ただ少し寂しいだけの



※ダンガンロンパv3本編のネタバレが多数あります。




モノクマから告げられたコロシアイ学園生活を受け入れることは簡単だった。なぜって、全部覚えていたからだ。視聴者と呼ばれる外の世界の人間のことも、このコロシアイ全てが娯楽として外の世界でエンターテインメント化されていることも全部。

「名字さん?」

東条の気遣うような目線に、私は無意識に強張っていた口元を緩めて薄く笑みを浮かべて「大丈夫」と返した。我ながらよくできた演技だった。
様々な反応を見せる私以外の面子の中で、「超高校級のピアニスト」の役割を与えられた赤松楓が声を張り上げモノクマの言葉を否定した。曰く、コロシアイなんか起きない!とのこと。そう言ったキャラクターは今までも腐るほどいた。しかしながらその全員が同じ末路を辿っている。全ては運営の掌の上で踊らされているに過ぎない。

「うぷぷ、まあ、信じるも信じないもオマエラの自由だよ。その場合は、一生ここで、健やかに暮らして貰うけどね!」
「ど、どういうことですか!?」

「超高校級の合気道家」である茶柱が警戒から構えを保ったままで額に汗を滲ませた。
「才囚学園」と呼ばれるこの学園から出る方法はただ一つ、「自分以外の誰かを殺すこと」そしてもう一つは「殺した上で他の全員を欺くこと」だ。このもう一つのルールは基本的に最初の殺人が起こった時に明らかになる。私が知っていたのは私も視聴者だったからだ。本当なら記憶を失い、「超高校級」の記憶と人格を手に入れ別人になるはずだったのに、どうしてかこうしてか、私は元の記憶としょうもない凡人的才能のままここにいた。情けない、大嫌いな自分のまま。
モノクマの説明よりこの自分の現状の方に気を取られていたが、かえって良かった。紛れ込んでいるであろう運営側の人間に私の冷静な姿を見られずに済んだ。モノクマは、そのまま笑いながら去っていった。

「コロシアイなんて…」

赤松楓がポツリとこぼした。人が疎らになっていく体育館に、周囲に合わせて私も出ていく。
これから脱出の方法を探しにいくという数人たちを横目に適当な椅子を見つけて座り、両手の指を組んだ。私はこのコロシアイ学園生活に心底憧れていた。ダンガンロンパシリーズは私のモノクロの生活の中で唯一光を放っていたのだから、正直今も、少し嬉しい。ただそれと同時に、別に私は私自身が参加したいわけではなかったことも付け加えておく。私は「キャラクター」になりたかったのであって、「名字名前」という凡人でいたいわけじゃなかった。そんな奴は、死んでしまえ。
それに、自分自身はとても死ぬのが怖い。今もカタカタと小刻みに手が震えている。

私は情けない人間だった。記憶があるままでのコロシアイなんて、とてもじゃないが、受け入れられなかったのだ。





「このマンホールの下に脱出口があるかもって?」
「ええ、皆先に行ってるわ。名字さんも来てもらえるかしら?」
「わかった」

なんとか心を落ち着けて、1人でこの広い才囚学園内を探索していると(といっても解放されていないところも含め大概は頭に入っていた。必要なのは変更点に関する知識だった)東条に話しかけられた。地下の脱出口はいわゆる無理ゲーな上、たとえクリアしたところで偽物だ。意味などないのでいくのは気が重かったが、団体行動をここで乱す意味も思い浮かばずついていくことにした。東条が私を騙して誘い出した線も考えられたが、そこまで怯えていては何も進展しないと思い直す。それに確かに崖下からは複数人の声が聞こえた。梯子を伝って降りると薄暗い地下のさらに奥にトンネルがあった。「出口」と汚い字で看板に書かれている。

「本当かな」
「わからないわ。でも確かめてみる必要はあるでしょうね」
「そうだね」

意味なんてない馬鹿め。とは言わない。暫くして最後の赤松が降りてきて、みんなに挑戦を促す。誰も反対しないのは皆淡い期待を抱いているからだった。
が。

「はー、はー、も、無理じゃ…」
「ボクはロボットですけれど、それでも疲労を感じています…」
「みんな、諦めちゃダメだよ!クリアすれば、出口があるはずなんだから!」
「そうは言っても赤松、どう考えてもこの方法は無理だよ」

すでに何回潜ったかもわからないほど失敗を繰り返す頃になって、全員が肩で息をしながら疲労を訴えていた。背中が汗でびっしょりの私もさりげなく撤退を勧めてみたのだが、相変わらずやる気に満ち溢れている赤松は必死でみんなを説得し続けている。その言葉は確かに何も知らない彼らにとっては正しく間違いなどない。しかしこれではできる協力もできなくなってしまうだろう。私はやめ、やめ、とばかりに両手を挙げて一抜けすることにした。同じようにもういやだ、という者は多かった。

「で、でもさ。次なら成功できるかも…」
「いい加減にしてよ、赤松ちゃん!確かに赤松ちゃんの言葉は正しいかもしれないけどさ、それって、聞く人によっては拷問なんだよ?正しいから反論もできないんだから!」

「超高校級の総統」王馬小吉がめそめそと涙混じりの声色で赤松を糾弾すると、おそらくその通りに思っていたのであろうメンバー…私も含めて、赤松に対して咎めるような視線を送る。

「そ、それは…」
「おい、その言い方はねえだろ!赤松はオレらのことを思って…」
「だから、オレは別の方法で出ればいいって言いたいんだけど?」
「な、人殺しはダメだよ!?」
「ふーん、君は、そう考えたんだ?」
「お前…この状況でそんなふざけたことを」
「もういいよ!ごめんなさい、みんな!私が焦ってた」

王馬と「超高校級の宇宙飛行士」百田解斗の言い争いは赤松によって遮られる。「ごめん、なさい」ともう一度静寂に謝罪が響く。誰かの「今日はもう一旦休もう」という言葉に合わせて、再び場にいた全員がノロノロと梯子を登り始める。隣にいた東条は未だ涼しい表情のままで、それでも小さく息を吐き出していた。「超高校級のメイド」と称される彼女も、この長時間の暗い地下での挑戦には流石に疲れたようだ。それを顔に出さないあたりがプロの所以か。

「正直、助かった。体力ないから」
「名字さんは代筆屋だったわね。個人間のやり取りから企業の重要な資料、果ては国家間まで。名字さんに任せれば間違いないとよく主人から聞かされていたわ」
「何それ、そんな大層なもんじゃないよ」

東条にだってできるって。そう言えば「謙遜しなくていいのよ」と微笑まれる。私の才能はどうやら「代筆屋」らしい。与えられた才能が何かもわかっていなかったので、咄嗟の受け答えにしては上々だと思った。あまりコロシアイには関わらなさそうな才能で、私自身はホッとしていた。「魔法使い」「テニスプレイヤー」「探偵」「考古学者」「保育士」「発明家」「昆虫博士」「ロボット」…今回も濃い才能の数々の中で「代筆屋」はさぞ大人しく人々の目には映るだろう。文章さえ書かなければバレることもなさそうだ。東条と別れて与えられた個室に入ると、鍵がかかっていることをしっかりと確認してから私はベッドにダイブした。殺しは必ず起こる。起こさせるのが運営の仕事だから、早ければ明日の朝にでも死体はあがる。
目の前で本当の人間の生き死にを本当の意味でのリアルで目撃した時に、私は今のままで居られるのだろうか。





ろくに眠れなかった私と違い顔色の良い東条と食堂で鉢合わせた。一番手はやはり彼女だったようだ。私は軽く挨拶を済ませて端の席に座り、東条に注いでもらったコーヒーを原液のまま一気に飲み干す。カフェインの興奮作用は私の頭をスッキリとさせてくれた。

「怖いな」
「どうしたの名字さん?」
「モノクマはコロシアイをしなくてもいいとは言いつつ、明らかにそれを望んでる。このまま膠着状態が続けば、どんなことをされるかわからないから、ビビってた」
「…そうね。赤松さんの言う通り、コロシアイは決してあってはならないとは思うのだけれど、私たち自身、何も打開策がないのもまた事実だわ」

聡明なメイド東条は自分よりも周囲に気を配る女だった。今もこうして昨晩の赤松を気にかけている。できた人間だ。まあ、そうあれと作られたキャラクターなのだから当然ではあるが。
談笑していると、背後の扉が勢いよく開け放たれた。振り返ると紫がかった髪が真っ先に目についた。

「おはよー!」
「王馬君、おはよう」
「朝から元気だなあ」
「名字ちゃんったら東条ちゃんの淹れたてコーヒーなんか飲んで、いーなー!」
「王馬君にも今淹れるわね」
「ああ、いいよ別に。よく考えたらオレってそんなにコーヒー好きじゃないし。それより、ね。2人がなんの話をしてたのかの方が気になるなあ」
「大したことじゃないけど」
「ええ。モノクマがこのまま大人しくしているとは思えないということを話していたの」
「脱出しようとするにせよ、ここで暮らしていくにせよ」
「なんでそう思うの?」

「いやいや、逆に終わると思う?」と私が言えば「ま、そうだねー」と王馬が手を頭の後ろにやる。ヘラヘラと緩い口元からは思考が読めない。昨日の赤松や百田とのやりとりといい、この男は場を引っ掻き回しているようにも纏めているように見える。いま私たちの中心にいるのは赤松だが、王馬はまた少し違う立ち位置でもって、超高校級たちの中でも異質だった。

「東条ちゃんと名字ちゃんはずいぶん冷静だね」
「混乱していてはみんなのお世話ができないもの」
「私は冷静というより実感がないだけなんだけど」
「ふうん、いいコンビなんじゃない?」
「あら、ありがとう」

東条は私が一番最初にこの学園内で出会った人物で、それから何かと話す機会が多かった。向こうも私を気にかけてくれている。皆各々早くも簡易的なグループを作っていて、私にとっては東条がそれということだ。例えば赤松と最原、夢野と茶柱というように。

「王馬も混ざる?」
「にしし、オレはやめとくよ。2人とも顔怖いしさー」
「そっか」
「名字さん、命令してくれれば、王馬君に謝らせることもできるのよ」
「え、東条こわ」
「女性の顔をそのように言うことがいかに失礼か、理解しているつもりよ」
「東条ちゃんまっじめー」
「名字さん」
「どうでもいいから王馬は放っておこう」
「たはー、名字ちゃんは厳しいねー」

いつの間にやら隣の席に座ってけらけらと笑っている王馬は無視することした。それより、今日以降のことを考えなくてはいけないと思った。
メンバーの中にいつも通りであれば必ず黒幕側の人間が紛れ込んでいる。それは東条かもしれないし王馬かもわからない。全く別の誰かであることも考えられる。とはいえ手がかりもないので、今は何も動くことができないのだった。かりかりと爪で机を引っ掻いて思案しているうちに、東条は飲み終えたコーヒーカップを下げて裏に引っ込んでしまった。
王馬と2人きりというのはおそらく初めてのことだ。嫌な緊張がある。
「名字ちゃんはさー」王馬が口元に指を当てながら意味深に呟いた。

「このコロシアイについて、何か知ってるの?」
「…いや、何も?」

なんでそんな事を聞くのかと問えば、王馬は「いーや」と短い返事とともに黙った。

「名字ちゃん、オレや東条ちゃんに殺されるかもとは考えないの?」
「2人が?そりゃ、あって1日ちょっとの人間なんて信用するわけないじゃん?」

その点では赤松のような人間の方がおかしいのだ。普通の感性ならば…ああ、そうだ、私は普通の人間だった。
この中で普通なのは私だけなんだ。
目の前の王馬含め、全員普通じゃない。「超高校級」の選ばれたキャラクターたちが通常の感性で話をするなんてありえない事を思い出して言葉に詰まる。
ここは、「そんなことないよ、みんなのこと信じたい」とでも返しておけばよかったのだろうか。仲間思いの平和主義者でいれば殺されなくて済むのかもしれない。

「…殺すのはやめてね?」
「オレが名字ちゃんを?いやー、流石に殺すならもっと美人がいいよ!赤松ちゃん辺りとかちょうどいいよね!」
「いや知らんがな…」

クロになってもどうせ殺されるだけだ。だからだれが殺しやすそうとか知ったこっちゃない。…ん?いやまさか、これは私がブスだと蔑まれている場面なのだろうか。やっぱり後で東条に頼んだ方がいいかもしれない。
時間はゆっくりと過ぎていって、次第に食堂には人が疎らに集まってくる。私は席を立つと同時に最後に王馬に質問してみることにした。

「王馬は誰か殺すの?」
「さあね」
「やめときなよ」

どうせ運営に処刑までのお膳立てをされるだけだ。
「そうだねえ」忠告してみたが、やはり王馬の表情は、一向に読めないあやふやなものだった。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -