ぼくとランデブー
目を覚ますとボルトにお姫様抱っこされていた。どういうこっちゃ。格好もパジャマのままでさらに意味がわからない。場所は森に隣接した演習場のようで、他にはシカダイとミツキ君がいる。流石に足には靴がはかされていて、私が起きたことに気づいたらしいボルトが「お、漸く起きたってばさ」と地面に下ろしてくれた。お前ヒナタさんの指導なのか基本はフェミニストだよね。サラダには全く発揮されないけど。
「…なんでこの面子?」
「さぁーなー。シノ先生に呼び出されたのにナマエがこないから、引っ張って来てやったんだってばさ。感謝しろよな」
「ボルト、お前またシノ先生になんかしたのか」
「はあ?なんでオレだけ!?」
「僕関係なくない?」
知らぬ間に私はこの問題児三人組とセットにされていたのだろうか。そこはかとなく嫌な予感を感じつつ、別に寝坊してたわけじゃねえ、と文句を言いたかった。先日のアレで思いの外脇腹が腫れたので、今日は午前中に病院に行く予定だったのだ。パジャマの下には包帯が巻かれていて、正直今も痛い。この手のやつはしばらくしてからじわじわ痛くなってくるのだ。やっぱ忍者やめよっかな…。お互いやいのやいのこの状況に文句を言っていると、森の暗がりから突然シノ先生が出てきた。おおう、なんかいつも違って嫌なオーラが。もしかして髪型馬鹿にしたの実は凄い怒ってたの?それなら謝ったじゃん許してくれよ。思いの外似合ってる気がしないでもない気がしてきたから!
媚を売ろうと「シノ先生〜」と近づいた私の股スレスレを通って、地面に苦無が突き刺さった。ひえ…。
「ナマエ下がれ!」
「うわぁっ!」
シカダイに腕を引かれて間一髪のところで続けざまに投げられた苦無を避けた私は、ガクブルしながらシノ先生を見た。あの気弱で生徒に舐められがちな先生がまさか本気で命を取りにくるなど誰が予想できようか。「オレはもう、お前らを指導することを諦めた」えええええええ。ぶいん、と顔についた機械の奥の瞳が赤く光って、シノ先生の体から大量の奇壊蟲が吹き出してきた。蟲は嫌いじゃないが、命を狙ってくるとなれば話は別である。反射的に八卦空掌を放ってしまって「しまった」、と舌を出した。シノ先生なら死なないだろうと、自分的には本気で術を放ったのだ。しかし左右に分かれて飛散した奇壊蟲はまたすぐに巨大な黒い塊を形成して、私たちに襲いかかってくる。し、死ぬ。死んでしまう!体術と奇壊蟲は相性が悪すぎると、私は早々に諦めて踵を返した。真っ先にダッシュで逃げる私にシカダイが「あ、ずりぃ!」とすぐに追いかけてきた。ボルトとミツキ君もしばらく交戦すると離脱したらしく、森の中で合流した私たちは木の根の影に隠れてどうする?と無い知恵を絞りあったがいい案は思い浮かばない。
「まさかシノ先生まであんなになっちまうなんて…」
「なに、最近凶暴化すんの流行ってんの?」
「ああ、ナマエが休んでた時のメタル、この間の修理業者、後他にも何人か、突然人が暴れ出す事件が増えてんだよ」
「またこないだの影が見えたんだってばさ!シノ先生は何かに操られてんだ!」
「影…?」
「ああ、そうだ。ナマエは何か見えたか?」
「いや全く何も」
「じゃあやっぱ、ボルトの見間違いなんじゃねーの?」
話についていけない私は頭上で大量のはてなを浮かばせたが、隣のミツキ君が意味深に微笑んでいるのを見てぞっとした。やっぱこいつ絶対なんかあるじゃ〜ん。てかミツキ君がシノ先生なんとかしてくれないだろうか、この面子の中では一番可能性があると思うのだが。しかしそんな人身御供的提案をこの場で出来るはずもなく、そうこうしている間にもシノ先生の奇壊蟲は森全体にその索敵範囲を広げている。シカダイの一つの場所に留まるのは危険だという意見には大いに賛成だ。早く行こう。
そうして森を歩いていると、シカダイが追いかけてくる奇壊蟲の動きに何かを感づいたらしい。作戦を立てている中、残念ながら奇壊蟲に触れるとチャクラを吸い取られる私は戦うことができないと言われた。いやー!残念だなぁ!みんなのために戦いたかったなぁ!八卦掌回天とか見せたかったのになぁ!そう言うと、それだ、とばかりにシカダイに指を刺された。
「八卦掌回天は遠距離の攻撃に対して有効、そうだろ?」
「え、あっはい」
「それでうまいこと虫を散らせれば……でも最初に囮役が必要だ」
「ちょ、おまシカダイ鬼畜かよ、こっち怪我人……」
「そんなこと言ってられる状況じゃねえだろめんどくせー。死ぬのとちょっと痛いのが長引くのどっちがいいんだよ」
こいつ、人のやることじゃねえ。キリキリと痛む脇腹と胃を抑えて私は顔を青ざめさせた。こうなると言いづらいのだが、正直八卦掌回天ちゃんとできないんだわ。かつては本家秘伝の技と呼ばれた八卦掌回天、私ごときに完璧に使いこなせるわけもない。完全にその方向で話が進んでどうしようと焦っていると、ミツキ君が横から「その必要はないんじゃないかな」と口を出した。あ、あいぼー!
「ボクが囮になるよ。そうすれば態々手負いの彼女を使う必要もないと思う」
「……お前がやってくれるのか?」
「それに、明らかに殺しにきてるあの人に、彼女じゃ力不足だよ」
でかした!言い草は腹立つがその通りな上に今の私にはミツキ君が天使に見えた。お前いい奴だな……と一瞬で評価が裏返って「そうしよう!そうしよう!」と必死で訴えると、シカダイは少し考え込んでから「…まあ、一理あるな」と頷いた。よっしゃ。
「じゃあミツキで」
「待った!」
今度はなんだ。突然声を張り上げたボルトは、オレがやるってばさ!と手を挙げていた。どうやらシノ先生をあそこまでキレさせたことに、それなりに罪悪感を抱いているらしい。確かに追い詰めたのは我々生徒な訳で、そこらへんは私も思うところがないでもない。でも殺すって、殺すって……。普通にアウトだろ。まあ私が戦わなくていいならなんでもいい。影で起爆札を使ってアシストする段取りを整え、互いにアイコンタクトをとった私たちは一斉に散開する。はたして、生きて帰れるだろうか。