四万打企画 | ナノ


▼ 凶暴な愛です

「付き合ってください」と目の前の人物が顔を真っ赤にして一輪の薔薇を差し出してきた。ちなみに朝の登校中の、それもアカデミーの入り口ど真ん中での出来事である。動揺のあまり今朝の朝食である「こ、コッペパン!?」と叫んでしまったが自分は何してるのか。コッペパンにはピーナツバターを塗って食べるのが美味しいよ。自分の意☆味☆不☆明の叫びに失望しているうちに周囲の目撃者たちの止まった時間は動き出していく。私と少年をチラチラと見ながら、ゆっくりと通り過ぎていった。ざわ…、ざわ…。少年は汗が出過ぎて顔面がびっちょびっちょの私に気づいているのかいないのか、「あの…」ともじもじしている。

「い、今は返事はいいですから」
「やめろ」
「え!」
「あ、いやそういうことじゃなくて」

少女漫画奥義「うん!いいよ!で、どこまで付き合えばいいの?」を発動させようと思ったが阻止された。いやまあ真剣な相手に悪いんでそんな酷いことはし、しませんよ…?最後の可能性である「HITOCHIGAI」も相手の「名字ナマエちゃんですよね?忍術科の」という華麗なサイドステップで躱される。麻衣子と隆はこれで四週間は引っ張っていたのを思い出せ。こ、こいつ、恋の駆け引きをご存じない!?薔薇を私に押し付けて「じゃあ、また」と去っていくのを呆然と見送って、残された私は暫く立ち尽くす。

だんだんと冷静になっていく頭で自分が誰かに告白されたのだと脳内で理解すると、「ひぇ…」と手の中の薔薇を握りつぶした。いってえトゲ刺さったわ。





「おい、ナマエのやつ尋常じゃねえくらい震えてるけど、あれなんだ?」
「さあ?……手に持ってるのって薔薇?しかもうちの包装だし」
「あんたら後から来たから知らないんだ。あんねー、なんと…」

私より後に登校してきたいのじんやシカダイは、現状が飲み込まていないようだった。対して、私の元へ髪を左右に揺らし息を切らしながらやってきた委員長は、教室に着くなり薔薇を天に掲げて体を痙攣させ続ける私に「ナマエちゃん…!あの、あのね、今聞いたんだけどその、こ、こくは」と意を決したのか声をかけてきた。私は顔面を机に打ち付けて反発する。頭は当然のごとく割れて血が出た感覚がした。

「あ"あ"あ"あ"あ"!やめてくれえええ!」
「ナマエちゃん!?本当なの?本当なんだね!?嘘、私…」
「嫌だ、耐えられない…この薔薇から漂ってくるいい匂い私、無理だ…」
「母さんの仕入れてる薔薇だからね。そりゃいいものだよ」
「ひっ」
「…なんで顔見るなり後ずさるわけ?」
「男、無理…やめろ…」

寄ってきたいのじんやシカダイの顔が先ほどの少年に重なって思わず薔薇を引きちぎりながら壁に張り付いた。幻覚が見えるほどとはいよいよ持ってあいつまさか……忍者か?なるほど、アカデミー生に近づいて潜入しようとする他国の忍なら合点がいく。委員長やサラダ、容姿だけでいえば億倍いい他のクラスメイトがいる中で、ピンポイントで私を指名したのも、狙いやすいということなら納得である、!しかし、それならなぜ私の白眼は反応しない…?そんなに高等な忍術の使い手だとして、里の警備は大丈夫か。

「な、七代目が危ない」
「いやどうしたらそういう思考になんだよ。本当、何があったんだ?」
「あのね…あのね…ナマエちゃんは」
「だからあ、告られたんしょ!あちしの知る限りじゃ初!」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」

その言葉を言うな。今里に訪れた危機と陰謀説で自分を納得させていたところだったのに!チョウチョウの容赦のない暴露で一気に現実に引き戻されると同時に、今朝の少年の真っ赤な顔が思い出された。緊張しているのか全身の筋肉が硬直していて、それでも私を真っ直ぐに見ていた。溢れ出たオーラはさながら今手の中にある薔薇のようで。ダメだ、頭から離れん。嘘だ……。いつものように適当に断る…わけにもいかない。相手は相手を間違えたとはいえいたって真剣なわけで……そこで私は以前委員長が告白されていたということを思い出した。確かその時は、結局きっちりお断りを入れる形で収束したと聞いている。アドバイスを貰おうと顔をバっと上げたところで私は教室が妙に静かなことに気がついた。…なぜか皆私をガン見してるね。
妙な雰囲気に全身の筋肉を強張らせていると、「ナマエさん!本当なんですかそれは!」と一番はじめに正気に戻ったメタルが叫んだ。さっきまで人差し指で腕立てしていたからか汗がすごい勢いで飛び散ってくる。できれば近寄るな、そしてなぜそこで食いつく。せめて、教室に入った瞬間に私の様子がおかしい辺りで心配して欲しかったゾ。ゲームをしていたボルトはボタンの操作をやめることなく、けらけらと笑っていた。

「…ぷっ、その相手ってのはどんだけ好色家なんだよ」
「それはそれでぶっとばすぞ」
「そうだよボルト君」
「え、なんか委員長怖い…な、ちょっ、離せってばさ!ひっ」

なぜか同意してきた委員長によってボルトは教室の外へ連れ出されていった。なんか抵抗していたような気もするけどそんなことは全然なかった、いいね?

「ボクわかった、相手」
「へえ、いのじん教えろよ」
「ボクらと同い年くらいでしょ?今思い出したけど昨日そういや買ってたっけ、隣のクラスの…名前は忘れたけど」
「告白ってなんだ?うまいのか?」
「ボクイワベエ君は黙っておいたほうがいい気がするよ…名誉のために」

唯一よくわかっていない様子のイワベエだが、そこまで脳内がアレだとは思わなかった。こ、告白そのものの意味を把握していないとは…これは思った以上にやばいやつだ。そしてそれをいち早く察した雷門君によってそっと後ろの席へ移動させられていた。やはり経営者の手腕である。いのじんとシカダイはその間も何やらごにょごにょと話し合っていたが、どうやら、私に告白してきた男子生徒の情報についてのようだった。された私より他のやつの方が彼について詳しいのはなんだか変な気がするよぼかぁ。
一方晒し者にされた私は木っ端微塵になった薔薇の塊に頭を悩ます羽目になった。返事を返さないと言う選択肢はリスクが高すぎて取れないし、あそこまで目立つ告白のされ方をしてしまったので付き合っても付き合わなくてもやばい事態になるのは目に見えていた。なるほど、こういう形で駆け引きをしようと言うことか。そもそもいつどこで私を知って好きになったんだ…そこらへんの事情説明くらいはしてもよかったよ少年…。はあ、とため息をついたところで「恋煩い?ポテチ食う?」とチョウチョウがコンソメ味を差し出してきた。

「ありがとう…そういえば、サラダは?」
「なんかどっか行った」
「へえ…」
「どーせナマエが誰かと付き合うわけないのに焦っちゃって〜、「確認してくる」っつって男子の調査中」
「ちょっと待て、付き合わないなんてまだ言ってないけど」
「は?」
「は?」

「は?」多分いろんな奴と重なったので誰が言ったのかはわからないが、いくつか低い声色のものが混じっていてびびる。別にあの少年のことは全然好きじゃないけどせっかくの機会ですし付き合ってから好きになることもあるって健言ってた。私は健を信じるぞ!シカダイは「めんどくせー」とお得意の決め台詞を言ってからポケットに手を突っ込んで、「あー、なんだ」と歯切れ悪く言葉を切り出した。

「一応聞くけどよ…付き合うの意味わかってるか?」
「当たり前に知ってるわ」
「やめて」
「え」
「やめて」

「相手に失礼だと思わないの?ナマエごときが相手を弄ぼうだなんて馬鹿なの?」そこまで言わなくていいじゃんいのじん…くすん。その後も何やら私のダメなところを一から十までまで挙げられながら巻物でばしばし頭を叩かれ続ける。絶対こいつ私のこと好きだろ…あ、すまん追加で叩かないで。普段巻き込まれるばかりなだけに、こんな事態に自分が当事者となって関わること自体が本当に稀なのだ。浮つきもするし冷静さも欠くさ。そして、仮に逆の立場だったら君たちは可愛い女の子の誘いを無碍にするのかと問いたい。お?告白舐めとんのか。
まあ、容姿云々はひとまず置いておいても、私は勇気を出した少年の心意気を買いたいと思っている。私自身別に好きな人がいるわけでもないということもあるし、先ほどは動揺のあまり他国の忍者説など出してしまって申し訳無い。罰ゲームというわけでもなさそうで、そういうことなら一度付き合ってもこちらは一向に構わない。仮に嫌になったのなら別れればいいや。軽い気持ちでそう言ったら周りの友人は全員なんともいえない微妙な表情になっていたが、別におかしなことを考えたわけでもないだろう。

「付き合う」

リアルに充実するというほぼ死語なそれを私が体現しよう。そう固く心に誓い天に拳を掲げたところで教室の扉が開いた。ん?目線をやるとサラダとミツキ君がいた。どちらもニコニコとしたいい笑顔で「おかえり」と私が言うと「いい知らせよ」とサラダが親指を立てた。なんだ。

「私とミツキで話つけといたから」
「何を?」
「ナマエが困ってるってサラダに聞いたからボクと二人でなんか男子生徒のところまで行ってきたんだけど」
「まったく、ナマエが断り切れないのは目に見えてるし、馬鹿ばっかだし…ま、これでもう大丈夫でしょ」
「アレでよかったの?」
「バッチリよ」

「は?」「感謝しなさいよね〜」とサラダは言うがつまり何か、私に対する告白騒動は、まさかの、一時間解決をしたということか。うわ何この風のような顛末。そして説得にミツキ君を使ったというのが、彼が関わると大抵がやりすぎている気がしてならないのだがえ?まさかとは思うけれど少年、生きてる…?それはともかく、サラダの思いやりの深さには涙が出てくるな、と私はハンカチで目元を拭った。その問題処理能力を、是非とも普段から使ってもらえれば私の胃痛も減るのに、なんて考えてるうちに予鈴がなった。
ふらふらになって帰ってきたボルトと、「よかった〜」なんて安堵の声を漏らした委員長が席について、周りのみんなも「やっぱナマエに彼氏できるわけなかったな」とばかりに一瞬で冷めてそれぞれの作業に戻っていく。お前ら絶対に許さない。

「ナマエ、告白?されたんだ」
「ミツキ君それも知らなかったんかい」
「うん。でもまあ、そういうことなら」
「そういうことなら?」

なんだそれ、意味わからん。少年にもらった薔薇の欠片は、いつの間にやら何処かへ消えていた。
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