複製バンビと深緑で心中



※名前変換なし




「嘘だろおい、そんなことある?」

思わず口から出てしまったのはそんな陳腐な言葉の羅列だった。
ライトフレームから放たれた閃光が右腕を掠め、機体バランスを失ったフランクスが高速で回転をしながら地面との距離を縮めていく。あと数秒で自分が死ぬことを悟った。ああ、そうですか。一般兵の最期なんて、なんてあっけない。
脳裏によぎる黄金色の髪と白く透き通った美しい肌。
それは走馬灯、と呼ばれていた。

「……」

君は、馬鹿だなぁ。

私は目を閉じた。やけにスローモーションな周囲と、通信機器の向こうから聞こえる誰かの私の名を呼ぶ声だけが、外の騒音と重なって聞こえた。























始まりは、ずっと昔になる。私はフランクスのパイロットを育てる施設で、Code:999(ナインスリー)と呼ばれていた。3桁の子供の中でもドベ。つまりは、落ちこぼれということだった。期待は…されてなかったな、うん。しかし数字が2桁や1桁になればなるほど、子供の顔つきや性格は陰険なものになっていたから、私は子供ながらに恐ろしかった。きっとこの施設は悪の秘密結社か何かの実験施設なのだと信じて疑わなかったし、正直なところ、パパがいいものとは今も思っていない。反抗的でふざけた子供の私に職員はよく折檻をした。その程度は日々変わったが、高濃度の黄血球を投与されたあたりで流石に参ったので、それ以来は大人しく過ごすようになった。
いつ死ぬかもわからないパイロットになることに抵抗があったのだ。パパのためならと他の子供は訝しげな表情をしていた。いや、命は大事にしようぜみんな。そんな私の願いも虚しく、日々は過ぎ、やがてパイロットのパートナーを決めることになる。ピスティルとして、フランクスへの適正値だけはやたらと高い私も一人の少年とバディを組むことになった。相方はCode:998、おい、完全に落ちこぼれ同士くっつけただろ、なあ?いつか死ぬな、と思った。案の定、数回目の出撃で相方の少年は戦死した。南無三。頭上に潰れた少年の体が覆いかぶさっていて、大量の血潮を被り私は救出された。聞けば少年が庇ってくれて、その骨と無駄についた肉でなんとか私までフランクスの瓦礫が落ちなかったらしい。そんなグロい事実は聞きとうなかった。少年の遺体は研究員に運ばれていって、私の手元には彼のパイロットスーツのカケラだけが残った。握りしめると破片の先が手のひらに突き刺さって傷んだが、少年はきっともっと痛かったろう。
パートナーを亡くした、落ちこぼれピスティル。少年の死を慎む間もなく新たな適正者を探すためにとガーデンに帰還した私は、そこで奇妙な人々と出会った。遅くなったが、ここからが私の物語の始まりだった。

ガーデンでは時間の感覚があまりない。
閉じられた空間の中で、新しいフランクスのパイロット候補生たちが日々適正値向上と技術の習得に明け暮れている。
私は長くかかる手続きの間、懐かしい我が故郷を歩くことにした。といっても似たような無機質な廊下ばかりで見るものもない。時折すれ違う小さな子供達の死んだ魚のような眼も相変わらずだった。そしてオトナはとにかく事務的でいけない。彼らがもう少し表情豊かなら、私もここまでここを不気味には思わなかっただろうに。

「…」

外にでると木にもたれかかった。見上げると葉の隙間から光が差し込む。そういえば、あの少年は思いの外ユーモアがあったな、と思い出した。私がふざければ律儀に突っ込んだし、怒れば馬鹿の一つ覚えのようにぺこぺこと頭を下げてきた。パパを悪くいうのだけは我慢ならなかったらしいが、それを除けばわりかしいいパートナーだったのかもしれない。
思い出すと中々くるものがある。とはいえ涙は出なかった。なぜなら私は安堵していたからだ、少年が私を庇って自分が死ななかったことに。なにせ何より私は死にたくないのだから、失意より安堵が勝ったのだ。
さらばだ少年。短い期間だったが、君の尊い犠牲は忘れない…多分。
願わくば次私と組む者とは、もう少し長くいたいものだと思う。なんか次は、因果応報で自分が庇わなくてはいけない羽目になりそうな気がしてならない。私の勘は大体当たるので馬鹿にしてはいかん。
時間はまだまだあったので軽く昼寝をすることにした。幸い天気は快晴で、たまには日向で眠るのも悪くない。私は木の根元で蹲って暫しの休憩を取ることにした。ここまで来るにもそれなりに長旅だったので、疲れからか自然に意識は沈んでいった。




「…ぇ、……ねぇ」
「ん…」
「ねぇ、起きなよ、ちょっと、殴ろうかな…」

は?何でやねん、と思ったが、次の瞬間には顔面に凄い衝撃が走った。それがマジで顔面を殴られたのだ気がついたのは、体が無様に吹っ飛んで、芝生の敷かれた地面に転がってからだった。顔を抑えてゴロゴロと転がりながら、その場で悶絶する私を見下ろす形でその誰かが今度は追い討ちをかける形で蹴りを入れてきた。綺麗に鳩尾に入って私は咳き込んだ。まさかこの世に人を起こす時こんなバイオレンスな方法をとる人間がいるとは思ってもいなかったので、痛みに悶えながらも呆然としていると漸く犯人の顔を拝むことができた。
私の顔を覗き込んだ少年の整った顔は、美しい笑みを作り上げていた。とても…素敵な笑顔ですね…。これが自分を蹴り上げた人物でなければ見惚れているところだったが、残念だが頭が沸騰した私には一切そんな感情は浮かばなかった。

「おはよう」
「な、…んにすんだ!いだだだだっ!」
「起きたなら早く行こう。僕も暇じゃないんだ」
「足が、足が取れる!人の関節をそんなに過大評価してはいけない!」
「そうなの?こっちの方が早いと思うけど」
「私の足は自ら歩むために存在しているから気を使ってもらわなくて大丈夫だから今すぐその手を離せやおら」

変な角度のまま引き摺られかけた足首から手がぱっと離されて、私は漸くフー、フー、と獣のように息を整えることができた。それに伴って沸々と怒りも込み上げて来る。美少年は依然薄く笑ったままで無様な私を見ていた。見たことのない人間だった。

「ちょ、ちょっとタンマ」
「タンマ?」
「待てってこと。とりあえず、君は誰?」
「僕は9'α。Code:999、君を呼びに来たんだ」
「へ、へぇ〜」

私のタグから発信される信号を元に係がやってきて、手続きの終了を知らせる運びだった筈だがこの変な美少年がやって来たということは、何か変なことでもあったのだろうか。もしくは博士から見て、私はどこかおかしかったのだろうか。
とりあえずナインアルファだと長いのでアルファ君と呼ばせてもらうことにして、私は先ほどのバイオレンスな流れが納得いかずに謝罪を求めてみた。すると何のことだかわからないという表情で首を傾げた。確信犯か、否か。激しくイラついたので地団駄を踏むと、珍妙な生き物を見るような目で見られる。いや、謝れや。アルファ君の黄金色の髪が風で微かに靡いて幻想的な光景が広がったがそんなことより女の子の顔面に痣ができたことをどうにかしてもらいたいと思いました。本当に誰なん君…と私が湧き上がる怒りを抑えながら項垂れると、アルファ君は今度はキョトンした表情になって「フランクス博士から聞いていないの?」と言った。はい?

「てっきり話は通っているものと思って…いや、まぁ、博士から見てもCode:999はスペアのようなものだし…それでも僕が呼ばれるってことは…」
「いやあの、私にわかる言葉で頼みたいんだけど」
「Code:999、君は本当に何も聞いてないんだね?」
「今日は新しいパートナーとの適性検査とだけ」
「ああなら、概ねそれで合ってるよ。ただ君が今日呼ばれたのは……歩きながら、話そうか」
「あ、はい」

アルファ君に促されて、私は彼についていくことにした。誰だかわからないが、博士に言われて私を呼びに来たという以上、私はついていくしかない。先ほどここに来る時も通った長い廊下をひたすらに歩く間、彼と私の間には、主に私の方だけ、妙な緊張感を抱いていた。得体の知れないものに遭遇した時、人は得てして疑念と好奇心を抱くものだ。怖さ半分、興味半分。先ほどの強烈な出会いの記憶もあって、私はアルファ君の半歩後ろを歩いた。ところが彼の方に歩幅を小さくされてしまい敢え無く並ぶことになってしまう。いや、そういう気遣いいらんわまじで…。空気読めねーなこいつ、という目線を向けていると、「さっきの話の続きだけれど」と言われた。私は決して、優秀ではない。いたって平凡な、下手をすれば平均以下のピスティル。そんな私に博士の方から話があるなんて、嫌な予感しか、しなかった。

「君は、9'sに入るんだ」
「は…」
「今日はその最終試験…みたいなものかな。だから9'sの隊長である僕が呼ばれた」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って、え?何それ?9'sって、あの9's?親衛特殊部隊?ま?」
「ま?」
「本当?ってこと。…いや、冗談きついよアルファ君〜」

エイプリルフールは過ぎてるぜ。笑いながら肩をたたいたがアルファ君の笑みは崩れない。…え?嘘だろ?ねえ。嘘だと言えよ!おい!

「君は適正が見つかったんだ。それは稀有な才能だ。それでももちろんリスクは伴う」
「…ちなみに、適正、とは?」
「身体のポジティブパルス発生に対する適正値が高い数値を出した。今日君が生き残れば、晴れて君はエリート部隊の一員ってことだね。僕からすれば…人間と同部隊なんてのはできれば御免被るけれど」

「リスクは伴う」って何?「ポジティブパルス発生可能」って何?「生き残れば」ってそれって死ぬかもってこと?わかんない、わかんないわかんないわかんないよ!説明してくれなきゃ、これっぽっちも、何1つわかんない!
アルファ君はそんな私に懇切丁寧な説明をしてくれた。
親衛特殊部隊、9'sといえば、子供たちの間でもそれは凄い部隊として名を馳せている。何せ、パパ直属のエリート部隊だ。そこに所属する人間のことは何も知らないけれど、漠然とその名前だけがその組織の存在を証明していた。そして、私は何故かその部隊に所属するかどうかの適正テストを行う羽目になったらしい。身体が耐えられなければその時点で失格。どうやら失格者の末路は死以外にはないらしい。…正直、思った以上に早く少年の元へ行くことができそうで泣きたくなった。
アルファ君の言葉は、「だから、今日君は僕とフランクスに乗る」で締めくくられた。なるほど…分からん。

「Code:999…落ちこぼれの君の千載一遇のチャンスだよ。よく祈っておくことだ」
「…はぁ」
「Code:998との同調はそれは酷いものだったね。でも、僕と乗るからにはそれなりに結果を見せてくれないと、君を殺してしまうから」
「あまり期待されても…所詮3桁の中でも落ちこぼれなんで…」
「ふうん」

ああ、こいつ苦手だなとこの時、確信した。Code:998はたしかにデブで落ちこぼれでユーモアだけが取り柄ではあったけれど、この顔だけいいアルファ君よりも、少年と過ごした時間の方が私は長かった。まして故人である。少年を蔑む言葉を許すことはできなかった。それ以上に、自らの命を脅かす存在を私は許容できなかった。
それからは無表情で廊下をただ歩き、フランクス博士の研究室までの道のりの記憶は、私には一切残っていなかった。
研究室の中でフランクス博士はデスクチェアに腰掛けていた。何かの書類を一心不乱に見つめている。アルファ君はそんな博士に近づいて、「連れてきましたよ」と声をかけた。

「ああ、来たか」
「僕は先に行ってます」
「Code:999、君はそこに座りたまえ」
「はい」
「さて…、Code:999。君にはいくつか君の人権を無視することを承諾してもらわなければならない」

開口一番そんなことを言われて、狼狽えた。アルファ君はこちらをちらりとも見ずに、フランクスの格納庫方向の扉をくぐって消えていった。

「というのもだ、君はポジティブパルスを発生させる才能だけは突出していたのだ」
「へ、へー」
「これは9'sの特殊なパイロットたちに非常に役に立つ。だから今回のこれは試験である」
「試験…」
「君が9'αのパイロットたり得るか、ということだ。説明は以上、格納庫に向かいたまえ」
「いや、あの、試験内容は」
「いつも通りやればそれでいい。フランクスを動かして叫竜を殺せ」
「は、…」

「意味がわかりません」と言うより前に「早く行け」と命令されてしまった。すごすごと引き下がり、私も格納庫へと向かった。普段使うパイロットスーツを着用して格納庫に置かれるフランクスの前までやってくると、同じようなスーツ…しかし白の私とは違い赤いそれを身に纏ったアルファ君が私の格好を見て、呆れたとばかりにため息を吐いた。そしてまたこう言った。

「Code:999は本当に何も聞いていないんだね…」
「えぇ…」
「君が乗るのは前じゃなくて、後ろだ。君が着るのは普段ピスティルが着用するのじゃなくて、ステイメンのものだよ」
「えぇ?つまりじゃあ何、今から私がアルファ君の尻を見ながら操縦するってこと?」
「…その表現には大いに言いたいことがあるけど、いやまあ、そういうことだから、早く着替えてきてよ」

ここにきて衝撃の事実に私は背筋に稲妻が走った。フランクスというのは基本的に男女1組で搭乗するもので、前の装置にピスティルである女性が四つん這いになって連結する。痛みを肩代わりするピスティルは得てして不潔な声を上げてしまうので、所謂ちょっとお色気な状況になってしまうのが常だった。少年も度々「声上げるのやめてくれないかな!?」と悲鳴をあげていた。いやいや、こっちは擬似的とはいえ痛みを受けているのだから勘弁してくれよ、と毎回思っていたが、それにしても、それが逆になるということはつまり…あ…。とりあえず、サイズの小さめなステイメンの服に袖を通し、今度は黒一色で私は再びアルファ君の元へと戻った。いかがわしい妄想は引き出しにしまう。仮にこれで死んだら、最後の記憶が男の尻ということか…。なんかそれはきついので、できれば、生きて帰りたい。

「ん…」
「やめてくれないかな!?」
「な、何?急に…」

フランクスと連結する時に漏らされたアルファ君の声に私がブチギレると、ここにきて初めてアルファ君が本気で困惑したような声色になった。いや、いいや、何が悲しくて男の喘ぎ声を聞かなくてはならなんだ。すでに精神的につらい。

「生きて帰るよ…絶対」
「そう、まあ、期待しないでおこうかな」
「いや、必ずね」

そう固く心に誓って、私はフランクスの操縦システムを起動させた。画面がクリアになって、周囲の景色がよく見える。普段は全て少年に任せていたものが、今は自分の手の中にある。
発進すると同時に、アルファ君の頭に二本の赤い角のようなものが浮かび上がった。なんやそれ…と困惑していられたのも数秒で、「さあ、行こうか、Code:999」とアルファ君に声をかけられ身を引き締めた。
いまだになんかよくわからないけど……とりあえずいざ行かん、死地へと。
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