亡国の姫君と復讐の騎士
6.亡国の姫君と復讐の騎士
亡国の姫君は、銀髪の青年の後を付いていく。かつて母に仕えていたというこの若い男に、少女は不信感を募らせながらも、付いていくしかなかった。
君と僕の復讐を終わらせよう。
そういった彼に、少女は付いていくしかなかった。彼は王城の中を、慣れ親しんだ庭のように、迷いなく進んでいく。途中擦れ違う兵士達は、少女がポロンとハープを爪弾けば黙って少女達を見逃した。
「それにしても、凄いね。千年前の遺産をこんなに使いこなすなんて。頑張ったんですね」
「……貴方には効かないようですが」
「僕も千年前の遺産ですので」
くすり、彼は穏やかに笑う。先程出会ったばかりの人物だが、追求しても答えないだろうことは、少女にもなんとなく分かった。
彼は歩みを止めない。そして、その扉を開いた。
「ーーやあ、お久しぶりです、国王陛下。お元気そうでなにより」
円卓に座る一部の年寄り達が、彼の姿を見た途端、顔色を変える。悲鳴をあげたのは、何人か。まるで化け物でも見るかのようなその態度に、少女すらも疑問と混乱の中にいた。
「き、貴様、ブレイド! 何故こんなところに……牢に繋いでいたはずじゃあ」
円卓の一人が、驚きに顔を歪める。そこには確かな恐怖があった。ブレイド。そこで初めて、少女は彼の名前を聞いた。
「おや大臣。お久しぶりです。騒ぎを聞き付けて馳せ参じました。それだけでございます。陛下は、ご無事で?」
「白々しい! そこの娘が手を貸したのだな? 何をしている、はやくそいつらを捕らえろ!」
くすくすと銀髪が笑う。剣を抜いて向かってきた兵士達を見てハープを弾こうとした少女を、銀髪が止める。
「ちょ、なに!? なんで止めるの、貴方丸腰じゃない!」
「ええ、ちょっと武器をとってくるの忘れてましたね。姫、お下がりください」
少女があまりにのんきなその言葉に唖然とするのを尻目に、銀髪はさて、と準備運動をするかのように肩を回した。
銀髪は切りかかってきた兵士の剣を避け、その手首を肘と膝で砕く。兵士が離した剣を取ってから、兵士を蹴り飛ばした。奪った剣は盾として防御のみに使い、彼は格闘技のみで次々と兵士達を伸していった。
その圧倒的な力に、呆然とする。少女も、円卓の主達も。圧倒的な力を前にしても、誰一人として死んでいない兵士達も。
「あー、鈍ってるなあさすがに。大臣さん達、無駄なことはやめましょう。そうですね、多数決でも取ります? 僕はそこで腰抜かしてる雑魚王と、そうだなあ、あんたと、あんたと、あんたと、えーと、あとあんた」
銀髪はにこにこと微笑みながら、一人一人指差していく。王と、四人の円卓の主を指差し終わり、彼は、やっぱり笑った。
「そいつらを見捨てる代わりに、他の人は助けてあげます。どうです? 見捨てるか。見捨てないか。今僕が指差さなかった人達で是非お話し合いください」
ここはそういった、重要なことを話し合う場所でしょう?
いっそ清々しいほどの悪意を持って、彼は笑う。月明かりの下で、銀髪がキラキラと光った。銀髪のその言葉で、場は騒然とする。怒鳴り声と懇願と悲鳴が場を包む。ケラケラと、銀髪は笑っていた。
「あはははっ、楽しそうですねえ。ここで一つ重要なお知らせです。こちらのお嬢さんに覚えのある記憶力と勘のいい御仁はいらっしゃいませんか? いらっしゃいませんよねぇ。ええ、ええ、こちら、マギサ王女の娘、ソルシエール様であらせられます。あんた達があの野郎唆して滅ぼさせた、あの国の、王族の生き残りだよ」
先程まで耳を塞ぎたいほど煩かったその場が、しんと静まり返る。半分が少女を呆然と眺め、半分が銀髪を怯えた眼差しで見ていた。その、銀髪を見ていた者の殆どが、先程彼が指差した者達だったが。
「お前、まさか、国を甦らせるつもりか!?」
「いいえ。彼女にその気があればお手伝いしますが……さらさらないようで」
彼がちらりとこちらを見た。少女は頷く。そんなつもりは、まったくない。少女の目的は、ただひとつ。
「わたしは、復讐しに来た。それだけ」
少女のその言葉に、銀髪が穏やかに笑った。
「さっ、話し合うつもりがないようなので、とりあえず五人、死んでもらいますよ」
ああ、そうだ。
と、彼は思い出したようにそれを呟いた。
「赤い宝石の半分、どこにあるかご存じで?」
しかし、それにはいと言うものはいなかった。銀髪はあからさまに溜息をつく。少女は懐の短剣を取り出すか迷った。復讐のためにここまで来て、その復讐が果たせそうだというのに、少女はそれを、迷った。
少女は悟る。
真に彼等に復讐したいのは、自分ではなく、彼だと。勿論、少女は自分の復讐心が嘘だとは思っていない。本気で、彼等を殺したいと願っている。
そして彼は、殺そうとしている。
この二人の殺意の差を、銀髪は後に、僕に余裕がなかっただけだと語った。しかし、少女はそうは思わない。昔、母が言っていたことを、思い出した。
「銀髪の、勇者様」
世界を救うため、愛した人を斬った、悲しい悲しい、復讐の騎士。
悲鳴と断末魔の中に、にっこりと笑う壊れた希望。かつて世界を救った彼は嬉々として血にまみれ、復讐を、果たしていく。
彼は、とても大事そうに、その名を呟く。
「……マギサさま」
それはかつて、彼が仕えた、姫の名前。亡国の姫君は、その月夜の美しさに、涙を流す。
.
[ 7/16 ]
[mokuji]
[しおりを挟む]