まもなく終点です
あれ以来不思議なことにゴースト事件がピタリと止まった。職業体験も終わって、一見ただの日常が戻ってきたかのように思える。しかし、依然として嫌な予感は残ったままだった。もしかして委員長について以外に、さらにやばいことが起ころうとしてるのだろうか?正直な話私はこれ以上首を突っ込んで自ら死に向かいたくはない。嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。
「チョウチョウ、重い、腕が死ぬ」
「あちしは動けるで、ぶ……ぬううん」
「動けないデブでもいいじゃない。そう、ありのままのチョウチョウを受け入れ、あ、待ってやばいやばい」
「二人ともー、早くしてくんなーい」
アカデミーの演習で忍者になった時を想定したスリーマンセルを組んだ私、チョウチョウ、いのじん。超獣偽画で一人早々にゴールしたいのじんが、未だもたつく私とチョウチョウを見下ろして文句を言っている。助けろや。チョウチョウの巨体を必死で引っ張り上げようと私がうごごごご、と力んでいると、つる、と足が滑った。あ。落下していく体はチョウチョウを巻き込んで、地面に叩きつけられる。それと同時にタイムアップを知らせる高い音が鳴り響いて、結局うちの班で合格ラインを越えることができたのはいのじんだけだった。他の班も似たようなもので、大概が一人か二人失格者が出た。唯一全員クリアしたのはボルト、ミツキ君、雷門君のスリーマンセルだが、こちらは制限時間を過ぎていたため全員が失格。痛む背中をさすりながら先生のチームワークを考えられなかった時点で全員失格!というお小言をいただきながら、私は委員長に会いにいくべきか否かを考えていた。自己保身に走るならば当然後者だが、流石の私も血も涙もない非道ではない。事情があるならば、ボルトあたりに相談すればなんかなんとかなりそうな気もする。すげぇや、大概ボルトに言えばいいんじゃね?で話が片付くよ。
ぶっちゃけた話、私と委員長はそこまで仲がいいわけではない。あまり深く話したこともないし、そりゃたまには遊びに行くこともあるけれど、結局サラダやチョウチョウと一緒だった。二人きり気まずくね?話聞くって言っても会話自体が続くのか。うーん、と腕を組んで悩んでいると、私の隣でご飯を食べていたサラダが「ナマエたち、一体何に首を突っ込んでるの?」と疑わしげな様子で話しかけてきた。
「また面倒ごとじゃないでしょうね。ナマエもまたすぐそういう…」
「うん…絶賛良心と格闘中なんだよ」
「は?」
「おっけ決めた。ちょっとだけ、ちょっとだけな」
「……とうとう頭がやられたみたいね」
まだ入院中の委員長にはサラダとチョウチョウを連れてよく見舞いにいっている。しかし、その度に私を見る彼女の目が不思議と強張って見えたのだ。いや、むしろその逆で委員長に対して罪悪感を抱いているのは私の方かもしれなかった。知らなくてもいい真実を見てしまう我が瞳が恨めしいぜまったく。
私がとぼとぼと校舎を出ると、道脇の壁に寄りかかるようにして、いのじんが立っていた。まだ私のことを怪しんでんのか知らないが最近何かと見られている気がする。「やあナマエ。今帰り?」と話しかけられてお、おうと冷や汗ダラダラで返事をした。いのじんは何かと目ざといが、誰に似たのでしょう。根…?スパイ…?知らない子ですね。
「ねえ、この間からやけに挙動不審じゃない?ナマエのくせにさ」
「自覚も心当たりもあるけど、いのじんには迷惑をかけないから放っておいてよ」
「ナマエはいつもそうやって肝心なところは隠すよね。ボルトたちとこっそり職業体験までして…どういうつもり?」
「どういうつもりって」
どういうつもりだ?自分でもよくわからん。いのじんが体を起こしてこちらに一歩踏み出した。私はそれに応じて下がった。
「ねぇ、ナマエはあの時、本当に犯人を追えなかったわけ?」
ぐ、ぬぬ。こいつ、相変わらずズバズバと空気を読まずに突っ込んできやがる。私は返答の代わりにまいったな、と頬を掻いた。クラスメイトで私の白眼の索敵範囲を知っているのはシカダイといのじんだけである。だがシカダイは私に対してそう深く突っ込んだ話はしてこなかった。私が意図的に隠すということは、それなりに笑えない時であることをわかっているからだろう。しかしいのじんはそういうタイプではない。この場をどう切り抜けるか私はない頭で思案した。
「まあ追えたけど…追えたけど!色々とあの状況じゃまずかったんだって!」
「ボクらを信用できなかったわけ?または敵とグルとか?」
「ばっきゃろー、私が裏切るような玉に見えるか?」
「うん」
「あ、そう」
「だからグルじゃない別の理由がないと、ボクうっかりボルトに口を滑らしちゃうかも」
「さてはおめー、人でなしだな?」
「ボクはこれでも割と腹が立ってるんだよ?生意気にもナマエが隠し事なんかしてさ」
おいおい、私が話さないことをなぜいのじんに怒られなくてはならないんだ。どうせ私の力がなくてもお前らそのうち勝手に犯人捕まえるだろ。
兎に角、いくら聞かれようが実はもクソもない。知らなくてもいいことというのが世の中にはある。例えばクラスのマドンナ的美少女委員長が連続暴力事件の犯人かもしれないとかいうヘビーなやつ。そうだ、私はそのために委員長に会いに行くのだ。こんな胃に優しくない悩みは早々に解決してしまうに限る。私はいのじんに、「わかったわかった。話すよ…十年後くらいにな」とキメ顔で吐き捨ててからクラウチングスタートを決めた。地面を蹴った足が軽やかに周囲を置き去りにして行く。体を鍛えててよかったとこの時初めて思った。超獣偽画を使って追跡されれば流石に厄介だったが、いのじんは不思議と追っては来なかった。明日が怖いとかは考えないこととしよう。
建物の間を縫ってひた走り、そうしてそのまま病院に向かった。こんな時に限ってやけに人が少ない病院の廊下を音を立てないように歩きながら、一つの扉の前にたどり着いた。他でもない、委員長がいる病室である。私は背筋を伸ばして深呼吸した。
「委員長」
こんこん、とノックした。