怖かったことの話をさせて



霧隠れのアカデミーの演習場で繰り広げられる刀術の訓練を高いところにある通路から見下ろした。やー。掛け声があっちこっちから聞こえる。演習場の床には水が張られていることからも霧隠れのレベルの高さは伺えた。いつのまにか一緒にいた長十郎様が突然「ひとつ手合わせしてみるかい?」と言い出す。刀とか門外漢だからね絶対やりたくなーい。私は体術以外クソだって何度も言ってる。他の面々も似たようなもんで、それに食いついたのはやはりボルトだけだった。相手は枸橘君。お疲れっしたー。
そして結果は案の定、というべきか。しばらくの膠着状態ののち、地面の水を刀ですくい上げ目くらましを作る形で攻撃したボルトに対して、短い動作でそれを防いだ枸橘君に勝負の軍配は上がった。その華麗な勝利に女子勢がまたわっと色めき立って、なんと委員長まではわはわし出す始末。サラダだけが「やるじゃない、私も勝負してみたいかも」と闘争心を燃やしていたがそれはそれでちょっとどうなんだ。「す、て、き」ちょ、チョウチョウー!戻ってこい!チョウチョウの胸ぐらを揺さぶって放心状態を解こうと奮闘したが戻ってくる様子はなかった。枸橘君、なんて恐ろしい奴だ…。それからみんな揃って演習場まで降りていく。
皆口々に賞賛の言葉を口にする中で、「次の水影はかぐら君なの?」と雷門君が質問する。すると枸橘君の表情がぴし、と固まって一瞬間が空いた。随分と奇妙な空白だった。しかし直ぐに「オレが水影なんて恐れ多いよ。それに、今は任務が大事だから」と模範的な回答でまたも女子側からため息。もうだめだ、完全に枸橘君によるときめきメモリアルが完成している。攻略早すぎかよ。

「それじゃ次はビーチで休憩したあと、記念公園へ案内します」

早口にそう告げた枸橘君。チョウチョウに「やっとあちしに見合う男が出て来たわ」とばっしばっし背中を叩かれてそれにキレているうちに、先ほどの違和感もまとめて吹っ飛んでいった。


ビーチにいくよー、と言われたけれど。よく考えたらさっき一人で回っちゃったわどうしてくれる。予定は先に全部教えてくれないとこういうことが起こる。まあ今度こそ友人と回るぜいえーいとか考えていたら屋台制覇の野望を抱えたチョウチョウは先に行ってしまい、サラダも「私も一人でゆっくり景色でも見ようかな」と前の私みたいなことを言い出してまたぼっちになった。なんでだ…。心がナイーブなら懐も寂しく、海岸の砂浜で一人砂いじりというこの虚しさよ。

「よお、また会ったな」
「ん、き、貴様は…幽霊…!」
「おいおい失礼だな。オレはれっきとした人間だぜ?足が透けてるように見えるか?」

「さっきはちょっと野暮用ができたから抜けたのさ」と言う鮫じみた容姿の少年はついさっきぶりの再会だ。修学旅行中、同じ人間に2度も会う確率はどのくらいなのだろうと思いつつ、少年もどっこらせ、と横にあぐらをかいて座ったので私も砂いじりをやめた。

「で、また一人か」
「…。そういえば誰?」
「干柿屍澄真」
「私は名字ナマエ、よろしく」
「ん?お前、日向だと思ったんだが」
「それは父さんの旧姓ね。てかそれでアカデミー生だってわかったんかい」
「七代目火影の息子、それにうちはや日向の家紋があったら馬鹿でもわかる」
「そりゃそうだ」

干柿君は霧隠れの忍らしい。先ほどはつけていなかった額当てをつけていて、服装も何やら赤系統に変わっていた。やっぱり霧で急に姿を消したのは術だったのだろう。よかった。本当によかった。安堵したところで、何の用があって私に話しかけてきたのかと問うも「お前…強いのか?」といきなりそんなことを尋ねられる。あ?霧隠れ忍者も会話できない系?もうみんなこんなんばっか。それになぜそんなことを聞くんだ。

「いや何、興味本位さ。木の葉の忍のレベルを知りたくてな」
「得手不得手があるわけで、時と場合によりけりじゃん?」
「……くっくっく、まあ、お前の言う通りだよ。だが少なくとも、忍刀七人衆より強い奴なんていないだろ?」
「なんの話をしてるんだ…」

あーはいはい忍刀七人衆ね、うちの相談役クラスの人間を持ち出してアカデミー生相手に勝てないだろ?とかいきってもなぁ…。真の強者は何も言わずに無言で掌底を食らわせてくるヒアシさんのようなお方だと思う。どうやらつまらない話になってきたので砂いじりを再開させる。そもそも、楽しい修学旅行であって喧嘩売りにきたんじゃないからな?何が悲しくて、戦闘云々の血なまぐさい会話をしなければいけないのか。それに今日向の話をするんじゃない、ぶっ飛ばすゾ。めんどくさい散れ散れ、と手を振った。

「ようは、血霧の里を復活させたいのさ」
「そう思うなら頑張ればいいんじゃないかな」
「それじゃあな。木の葉のお嬢さん」

干柿君が飄々とした口調で手をひらひらさせながら去っていくのを、今度は普通に背中が見えなくなるまで見送った。変なのに絡まれるわナイーブだわぼっちだわ、実際今の私、かなりついていないのでは?
それでも、海は広いな、大きいな…。
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