四万打企画 | ナノ


▼ 愛してしまったあなたの容姿を

「あんた、たまには女の子に絵でも描いてプレゼントすれば?」
「母さん…何言ってんの」
「あらーいのじん絵うまいんだから相手も喜ぶってー!」

そもそもボクに好きな奴がいること前提なのがおかしいよね。そう思いつつも昔っから恋愛脳の母さんには何を言っても通用しないのはわかっていたから、「はいはい、いつかね」と受け流して商品の花を水にさした。とは言いつつそんなことをするつもりは毛頭ないし、てか普通のデッサンとか飽きてるし、今更人の顔なんて描く気ない。ただ女の子、という甘ったるい母親の台詞は嫌でも頭に張り付いた。似顔絵を描かれて喜ぶって…女子ってそういうもんなの?よくわからない。
腑に落ちないままアカデミーに登校したボクに一番に声をかけてきたのはボルトだった。相変わらず朝っぱらから騒がしいよね。あとの面子は各々、いつも通りに朝の時間を過ごしているみたいだ。ちなみ僕はぼーっとできるタイプだから、後ろの方から全員の様子を眺めるのが割と好き。巻き込まれなくて済むしね。

そうこうしているうちに次第に教室に人が増えてくる。だけどいつも見る顔がいつまでたっても来なかった。20分いつもより遅くなって、「はよー…」と教室の扉を開けてフラフラと入室したあれは名字ナマエ。
「おはよナマエ。隈酷いわよ」
「ちょっと世界を救ってたんだよ…」
「はいはい、勉強もしてくださいねー」
「ういっす…」

今朝は随分と顔色が悪いけど、サラダとの会話からも分かる通り確実に夜中に遊んでたんだろう。ナマエの場合風邪引いたら喜び勇んで休むからね。なんならこの間だってちょっと多目に休んでサボってたでしょ。
朝っぱらから修行だなんだとナマエに絡みにいったメタルがめんどくさそうにあしらわれて、最終的にヘッドロックをかけられていた。えげつな。ナマエは元々一般家庭出身で体術以外はてんでお話にならないレベルだけど、その唯一の長所に関しては正直ボクじゃ歯が立たない。ていうか対等なのはメタルくらいだ。うちのクラスで体術の演習になった時は大概ナマエとメタルがセットになるのもまあ、他じゃ練習相手にならないので頷ける。だいぶムカつくんだけどね。女子に腕力で負けてるってどうなのさ。ナマエがフラフラと自分の端の方の席に向かっていく様子を目で追った。…うん、ひっどい顔。
窓際の席をナマエが陣取る時は「今から寝るから話しかけるな」という意味であることは本人が教えてくれた。椅子に座ると途端にこっくりこっくりしだすナマエにボクが肩を震わせていると、脳裏ではなぜか今朝の母さんの言葉を思い出した。…そうだ、せっかく描くなら、このくらい無防備な顔を描いてやろう。その方が記憶に残るんじゃない?普段の阿保面も本人が自覚できるし一石二鳥だ。一旦思い立つと性なのか、むくむくと創作意欲が湧き上がってきた。持ち歩いているスケッチブックに鉛筆を取り出す。くるっと指の上で鉛筆を一回転させてから視線を紙と窓際に交互に行き来させていると、前の方から「いのじん君!おはよう!」とデンキが寄ってくるのが見えた。あぶな、咄嗟にページをめくって隠したけど…見られてないよね?

「朝から絵描いてるの?流石いのじん君!」
「ん、デンキももうすぐシノ先生が来るから座ったら?」
「そうだね。あ、イワベエ君もおはよう」

再びちらっとナマエの方を見るとなぜかこっちを見ていて目があった気がした。もしやガン見していたのがバレたのかと焦ったが、「チョウチョウおはよう」とナマエがひらひら手を振ったことで誤解だったと気がついた。後ろの方の扉からチョウチョウが入ってきたのに挨拶しただけだった。ぼき、とカッターで丁寧に削った芯の先が込められた力でへし折られる。なんか、ボクが勘違いしたみたいじゃんやめてよ。理不尽と言われればその通りだけど、ちょっといらっときたしこうなったらうんと忠実に描いてナマエをあっと言わせてやろう。

そこからはだいたい順調だった。流石に朝の時間だけでは描きあがらないから、休み時間ごとにこっそりと書き進めていったわけだけど(その間ずっと寝てるか船を漕いでるナマエ凄くない?仮にも忍者だろ)。
昼休みになりいよいよ完成というところで、うん、油断していたというより夢中になっちゃったのがいけなかったんだろうな。ナマエの髪の流れを確認しているとぽん、と肩を叩かれた。ひ。

「あんた何描いてんのー?…これナマエじゃん」
「お、ほんとだ。お前、へー」
「!?!?」

いつのまにか、両隣にシカダイとチョウチョウがいた。チョウチョウがボクがナマエの絵を描いていることを知るなり「ねえ見てみなってナマエも」と言い終わるより前に渾身の力で胸ぐらを締め上げた。ぐえ、とかなんとか言ってるが余裕がない。背中に嫌な汗がびっしょりで、チョウチョウの口は塞いだままナマエの席の方を振り返ると相変わらずの阿保面で安心した。完全に意識が落ちたのか机に額を擦り付けて突っ伏している。チョウチョウの反対側では何も言わないものの明らかに人の弱みを握った時の悪い顔をしているシカダイがいた。やめて。

「デブはちょっと黙っててくれないかな。言ったらそのポテチ全部砕くよ」
「そーいうことならあちしだって言わないわよ。ねーえ、シカダイ?」
「ああ、で、いつするんだ?」
「なんの話?」
「おいおいとぼけるなって。しかしまさかいのじんがとうとうなー」
「何を誤解してるのか知らないけど、ボクはただ単に、あのぼけっとした顔を描いてやろうと思っただけ」
「へーぇ…。…チョウチョウ、だとさ」
「ナマエー!」
「ああああああ!」

今度は大声をあげたので明らかに「うるせえな」という表情のナマエどころかクラス中の視線が集まってきた。ボクが普段大声を上げる方じゃないのもあるだろう。ここでこれ以上騒いでボルトやイワベエなんかが来たらボクは生き恥を晒す羽目になるわけで、観念せざるをえなくなったボクはシカダイの姑息な手口にがっくりと肩を落とした。チョウチョウは言わずもがなだし、一番バレちゃいけないやつツートップにバレちゃったよ…。ほんとなんでボクら猪鹿蝶なんだろうね。相性悪すぎでしょ。
それから母さんに言われたことまで洗いざらい吐かされて、それを全て聞き終えたシカダイはより一層笑みを深くした。

「それは早とちりだろ」
「何が?」
「いのさんは「絵を贈ってあげたら」って言っただけだろ?「似顔絵を描いてやれ」なんて言ってない」
「え」
「つまり…ぷぷ、あんたよほど相手の顔が思い浮かんじゃったんじゃないの?ウケる〜。てか似顔絵とか、あちし的には重いからパース」
「ちょっと待ってよ。ボクは本当にそういうんじゃないって…」
「へーへー、ま、お前は昔っから意地でも本当のことは言わないし、そういうことにしといてやるよ」
「…シカダイ、むかつく」
「まーその話はおいおい聞くとしてさー、あんたそれまじに渡すの?」

手元のスケッチブックに描いたのは瞼が半分ほど降りて、窓の外を見ながら頬杖をついているナマエの似顔絵。お世辞にも女子の可愛らしい顔、って感じじゃない。これをあげて果たしてナマエは母さんの言った通り喜ぶのかわからない。チョウチョウの言い分が正しければドン引き…ってやつなんでしょ?チョウチョウはクラスの中でもナマエと一番か二番くらいに仲がいいからその意見を無視はできないよね。いや、もともとナマエを喜ばせるためじゃなくて馬鹿にする目的だったはずだから、別にそれでいいんだけど。「それにしてもリアルよね〜」チョウチョウの指摘通り、まつ毛の一本まで拘るのはボクの美学だ。たとえそれがお間抜けな女のそれでもね。絵の中のナマエの頬のあたりを指でなぞって、少し考えてからスケッチブックを閉じた。

「やめた」
「あれ?もったいない。わんちゃんあるかもよ〜?」
「そうだぜ。ま、それももうちょっと綺麗な時のを描いてやってからだろ」
「ボクは事実を誇張して描くのは好きじゃないから無理」
「その思考回路で女に贈るつもりだったのかよ…めんどくせー」

まだ何かチョウチョウがあれこれ言っているが無視した。この絵は我ながら悪くない出来だから、なんとなくね、手放すのが惜しくなっちゃった。それからボクの絵をナマエに上げるのなんてよく考えたらもったいない。芸術のげの字もわからなそうだし、絵は持つ人によって価値が変わるものでもある。そのことを二人にも話してやるとちんぷんかんぷんと言った様子だった。これだから芸術に興味のない人間ってのは…。






「ただいま」
「おかえりー」
「あのさ母さん、絵はダメだ」
「え?」
「絶対無理、ほんとありえない」
「んん?母さんちょっと話がわからない」
「さー、花に水やるね」
「いのじんー?」

家に帰って花屋のエプロンをつけながら今日の結論を母さんに伝えると「はっはーん、やるじゃないあんた」と言われた。だからあげてないって。それにボク一度もナマエがどうこうとか言ってないからね。とはいえ、あの絵は暫くの間、ボクのスケッチブックから消されることはなさそうだった。
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