牙のひとつもない獣
委員長を助けたい。ただそれだけを考えて病室の扉を開けたがもぬけの殻のベッドと開けっ放しの窓が眼前に広まった時の心境を三十文字以内で答えよ。たまにやる気を出したらこれだよほんと空気読んでください。
窓枠に足を掛けて外を見ても、眼に見える範囲で委員長は見当たらない。すでに夜中で、周囲には人の気配が一切なかった。白眼を使用すれば建物内にはちらほらと人が確認できたが、見慣れた委員長のチャクラはわからないので早々に対策を立てることにする。私今日行くって行ったじゃん何速攻行動してんのしっかり者かよ…。とまあ考えていても委員長の脱走は覆らないわけで、となると探すにはある程度近づかなくては。あとは委員長が行きそうな場所の心当たりだが…さっぱりわからん。…あ。
「ミツキ君なら絶対何か知ってるじゃない」
あんだけ意味深な発言を繰り返していたくせに知らないとは言わせねえ。つまり彼がこの事態を把握していないというのも考えづらい。それに加えて、今日はボルトの家に行くとかなんとかで、今がボルトの協力を仰ぐにしても絶好の機会だった。一旦ボルトの家に行ってみようと屋根の上を忍者らしく駆けていると、通り過ぎかけた公園で何者かが動く気配がした。散歩の町民というには少々もめている雰囲気だったので、急ブレーキをかけて立ち止まった私は、飛び移った木の上から様子を伺った。
こっそりと近づいてみると、暗闇に浮かび上がったのは見覚えのある金髪と色素の薄い水色の髪。なんと、そこにいたのは今まさに探そうとしていたボルトとミツキ君だった。ナニシテンノコンナトコロデ。動揺のあまり足を滑らして落下していく体。見事に地面に叩きつけられて、静かな公園に響く大きな振動音に、当然二人はこっちを見た。「ナマエ!?何でこんなところにいるんだってばさ!」とボルトは目を丸くしていたが、こっちはそんな質問に答えている暇はないんだわ。痛む腰をさすることも忘れてボルトの胸ぐらに掴みかかる。「ボルト!」
「委員長を探すの手伝えついでに説得もよろしく」
「は、はあ?おいミツキ、ナマエまで何言ってんだってばさ。委員長が犯人なんて…そんなの、信じられるわけねえってばさ!」
「でも真実だ。彼女はずっとゴースト事件の被害者からチャクラを吸い取ってきた」
「チャクラを…?」
瞬間、地面に響く轟音。
何が起きたのかわからずに足を踏ん張ってその衝撃の発信源の方向を向くと、硝煙が立ち上るはるか先の千手公園の方向をボルトが指差していた。「始まったみたいだね」とミツキ君が言う。始まるって、何が?私には巨大な化け物が里を破壊せんと咆哮をあげているようにしか見えないんだが。まさか委員長があれを呼び出したとはにわかに信じがたかったが、ミツキ君が「鵺」と呼称したその化け物は、確かに里の外れに現れていた。アイエー!ドウモ、ヌエ=サン。木の葉の忍です。できれば速やかにおかえりください。私はまだ死にたくない。いよいよ時代錯誤も甚だしい様相になってきたが、そこはやはりボルト。一番先に一歩を踏み出した。しかしそれをミツキ君が制する。行ってどうするとは確かにその通りだが、「わかんねえよ!とにかく委員長に直接聞くまでは信じねえ!」とその手を振り払ったボルトはやっぱりまじ主人公体質。無理のない程度について行くぜ。
「ナマエもなんでもっと早くに教えなかったんだってばさ!」
「おまえ…」
ミツキ君によると、委員長はゴースト事件の被害者から吸い取ったチャクラをあの鵺にためることで、あれを現世に口寄せしたのだという。その目的は木の葉の壊滅とかまじ?思った以上に委員長の計画は壮大だった。そして鵺の姿がすぐそこまで見える位置までやってきたが、周囲には上忍たちが鵺を拘束しようと戦っている。多数の蛇のような尻尾がうねり、獣の咆哮が風圧となって木々を揺らす。隠れて様子を伺う私たちまでその衝撃は届いてきた。鵺をなんとかするためには、術者を殺すのが一番手っ取り早い、とミツキ君がボルトに提案しているのが視界の端で見えた。私はというと、白眼を使って委員長を探していた。近くにいないのか?「どうする?」「そんなの…考えるまでもねえ。両方助けるってばさ!」ですよね。ここでなら殺そうなんて選択肢は物騒すぎる。よっしゃじゃあとは委員長を探すだけだ、と私が息を吐き出したとき、どこか嬉しそうに笑ったミツキ君が「…そうだね。僕からは出ない言葉だ。そして自分が選ばない選択肢を見せてくれる」と、腕からうにょうにょと蛇を出し始めた。は?
「僕はキミが僕とは違うってことをもっと見たい。もっと感じたいんだ」
「おっと変態だったか…」
「ミツキ、さっきから何言って」
反射的に、私は回し蹴りをしていた。背後からミツキ君の分身が私を羽交い締めしようとするのを、白眼が捉えたからだった。よ、よかった。白眼持ってて死ぬほどよかった。私の方の分身は消えたが、対してボルトは完全に不意をつかれたのか拘束されていた。私たちと距離をとった本体のミツキ君が、「でも今回はだめなんだ。ボクは元凶を始末するように指示を受けているから」といつもの微動だにしないあの表情をして言う。呆気に取られているうち身軽なミツキ君との距離はどんどん離れていく。やっぱりミツキ君は委員長の居場所を知っているに違いない。それに指示されたって、てっきりゴースト事件の関係者だと思っていたが、ミツキ君は委員長自体とは無関係なのか。そんなふうに思考が飛んでいたのもつかの間、私はボルトに「ごめん先に行く」と手を振って地面を蹴った。多分ボルトならすぐ追いつくだろうし、ミツキ君を白眼で追えているうちに委員長を見つけるためだった。これは見捨てたのではない、役割分担だ、いいね?別に話を聞かなかったボルトへの意趣返しとか全然そんなことはない。ざまぁ。
「わかったってばさ。すぐに追いつくから先に行ってくれ」とボルトが言う。
しかしこれ、もしかして委員長とミツキ君相手にしなきゃいけないパターンか。それは無理。