姿を変えた少女

 4.姿を変えた少女



 全てをコピーした。
 倒れた彼の剣も、彼の姿を存在を完璧に真似した「ぼく」には扱えた。本来なら重くて重くて、少しも持ち上がらないそれを振り下ろし、結界を断ち切る。
 鬱蒼と繁る草木を掻き分け、追う。いつもなら気にならない距離が辛い。剣がだんだんと重くなる。長い間は、騙せないらしい。きっと「ぼく」が追いかける存在も、「ぼく」がぼくでないことに気付いている。
 だからだろう。開けた場所で、彼は待っていた。ふわりと宙に浮く人外に、重い重い剣を向ける。

「――お前が、魔王だな」

 「ぼく」の口から、彼の声が聞こえる。それに人外ははっと目を見張る。そして何かを考えるように俯いた。
 そして答える。

「ああ。私こそが世界を滅ぼす、魔王である」

 黒い長髪。額の赤い宝石。それを認めた瞬間、「ぼく」の脳を怒りが沸き上がる。何故だ。

「魔王はブレイドがこの剣で倒したはずだ!何故貴様が生きている」
「――?」

 魔王が僅かに動揺した気がした。訝しげに眉を寄せる。

「……ブレイド…?」

 理解できないとでも言いたげなそれに。彼の名すら覚えていない魔王に、頭の奥で燃え盛る炎のような怒りが沸き上がる。
 奴のせいで、彼は。

「四十年前、お前を倒した男の名だ!覚えていないなんて言わせない」
「四十年……そうか、成る程。卑屈というか、自虐的にも程があるな。無様な男だ」
「なんだと……っ!」

 心底馬鹿にするように、奴の唇は弧を描く。剣を持つ手が震えた。

「では問おう。私を殺すことが出来る唯一の剣を持つ、お前はなんなのだ。あの男をブレイドと呼ぶお前は、いったい誰だというのか」

 四十年前、魔王を討ち滅ぼした勇者が所有していた、伝説の剣。それは、彼が魔王を殺す、更に千年前の古の時代。魔のものとなった精霊を貫いた剣、である。
 千と四十年前から、世界に仇為す者への断罪の役割を担ってきたこの勇者の剣を持つ、ぼくは。

「ぼくは――彼の偽物だ」

 剣を構え直す。亡国の王の末裔として、母の敵討ちのため、この世界で生きていくために、剣術の心得ならある。
 これは、ぼくの使命でも、役割でも、義務でも、責任でもない。本来ならば、選ばれし勇者として、彼が負うべき使命で、役割で、義務で、責任で。
 ――罪で、罰だった。

「それでも、彼の為に剣を取り、貴様の前に立っている。世界の為に、我が身を犠牲にする、覚悟もある!」

 剣の装飾の、鮮やかな赤い石が視界の端に映る。魔王の額の宝石に、よく、似ている気がした。
 まるで、この剣が、奴を殺すための一撃だと、訴えているように思った。

「今、この瞬間。この時だけでも、貴様を殺す責任を担わせてくれ。願わくは、その罪も罰も、すべてぼくに背負わせてくれ。彼はなにも、悪くない」

 息を吸う。そして、吐く。
 では問おう。私を殺すことが出来る唯一の剣を持つ、お前はなんなのだ。
 ぼくは、答える。

「ぼくは勇者。ぼくこそが貴様を滅ぼす、勇者である!」

 魔王はゆっくりと目を閉じた。そして、開く。忌々しい眼光が、ぼくを貫く。
 その瞳は何故か、悲しみの色を感じさせた。しかし唇は、変わらず弧を描く。

「私の前にその剣を持って立ちはだかった誰よりも、お前が一番、勇者と名乗るに相応しい、など」

 とんだ、皮肉だ。

「はあああああ!!」

 ぼくは魔王に向かって走る。ぼくはこの存在を、消さなければならない。殺さなければならない。彼の為に。世界の為に。自分の為に。
 もう、ぼくや彼のようなひとが、現れない為に。


 その時、不意に、ずしりと剣が重くなる。持っていられないほどに。立って、いられないほどに。

「……え?」

 なのに、柄から手が離れない。まずい。無理だ。これ以上は。
 騙し、切れない。

「うああぁあああッ!!!」

 体に激痛が走る。皮膚が焼けるように痛い。偽物。所詮、偽物。剣が嘘を殺そうとしている。悪いことをした偽物を、裁いている。
 憎い憎い魔王の前で、ぼくは悲鳴を上げている。偽物は偽物だと、思い知らされている。
 なんという屈辱。なんという雪辱。憎い憎い憎い憎い憎い。あいつの、すべてが、憎い。

「殺してやる!殺してやる!殺してやるうううう!!きさま、貴様だけは、絶対に許さない!許すものかぁああ!」

 剣は持ち上がらない。ただそれだけで、屈服などしない。激痛はなおもぼくを蝕んでいる。そんなことで、諦めなどしない。柄を強く。強く、握った。
 ぼくは死ぬその瞬間まで、倒れはしない。膝をつかない。最期まで、立っている。
 ぼくは、立ち上がる。

「――…見事な魂だ、娘」

 違う。
 ぼくは、今、彼だ。






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