はじまりがいつだったか知っている?



「枸橘かぐらです。よろしくお願いします」

伏せろみんな!イケメンだ!霧隠れの里からの案内役だという少年と合流したのは、次の日の朝だった。里の港に定着した船を降りた私たちの元へ枸橘かぐらと名乗った彼の登場にクラス中から黄色い歓声が上がって、至近距離で食らってしまった私は耳を抑えて唸った。左耳が死んだ。右側はいたって冷静なサラダとチョウチョウだったため無事なようである。昨日の夜はみんな遅くまで起きていたはずなのだが、なんとも元気なことだ。私はいい子なので一番先に寝た。まあそんなことは置いておいて、改めて枸橘君を見る。涼しげな顔立ちと大人びた雰囲気にメロメロな女子勢。アンコ先生によると私たちと歳はさほど変わらないが中忍試験に受かっているそうだ。それに水影の側近だというからさぞかし優秀な忍者なのだろう。「七代目火影様のご子息とそのご学友を迎え入れられること、嬉しく思います」と仰々しく腰を折った枸橘君にボルトが顔をあげさせ、早速名前呼びまで持っていく。ボルトの人心掌握術は里外でも健在だった。

「ん〜、イケメンだけど、中身によるわね」
「まじほんとそれ」
「ではお前ら、次はしばらく自由時間だ。問題は起こさないように」

私はシノ先生に言われるがまま「それじゃ解散。また集まってから指示出しまーす」とやる気のない声を上げる。ここからは完全にフリータイムなので私も自由の身だ。…おっと、走り出す前に枸橘君に挨拶をしなくてはいけないのだった。チョウチョウやサラダは委員長たちと先に行ってしまったので、私が一人で声をかけると枸橘君は実に爽やかな笑みを返してくれた。ま、まさかこいつイケメンのくせに性格もいいのか?べ、別にかっこいいだなんて思ってないんだからね!

「私とボルトが委員だから、何かあったらまー私に、教えてね」

ボルトはやめといたほうがいいよ。

「わかったよ。…えっと」
「名字ナマエ」

枸橘君はわたしの名字を聞いてから微かに視線を胸元に落とした。日向の家紋がついているから疑問に思ったのかもしれない。お?やっぱわかっちゃう?木の葉にて最強の一族日向はここでも有名で困るぜ。手を差し出されたので彼の黒いグローブ越しに握手する。

「ナマエさん。短い間だけど、霧隠れの里を楽しんでいって」
「なら枸橘君、頼むから、頼むから奴らに問題を起こさせないでくれ…」
「う、うん…?」

手をわなわなと震わせながら力説する私を枸橘君はよくわかっていない様子だったが大丈夫、今にわかるさ。「ここら辺は治安も悪くないから、君が不安に思うことはないと思うよ」と枸橘君がフォローするように言うもののそういう問題ではない。おめー、さては素人だな?形式上連絡してくれとは言ったが、なんなら連絡してくれなくて結構です。というか、私のことは放っておいてほしい。
みんなを追う形で港沿いに歩いていると、形も大きさも様々な船が目に付いた。流石は水の国。枸橘君の話を受け流しながら周囲を見渡す。

「ここ霧隠れは流通の拠点としてさまざまな商船が集まっているからね。そのおかげか珍しいものも多いんだよ」
「へー」
「…屋台が気になるの?」

おっと、道中にあった屋台のおじさんと見つめあいすぎてしまったか。木の葉ではあまりみないイカ焼きの匂いとフォルムから目が離せない。心なしか胸もドキドキしてきた。これが…恋?唾液の分泌量が露骨に増えてきたので私は枸橘君に別れを告げることにした。イケメンも素晴らしいが私はイカ焼きの方が好きみたいだぜ。

「じゃ〜枸橘君また後で」
「一人で大丈夫?」
「うん」
「なら、大通りにはこの道なりにまっすぐ進むだけだからね。あの赤い看板が目印。オレは先に行くけど…」
「はよいけ」

白眼が使える私に迷子という概念はない。心配性か。まあなんか、苦労してそうな顔してるもんね君、人相に中間管理職っぽい雰囲気がにじみ出ている。強く生きろ枸橘君…。
それから枸橘君を見送って、しばらくの間私は屋台巡りをすることにした。途中で血霧の里の犠牲者のために建てられたという慰霊碑なんかも拝むことができたが、血霧なんて随分物騒な話だ。アカデミー生同士の殺し合いも頻発していたという忍界大戦時代の爪痕を記録したオブジェには、沢山の花束が供えられていた。現代っ子の私も平和ボケしているという自覚はあるが、可哀想にと慎む気持ちがないわけではない。関係ない話でも、こういう昔の確執とやらは、日向に通ずるところがあるだろうと思う。それが、正義か否かも含めて。あ、今ちょっといいこと言えた気がするわ。さっき買った魚の串焼きが残っていたのでそっと置いていくことにした。私なら絶対花より焼き魚がいいね。そろそろあの世の人も花は飽きているに違いない。こういうのはバリエーションが大切だゾ。「南無阿弥陀仏…」とお経を唱え始めた私に周囲がさっとはけていったが私はめげない。くすん…隣に唯一残った、鮫のようにギザギザとした歯と青白い肌の少年が、「ご立派なことで」とツッコミを入れてくれた。サンキュー。

「お前木の葉のアカデミー生だろ?一人なのか」
「修学旅行で一人でいて寂しいやつだとか思ってるの?好きでやってんだよほっとけ」
「いや、そこまで言ってないが…」
「あ〜そう。まあ、真面目に答えると今日は一人でのんびりしたかったから」
「そうか。それで血霧の里の感想は?お気に召したかな」
「うまい」
「それ自分で供えてなかったか…?」

やっぱり魚に悪い気がしたので自分で食べることにする。だいたい片付ける人も腐った魚とか嫌だろうし、隣の少年は頭上にはてなを浮かべているがこれは戦略的撤退であって断じて浅ましい考えなどではない。そもお前誰やねん、というツッコミは流石に野暮なのでやめておいた。

「ん?ああ、感想?いいと思うよ立派でさ」
「立派、ねぇ」
「うん」
「オレはそうは思わないぜ。現に今の忍者は腑抜けちまってる。本当に残念だ」

へー、それを初対面の私に言ってどうするよ少年。「何が言いたいの」と横を向いた瞬間にあたりに深い霧が立ち込めてきて、私はは?と首を傾げた。一拍おいてこれは霧隠れ特有の現象なのだろうと納得したが、横をもう一度見るといつの間にか少年の姿は消えていた。
…え、こわすぎかよ…。
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