四万打企画 | ナノ


▼ 詩読むのやめて

母の日というのが一般的に日頃の感謝を自らの母親に告げるものであることはよくわかっている。カーネーションがやたら売れまくるだとか、父親の平均帰宅時間が下がるだとか色々と社会現象をまき起こし、母がいない者には一定の哀愁と仕事を与えていく。しかし、子供にとっては、主に私個人においては、この5月第2日曜日という日は家内での人権を一切消失する悪しき風習だという認識があった。全てはイエス、マム。家の中が母によって牛耳られ(いつものことだとかそんなことは置いておいて)我々は彼女を聖母のごとく崇拝しなければならない。肩を揉み夕食を作り洗濯物を干し、普段母が毎日こなしている仕事を肩代わりする。まあ、百歩譲ってそこまではいいとしようか。当たり前のように毎日家事をしてくれる母さんに対する感謝を伝えるのは私もやぶさかではない。父さんが下僕のごとく夜に買ってくるであろうデパ地下高級ケーキもあることだしそのためだと思えば大したことはなかった。ただ肉体労働とは別に精神的疲労にも襲われるのが問題だったのだ。昼、私が洗い物をしている時、ソファに寝転んでテレビを見ながらせんべいを齧るという、今時中々見ないババアスタイルで「おい、カーネーション買ってこいよ」と言われた時は点穴突いて一日布団に寝かしといてやろうかと思ったわ、いらっ。感謝って伝えるものだよね?「感謝伝えろ」って我が母ながらやばくね?まじ?


しかし、母の日という誰が作ったのかわからないイベントの目に見えない圧力は私をイエスマンへと変質させ、財布を片手に家を出たのがついさっき。外は快晴。快晴を通り越して灼熱。おまけに5月半ばという絶妙な季節の湿気にジメジメ、熱々とクソみたいな気候だった。家の外に出るのがこうも億劫なのも中々あるものではないが、同時に母さんへのいらいらがさらに募っていく、いらっ。早いところアイスでも買って帰ろう。

「でもこんなことになる気はしてたゾ…」
「ごめんね〜今朝の分はもう捌けちゃって…今日はすごい忙しくてほんと!」
「気にしてませんから…ええ」
「夕方にまた夜の分が届く予定なんだけどうちで待つ?…あ。あの子上にいるから相手させても…いのじ〜ん、ナマエちゃんが」
「いや急いでるので。それじゃ」

最初に訪れたいのじんの母さんが経営する花屋では、すでにカーネーションは売り切れていた。バラでも紫陽花でもチューリップでもない、カーネーション、それも白を母さんはご所望だ。それ以外を買って帰ろうものならどんな目にあうのか見当もつかない。夕方まで待つというのも面倒くさいし、別の店に行くのが利口だと判断して踵を返す。クラスメイトと会うと自分の呪われた装備が発動する未来が見える。

「よおナマエ。何してんだ?」
「げぇっシカダイっ」
「人の顔を見るなりなんだよお前、失礼なやつだな…」
「まあまあ。シカダイこそ何してるの?」
「あ?母ちゃんが今日くらいめんどくさがらずになんか買ってこいって…めんどくせえ」
「仲間じゃん…仲良くしよ」
「親父も今日は一度帰ってくるとか言ってるしな…そういう日だと思って諦めるぜ」
「シカダイの母さんって風影の兄弟なんだっけ?」
「ああ。会ったことなかったか?」
「ないない」

シカマルさんは里の重役、かつ結構里に出没するので認識しているが、シカダイの母さんにはまだ会ったことがない。テレビで見た我愛羅様の女バージョンをモヤモヤモヤ、と脳裏で想像してみた。シカダイってシカマルさんの遺伝子濃すぎて母親想像できないんだけど。奈良家の遺伝子ちょっと強すぎじゃないか?そして同じように母の日という避けられぬ運命(カルマ)を背負ったシカダイもまた花屋に行こうとしていたらしく、先ほど売り切れて買えなかったことを伝えるとこれまたさっきの私と同じようにげぇっと唸って肩を落とした。贈り物に困ったら山中花屋!考えることは皆同じであった。雷門デパートなら大型施設を多数揃えているので、そちらに行くのが一番手っ取り早いはず。お互い同じ考えで頷きあって、デパートに向かうことにした。しかしこの時は、まさかあんなことになるなんて、思ってもみなかったのだった…。露骨なフラグをこっちから立てれば巻き込まれ神回避できる説を検証したい。

「だいたい母の日とかいうバレンタインやハロウィンと同レベルの商法に引っかかるのは癪だよな〜」
「母親に感謝を伝えるって時点でだいぶ格上だろ」
「絶対花屋が広めたんだって…え?キリスト?なにそれ」
「オレも知らないわ。何だよいきなり」
「いやいや、まあ、イベントは基本恩恵にあずかれるところはいいけど、そうじゃなければ面倒なだけだよね」
「それについては同意」
「だよね〜」

そして、母の日など子供の私にとっては縁遠い話である。20年後くらいに母親になっていたら威張り散らしてると思うけど。うわ、もしかして母さんと私、実の親子なの…?

「そういや、ここに来る途中ボルトに会ったぜ」
「へえ」
「あいつも母親の贈り物に悩んでるみたいで…ん?」
「あ」

噂をすればなんとやらだ、黄色い頭がしゅたたたっと勢いよく私たちの前方を横切っていった。と、道を通り抜けるギリギリで急ブレーキをかけて止まった。「よ、シカダイさっきぶりだな。今度はナマエもいんのか」と片手を上げたボルトの小脇には紙袋が抱えられていた。

「あとは花だけで…いのじんの店に行ったんだけどさ、売り切れてるみたいで」
「ここまでみんな同じ流れだボルト。雷門デパート行くけど一緒に来」
「それだってばさ!ナイス2人とも!」
「いや普通に思いつくだろそのくらい…」
「人の言葉を遮るのはやめてほしいなぁ…」

やれやれだ。ま、そういうわけで三人で雷門デパートへ向かうことと相成ったわけだが、さあいくぞーと掛け声をかけたところで頭上から「みんなどこに行くの?」と声がかけられて後ずさった。
!?!?!?上からくるぞ、気をつけろ!見上げた街灯の上に器用に立っていたのはミツキ君だった。ボルトあるところに彼もあり。しかしミツキ君って音隠れからの留学生で、母親は里にいないはずだ。そもそも彼の両親って誰よ。影の隠し子とか言われてももはや驚かないぜ。しゅたっと着地したミツキ君は固まっている私たちをみて瞬きを繰り返していた。

「お、ミツキもいくか?」
「ん?」
「今日は母の日だぜ。ミツキは何もあげられないかもしれないけど」
「母の日って何?」
「母親に感謝を伝えると見せかけて花屋の売り上げが上がる日だゾ」
「へえ」
「嘘を教えるな。純粋に感謝する、でいいんだよ」

このメンバーは久しぶりだなあと思った。ミツキ君に母の日がなんたるかを教えながらデパートまでの道のりを行く。彼はやたら賢い割に一般常識が欠けているのは一体なんなのだろうか。

「ボクも親に何かあげようかな」
「!?!?!?」
「なんでそんなに驚くの?ボク、そんなに薄情者に見えるかな?」
「い、いや…」

見えるというか見えないというか。

「贈り物の概念がミツキ君にあったってまじ?」
「普通に失礼だなおい」
「そーだぞ!ミツキに謝れ!」
「ここぞとばかりににやけんのやめろボルト」

腹立ったのでぎりぎりと頬をつねり倒しておく。ぎゃあとかなんとかかんとか言っているが無視して突っ立っているミツキ君に向き直り「そういやミツキ君の親ってだれなん?」となんとなく聞いてみたところニコニコとした微笑みで圧力をかけられた。聞くんじゃねーぞってこと?うわこわぃ……。
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