四万打企画 | ナノ


▼ 名品だと云つた、基準など知らぬまゝ

ナマエさんたちと出会ったのは、ボルトたち木の葉のアカデミー生たちと霧隠れの里との交流訪問だった。彼らにとっては修学旅行を兼ねているそれに、長十郎様から案内役を務めることと指示されたオレは、少し、緊張していたことを覚えている。あの頃の自分は祖父であるやぐらとの過去に向き合うことを避けていた。だから、あの数日間はオレの十数年の人生における大きな転換期でもあったのだ。彼らは、そんなこと微塵も思っていないかもしれないけれど。
オレはとても、感謝している。
とはいえ、今考えたいのは思い出話じゃなく(ある意味では思い出でもあるのだけど)これからの、彼らとの付き合い方である。長十郎様から提案を受けボルトに出した手紙に今のオレの気持ちは大方、綴ってあった。だから彼らに恥ずかしくない忍者になるまではもう会うことはしない、のだけれど。

「てっきり僕は、名字ナマエさんにも手紙を出すものかと思っていましたよ」
「は……いや、長十郎様、それは…………」
「おや。見るからに大切ですと言いたげでしたからね、あの時。それにせっかくなのだからもっと親しくなってはと思いまして」
「ボルトもそうですが、彼女にはオレのせいでひどい怪我を負わせてしまいました。直接言うのは、その」
「勇気が出ない」
「はい……」
「おやおやおや」

長十郎様の目は優しい、しかしどこか自分を揶揄うような無邪気さがあった。それにいたたまれなくて、失礼と分かりながらも視線を長十郎様の膝下まで落とした。

「木の葉の皆さんは君にとって大切な財産になる人たちです。彼女だけじゃない、かぐらはもっと素直になっては?」
「気にするタイプでないことはわかってるんです。でも」
「いいですねぇ、若いって」
「長十郎様も十分お若いと思いますが……いやそれより、その言い方はちょっと」
「僕もそれなりに歳を重ねてますからねぇ。それに君のようなタイプは案外わかりやすい」
「なっ」

同年代の少年少女と話した。年相応の遊びというものにも初めて触れたし、それに付属するこの暖かな感情は友情と呼ぶものなのだろう。だが……それとはまた感じが違うむず痒さをある一人に抱いていた。胸のあたりを押さえてみてもこれの意味はわからない。否、わかろうとすると、彼らの短い滞在期間で自分が何をしたのかが思い出されて、重石のように蓋を押し付けてしまう。浅ましく分不相応な、軽々しい気持ちを抱くにはまだ自分と向き合いきれておらず…いったい自分はどうしてしまったのだろう。これもオレが真に一人前の忍となって、彼らに恥じない人間になった時に何か変わるものだろうか。そして、いつかまたこの霧隠れに彼女がやってきた時に、今度は一から自分自身で案内したいと思うのだ。オレの隣を小石でも蹴りながら歩く彼女を想像すると、胸の内をぐるりと熱が一周するような感覚がした。

「それはそうとして、手紙くらいはいいのでは?彼女もボルト君だけ手紙をもらったとあれば気にしているでしょうね」
「そういうものなんですか…?」

なんとなくだが、ナマエさんなら「いや別にそうでもない」と真顔で言いそうな気がする。交友関係に関しては酷くサバサバしているような印象を受けた。けっして薄情者であるということではないのだが、ようは交友関係に特有の面倒なコミュニケーションをそれほど好んでいないように見えたのだ。
そこまで考えて、ふと、なんでオレは仕えている長十郎様とこのような話を続けているのかと考えた。不敬もいいところである。いかに長十郎様がオレに親しくしてくださっているからと言って、本来交友関係の相談など軽々しくしていい存在ではない。

「す、すみません。お仕事中に…」
「量だけの単なる書類整理ですから。可愛い部下の悩みに受け答えできないほど無能じゃありません」
「ですが」
「それに、本当にいい傾向だと思ってますよ」
「は」
「君に足りないものは、何かを親しんで、何かのために努力するということでしたから。僕が君に期待しているのはわかっていると思いますが、今までそこだけは如何ともし難かった」

長十郎様のお言葉は、以前ならばただただプレッシャーや劣等感として肩にのしかかってくるだけのものだった。オレには本当に、何もなかったのだと思い知らされた気分である。生きることを唯一の目的として忍者になり、そこでいくら才能があると言われても、それには悪魔のような祖父の面影ばかりが背後にぴったりとついていた。枸橘かぐら自身を、オレはオレなのだと本当の意味であまりにもあっさりと認めてくれた彼らには感謝してもしきれない。この恩をオレは返さなければならないと思えば、今度は自分が誰かに何かを与えたいと感じた。そしてそれが長十郎様のいうところの「いい傾向」とやらなのか。なるほど確かに忍者としての心構えそのものが変わった気がする。長十郎様がどんな思いでこの水影という立場にいるのか真に慮ったことはなく、それをオレに期待する感情も見ないふりをしてきたものだったから。今更のように羞恥がこみ上げてきて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。オレはいったいどれくらいこの人に迷惑をかけただろう。

「忍者という職は、今や形だけのものなどと言われることもあります。そして君はもう立場的に子供ではない。別の未来を掴みたいと願うなら、別にいいんですよ。ねえ、かぐら」
「…オレは、オレ自身の意思で、まだ忍者でいたいと思います。きっと、それが一番大切なものを守れますから」

里と、彼らとの約束と、自分自身と、まだまだオレは未熟で、ここから歩き始めるといっても過言ではない。そして歩き続けたその先でまた彼らと交わる道があればと、仄かに期待してしまうのだ。

ああそうだ。また会えたら、今度はオレから彼女に、「名字ナマエ」自身が大切なのだと、伝えられたらいい。








「ぶえっくしゅ!」

寒……つら……。朝の冷えた空気を吸い込みながらポストを開くと、巻物が入っていた。「名字ナマエ様」と達筆な字で書かれたそれをくるくると指先で回転させて、はて誰か手紙をもらうような相手がいただろうかと思案する。いや、みんな基本電話か端末だしな。
暫し寒空の下で立ち尽くして記憶を探ったが答えは見えない。ただ、こんな綺麗な文字を書きそうな人間というと……ふっと脳裏によぎるはいつか会ったとある少年。

「…………いやいや」

まあいいか。

というか、早く家入ろ、と踵を返す。寝起きの頭で今日のアカデミーの演習を思い出し、げんなりとした気分になった。
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