浅ましさをくれ



なんとか点呼の時間までにホテルに帰ることができたわけだが、枸橘君が無言のままで私たちは微妙な雰囲気に包まれていた。「なんせ、四代目水影やぐらの孫だからなあ!」と蜂谷釣糸の言葉を思い出す。へえ……なるほどなぁ。それで、忘れないほうがいいなんて言ったんだ。それからイワベエの祖父の件で頑なに謝罪を続けた理由もわかった。ロビーのソファに座って指を組んだ枸橘君にミツキ君が「やぐらの息子って本当?」と怖いもの知らずでズカズカ踏み込んでいく。やっぱすげーよミツキ君は。返答は肯定だった。本当にその血筋のせいなのか私にはちょっと判断がつかないが、卒業試験の実技で刀を持った瞬間に意識が吹っ飛んで暴走し、結果的に同期を傷つけてしまったのだという。それ以来刀が抜けず木刀だけでも緊張してしまい、ボルトとの勝負であれだけ露骨に終わってホッとしていたのも、また暴走するを恐れていたから。他のメンバーがだからか、と頷いているが私全く気がついていなかったわ黙っとこ。枸橘君は「ハハ…やっぱりバレるよね」と肩を落として力なく笑った。

「刀を握る度に自分を押さえつけて…オレは刀を握るのが怖いんだ」
「へー、大変だね」
「ナマエちゃん返事軽くない…?」
「いやいや、逆にここなんて返すの正解よ?」

雷門君と後ろを向いてこそこそ会話をしていると、目敏くこっちを見た枸橘君に「気を使ってくれてありがとう。でも、これはオレは問題だから。忘れてくれ」と苦笑された。あ、そう…、そんな感じ?本人があまり真剣に話していないせいもあって、それ以上の追求も何もできず、私たちは各人の部屋に帰ることになった。ひたすら重い…重いよ…絶対修学旅行でするような話題じゃないだろ。気にするなってそれ一番気になるやーつ。まさかかまってちゃんか?残念だが話を聞いてもらった恩は捨ててスルーさせてもらう。あれだけ痛めつけた蜂谷釣糸はもう手は出してこないだろうし、これで漸く元々の予定通りに進められるといいのだが。ここまで流れるようなフラグ立て。回収はしなくて結構。そうこうしているうちにエレベーターが男子の部屋のある階に到着する。枸橘君がこの辺で、と去っていこうとして、私も点呼の時間までまだ若干の間があったため部屋に戻ろうとしたところ、ボルトがちょっと待て、と道を遮った。

「お前らも部屋で遊んで行けよ!先生もいねぇしよ」

ええ、と困惑する枸橘君をボルトが引っ張って走り去っていく。ボルトは別に特別気を使っているわけではないんだろう。枸橘君のようなタイプの人間はきっとボルトからいい影響を受けるはずだ。やれやれ、と頭を振って私は逆方向に歩き出す。「おい、ナマエはこねーのか?」とシカダイに呼び止められたが、男子の部屋で友情築いてる中に飛び込む勇気は私にはない。まあこれは建前で本音は単純にだるい。

「ボルトがそんなこと気にするわけないだろ?別にオレも構わねーし」
「もう私だいぶ疲れたよ…。それにどうせやるのシノビバウトじゃん?…ルール知らないし」
「相手の手を読んで色替えを見切るだけだから案外簡単だぜ?」
「色変えを見切るとは?」

見切ったぜお前の色…オレは赤だ。そんなんわかるかーい。それより私はドンジャラの方がいい。たまんねーぜあの駒を弄ぶ快感。

「ドンドンジャラジャラし出したら呼んで」
「いや持ってきてねーわ。いいからいこーぜ」
「あ、ちょ」

シカダイに腕を引かれるがまま男子の部屋へ入る。馬鹿でかいベッドの上で円を描くように座って、シノビバウト基UN…おっと誰か来たようだ。ルールを知らないミツキ君や、なぜか足を組みカッコつけて椅子に座っているイワベエを除いて全員参加のようだ。初めてシノビバウトをやる私は説明のうまい雷門君に手取り足取り教えていただく。雷門式シノビバウトは恐ろしく強い。初心者の私でも何回か上がることができた。様々な効果カードや色、数字を組み合わせて勝負するシノビバウト…単純なようでなんて奥の深いゲームなんだ。こういう卓上のゲームは修学旅行でもなければなかなかする機会がない。す、凄い、みんな!これが修学旅行だゾ!「シノビバウト!」また雷門君の上がりである。早すぎる!と一同から抗議の声が上がる中、雷門君はへへ、と得意げに鼻を擦った。ちなみに一度も上がれていないのは枸橘君のみ…君ゲーム全然やったことないんだね。正直雑…めっちゃ下手だわ。しかし本人は楽しいのかだいぶ盛り上がっていて、同時に悔しげに膝を手で叩いた。

「もう一回!勝ち逃げは許さないよ!」
「君そんなキャラだっけ?」
「イワベエとかミツキ君もやれば?」
「ボクはボルトのを見てるだけで楽しいから」

イワベエはー?と首だけ振り返って見たが完全にそっぽを向いている。枸橘君がいるからか知らないが五割り増しで一匹狼度増してんな。意地張ってないでこいよ楽になるぜ。勝負も一息ついたところでふー、と息を吐き出した。は……今閃いた。カードの手札白眼で覗けば勝率爆上がりじゃねーか。

「ごくり…」
「ハーイ、ナマエがズルしようとしてまーす」
「なにぃ!?フザケンナってばさ!これは真剣勝負だぞ!」
「勝てばよかろうなのだぁ!」

私がボルトと押し問答しているうちシカダイがカードを配り終える。結局白眼は禁止されたがよくよく考えてみれば発動した時点で分かりやすすぎて即バレだったね。しかたない、真面目に勝とう。雷門君は自分の手札を食い入るように見ている枸橘君に「かぐら君楽しそうだね!なんか意外だな」と言った。

「自分でもびっくりだよ。ゲームはほとんどしたことなかったから…」
「だろ?さっきまでのかぐらの顔とは全然違うってばさ」

ボルトの言葉とみんなの気遣い。「…ありがとう」と枸橘君。そこで終わっておけばよかったのにいのじんが「かぐらって友達いなさそう」とか余計なことを言い始めた。ミツキ君はさっきの不良たちが友人だと思ったと言うが、どこの世界に友人に全力で刀を振り下ろす奴がいるのか。卑の意思…雑コラ…うっ。
案の定アカデミーの同期といっても疎遠になっていたようだった。元々やぐらの息子ということで遠巻きに見られていた上に、あちらさんが悪い連中とつるむようになってからはすっぱり縁を切っていたらしい。とはいえ同じ時期に下忍になったという事実はなんとなく心にしこりを残すもの。そう語る枸橘君にさっきまで傍観していたイワベエが突然口を開いた。急にしゃしゃってきたなこいつと思ったけれど口には出さない、枸橘君が単に自分自身で気にしすぎて壁を作っているだけだというイワベエの意見は確かに一理あった。でもこういうのは気にすんなって言われて平気になるようなもんじゃないんだよなぁ…。枸橘君の場合は四代目の孫として腫れ物扱いを受ける実害もあったようだし。
ボルトに聞かれ、私に語ったように忍者になった理由を話している枸橘君を、横目にちらりと見た。その時ちょうど自分の番が回ってきて、手札から黄色のカードを中央にぽいっと出す。

「それでもアカデミーではオレを一人の人間として見てくれた人に出会えたんだ。だけど…」

そして、蜂谷釣糸の話につながると。

「オレの生まれは変わらないし変えられない…やぐらの罪はオレの罪でもある。血霧の里の歴史は未来永劫消えることはないんだ」

枸橘君と私は割とけっこう、似てるなと思った。違いがあるとすれば加害者側か被害者側かといったところか。加害者の一族である枸橘君は、里という大きな被害者にいつまでたっても引け目を感じているからこそ、忘れてはダメだなんて言ったのだろう。おまけに刀を持つとバーサーカーになるというおまけ付き。忍者から遠ざかってやぐらと関係ないところで生きるという選択肢も、貧しさから与えられなかった。それでここまでのし上がったんだから自分すごいと自慢していいと思うゾ。

「そんなの関係ねぇよ。お前はお前、オレはオレ。決めんのは自分だろ」
「ボルトはそればっかだけど、君は君で面白みないし。自分を追い込んでるだけでしょそれ」
「結論の出てることをいつまでも悩んでるの、めんどくさくねえのかよ」
「うん、かぐら君はボクを助けにきてくれたんだから、ボクはかぐら君に感謝の言葉しかないけどね」

カードと共に放たれる怒涛の励ましラッシュで私困惑。そしてメンバーの言葉は自分に向けられたものでもないのに、私にもずっしりきた。結論の出ていること、か。確かに父さんが私を日向に預けた時点で、大きな決断は終わっていたのかもしれない。…とはいえ、当事者の父さんが割り切れるわけがあるかい?でも、私自身はというとだ……。自分の番が回ってきたがカードを出すまでしばらく間が空いた。めっちゃ見られてる。……よ、よーっし、臭いこと言うぞ!思い切って水色の一を投げ捨てて、我ながら小っ恥ずかしい台詞を吐き出した。こんなわかりやすい励ましの言葉かけるの委員長以来だ。流れには勝てなかったよ…。

「あー……、過去を考えたっていいけどさ。でもそれはきっともっと、前向きな捉え方をするためにやるべきなんだろうね」

枸橘君も、自分も。

「君たちは…なんでそんなに」
「ダチだからに決まってるだろ!」

イワベエも「まぁ、さっきのは迷ってる奴の剣筋じゃなかったな」と枸橘君を認めた。他ならぬイワベエからの言葉が多分一番彼に効くだろう。そしてボルトの「どんなゲームも、やってみるまで面白いかなんてわかんねえってばさ!」という渾身の一撃によって放たれる水色の十。決まった…完璧なバウトコンボによって枸橘君はすっかりうちのクラスに落ちたと見える。真のときメモはボルトによってなされるのだった。完。
枸橘君も心なしか穏やかな声色で「そうか…」と呟いた。

「シノビバウト!」
「ここで!?」

「どういうこと?」とミツキ君に聞かれたがすまん私にもさっぱりわからない。枸橘君が三枚カードを出したということはわかるが。シカダイによると三枚出しはとてもレアなパターンらしい。なにぃ!?「赤いカードの連鎖を断ち切った君の勝負手…見事だったよ」勝負手ってなんだ勝負手って。つまりこれが、色を「見切る」ということか…。シノビバウトの真の奥深さを垣間見て、もう一戦、というところで部屋の扉が大きく開かれた。何事だとそちらを見ると仁王立ちするサラダ。あ……。時計をチラッと見ると点呼の時間である。

「残念」
「ボルト〜点呼の時間!て、ナマエもまた見ないと思ったらここにいたの!?」
「バウトしてたんだよ」
「いいから早くて、ん、こ!」

急かされて慌てて立ち上がった私とは反対に、ボルトは「点呼なんていいだろ!」と言い出した。やめとけ。

「あんた、立場わかってんの…?」
「うぇ…」

「し、仕方ねーな。あ、かぐら、これやるってばさ」とシノビバウトを枸橘君の両手に握らせてから、ボルトも立ち上がって隣に並ぶ。私が、「調子は戻ったか?」と去り際なんとなく聞いてみたところ、半ば押し付けられた形のシノビバウトを見下ろしながら、枸橘君は確かに「うん」と言ったのだった。
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