が込められる。
耳に湿ったものが触れる。
「俺は新里のことが大好きなんだよ」
朝には似つかわしくないエロい声で囁かれて俺は内心でひぃえっと悲鳴をあげた。
ゾワゾワーっと、腰のところから得体のしれない感覚が広がってきて背中をこしょこしょしだしてたまらない。
「エロい!東谷くん声がエロいよ!」
孕んじゃう!孕んじゃう!と自殺大全を抱きしめて喚く俺を抱きしめて東谷は王子様スマイルを浮かべながら「もっと愛の告白してあげようか?」なんて言ってくる。
俺に告白をしてどうするんだ!どうせするならもっといいのがあるだろう!
「じゃあ、そのいい声で自殺大全朗読して!」
「……」
そう叫んだとたん東谷はピタリと動きを止めた。あれ?やっぱり自殺大全の朗読はキツかったかな?!と不安になる俺の耳元で東谷はポソリとつぶやいた。
「………はぁ。新里かわいい」
東谷。おまえの美的感覚ちょっとおかしいぞ!
そんな俺の思いは言葉になることはなかった。なぜなら口を開いた瞬間いい声が自殺大全を朗読しだして意識をごっそり持っていかれたからだ。俺的ランキングNo. 1の声が紡ぐ内容に俺は一瞬で夢中になる。
そんな俺たちを登校してきたクラスメイトたちが異形を見るような目で見ていたのだが、その時の俺は朗読する声に夢中で気づくことはなかったのであった。
かわいいなぁ。
ひな鳥みたいに口をあけて俺から与えられるご飯を待つ新里にそんな想いが次から次へと、それこそ際限なく溢れてくる。
鼻が低くてずれ下がった眼鏡も気にせず新里は昨日届いたという『自殺大全』に釘付けだった。それはもう、無機物であるそれに嫉妬を覚えてしまうほどの熱視線を向けている。
あぁ、かわいいなぁ。
綺麗に足の分かれたタコ型ウィンナーを箸でつかみ新里の小さな口に運びながらやはり頭の中を巡るのはその一言のみ。
ちろりとのぞく舌がかわいい。その舌にしゃぶりついて、箸ではなく口移しで食べさせてあげたい。
そんな不埒な考えが新里にご飯を与えるたび首をもたげるものだから抑制するのも大変だ。そのたび新里に開けてもらったピアスを触って耐えるのだけれど、それもいつまでもつことか。日毎新里への想いは深く重くなっていくばかりだ。
今日だって日直で新里を家に迎えに行けなくて早く新里に会いたいなと思っていたら、まだ家にいるはずの新里が現れて驚いた。いつもより早い時間なのにどうしたのだろうと、驚いたと同時に新里と少しでも長く居られることに嬉しくなった。そのうえ早く来た理由が四カ月お小遣いを使うの我慢して『自殺大全』を買ったことを褒めてほしかったと言うのだからかわいすぎてしょうがない。
あふれる愛おしさに抱きつぶしてしまいそうになるのをよく堪えたと自分を褒めてやりたいくらいだ。
俺に言ってくれれば自殺大全だってなんだって買ってあげるのに。月五百円しかもらえないお小遣いを頑張って貯める新里の姿を思うだけで俺は愛おしさに目眩がする。
かわいい。かわいい。どうしておまえはそんなにかわいいんだ。と詰め寄りたくなったのも一度や二度じゃない。
もし新里のかわいさに他の誰かが気づいてしまって想いを寄せたらどうしよう。
そんな不安を俺はいつも抱えている。
みんなには王子様だなんだのと言われているけれど、実際俺の心のなかはドス黒い感情で溢れかえっていた。いかに新里につく羽虫を追い払うか。そんなことばかりに考えを巡らせている。俺以外の人間が新里を見ているというだけでも我慢ならないのに…。こんな姿を知られたら、おまえに逃げられてしまうかもしれないね。と思いつつ、俺に新里を逃がす気なんてさらさらなかった。
俺の愛でゆるくやさしく気づかぬうちに縛りつけて、俺なしでは生きられないようにしてあげる。
だって、
「新里、ごはんの時は本置こっか」
「ん?んーー!!」
「……本当にかわいいなぁ新里は」
死ぬまで君を愛するのは俺だけなんだから。
END
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