すべての栄光を往く者

 13.すべての栄光を往く者



 殺してやる。
 殺してやる。殺してやる。殺してやる。俺は何も悪くない。間違っていない。成功したんだ。これこそが、お前達が望んだ結果だろう。
 なのに、なぜ。

「世界のマナを調節する自然界の要である精霊を殺戮し、同時に、世界に害するほどの過剰のマナを溢れさせた罪で、お前を、死罪とする」

 なのに、なぜ。
 俺に精霊を殺すよう命じたその口で、俺に精霊を殺した罰を与えるか。苛立ちに舌打ちをする。おかしいと思っていた。それでも、殺し続けたのは、俺だけれど。

「……過剰になるほど殺させて、いったいなににマナを使うのかと思いきや。ははっ、なァんだ」

 てっきり、戦争でもおっ始める気かと思っていたがな。

「俺を、殺すためのたくわえか」

 始めは、なんだったか。何を望んだのか、もう思い出せない。確か、誰かに。誰でもいいから、褒めてほしかったんだっけなあ。
 化物と。化物の子と石を投げられた記憶も、今はもう、遠い。記憶にあるのは、あの体温と。穏やかな声と。ただ、腹が立つだけの、指先が。

 ああ、もう、思い出せない。

 遠からず俺の機嫌を損ねる予定があるのだろうとは思っていた。しかし、機嫌を損ねるどころか、逆鱗に触れる予定だったらしい。用済み。不要品。廃棄処分。俺はただの、道具。
 使い捨ての、道具。
 そんなことは分かっていた。こいつらがどれだけ俺に石を投げようが、そんなことはどうだっていい。こいつらなんて、どうだっていい。
 ああ、腹が立つ。苛々する。胸が、ざわざわと、騒ぐ。

「……あいつは、どこだ」

 低く、低く放ったその問いに、答える者は誰もいない。まさか、俺が指すあいつが、誰なのか分からないなんてことはないだろう?
 俺の。あいつは。あいつは、どこだ。
 ああ、こんなに腹が立ったのは、初めてだ。俺はこの下等な生き物どもに、怒れたんだと。
 初めて、知った。
 だが、そんなことは関係ない。分かっているだろう。俺が、俺の。自分の所有物を、呼んでるんだ。

「おい、じじいども。また耳遠くなったんじゃねえだろうなァ。俺が。俺の! 飼い主はどこだって訊いてんだろォがよォ!!」

 ――殺してやる。
 殺してやる。殺してやる。一匹残らずぶっ殺してやる。どいつもこいつも、簡単に死ぬ下等生物のくせに、煩わしいにも程がある。
 そんなに、死にたいのなら、望み通り殺してやるよ。絶対に、絶対に、逃がさない。なにがなんでも、絶対に。

 あいつだけは、絶対に、手離さない。


「応えろよ、リューグナー=ガドレ!」


 なあ。


 俺のワガママに付き合えるのは、ここまでなのかよ。


「ーー驚いた。君、俺の名前覚えてたんだね」

 いつも。
 あんた、あんたと。名前で呼ばないから。そう、彼は穏やかに笑った。いつも、いつも、見慣れた。俺の大嫌いな笑いかた。なに考えてるのか、分からなくて。ずっと、一緒にいたのに、分からなくて。
 怖くて、大嫌いな笑いかた。

 そいつは、穏やかに、笑う。

「おいで、ブレイド」

 そう言って、そいつはいつも、俺へ手を伸ばす。俺の手を引いて、俺を導く。外へ。人がいるところへ。あたたかいところへ。

「ごめんね。遅くなって。大丈夫。もう、だいじょうぶ。だからもう、泣かないで」

 ふたりだけしかいない、世界へ。


「がんばったね、ブレイド」


 ――なあ、知ってた?
 知ってたよな。そうだよな。
 俺は、誰でもいいから、褒めてほしかったんだ。認めてほしいだけだったんだ。ここにいていいんだと、言ってほしかっただけなんだ。もう、だいじょうぶだって。

 だから俺は、あいつらを殺した。

 俺を利用するだけ利用して、始末しようとした奴らを。俺を、認めない奴なんていらない。そうだろう?
 あいつらはいっこも分かっちゃいねえ。なんにも分かってない。そりゃそうだ。俺のことなんて見てなかったんだから。俺のことなんて、どうせ血も涙もない殺戮者とでも思ってたんだろ?
 だから、分かっちゃいねえんだ。

 どれだけマナをたくわえようと、人間ごとき下等生物に、殺される俺様じゃねえってことを。
 殺させてやる、わけがねえってことを。

「俺は、必要とされたい。あんたには、特に」

 あたたかい温度が、頬を撫でる。もやもやとした気持ちが和らいでいく。

「だから。だからこそ、今まで俺が必要とされやってきたことが、害になるのは、嫌だ。今まで精霊を殺し続けてきたことが、正当化されるなら。もしくは、無かったことにできるなら。俺はなんでもする。どんな悪逆も、正義にしてやるよ」

 血に濡れた手を、お前だけは、優しく包み込んでくれるから。
 お前は、笑う。

「いいんじゃない? 君の好きにすればいい」
「……あんた、どこまで俺のワガママに付き合えるんだ?」
「どこまででも。俺は、君にすべてを捧げる。君は俺を、好きにしていい」

 いつか、聞いた台詞。いつも、聞いていた台詞。俺はそれを、俺があいつらに不要とされるまでの間だけだと思っていた。あいつらの死体の山を、血の海を見ても、こいつは、あのときの笑みのまま、それを言うのか。

 ああ。
 こいつは、鎖のはずなのに。
 俺と奴らを繋いていた、奴らの鎖。
 俺が奴らから逃げ出さない為の、俺への贄。俺を甘やかし、俺を愛し、俺を肯定し、俺を逃がさないための。壊さないための、優しく、残酷な鎖。

「分かってないね、君は」

 そう。こいつはいつも、俺へ手を差しのべる。俺の手を引いて、俺を導く。外へ。人がいるところへ。あたたかいところへ。


「依存というものの、中毒性を」


 ふたりだけしかいない、世界へ。


「俺も、君に狂っているんだ。君がいなくては、もう、生きていけなくなっている。君が愛しい。君を愛している。君が俺を手離せないように、俺も君を、手離せない」

 ……いつから、だろう。
 どうしてだろう。
 なんで、こんなことになったんだろう。なんで、俺は。

「リューグナー」
「うん」
 
 こんな化け物に、産まれてしまったんだろう。

「俺と、一緒にいて」

 いつからだろう。
 ねえ、リューグナー。
 昔は、この人がいれば、俺は世界に必要とされると思っていたのに。世界と繋がっていられると、思っていたのに。いつからだろう。

 この人さえ必要としてくれれば、それでいいと思い始めたのは。

 いつから、俺は。

「……いいよ。ブレイド。これからも、君の側にいさせて。君をずっと、守ってみせる」

 いつから、俺は。





 この人がいないと、生きていけなくなっていたんだろう。




「リューグナー」
「うん」
「……あいしてる」
「うん。知ってる」

 だから。

 俺は、精霊を殺す。殺し続ける。

 マナが増えすぎたことにより、本来世界を支え、潤すはずのマナは、毒に変わる。マナを過度に摂取した動植物が突然変異し、自然や人間に襲い掛かった。それは後に、魔物と呼ばれ始める。
 そして、マナを摂取するものは人間や動植物だけではない。何よりもマナを必要とするもの。

 それは、マナを栄養源とし、自然界に棲息し、自然を操り、司り、凌駕し、超越する生命体。

 ーー精霊。


「ブレイド」


 とある、なんの罪のない大精霊が大量のマナに呑まれ、凶暴化し、理性を無くし、己の力のまま。まるで災害のように世界を駆け巡り、破壊した。
 その精霊のことを、魔物と合わせ、当時の人間はこう謳った。


「貴様だけは、絶対に」


 あれこそが。




「――許さない」




 世界を滅ぼす、魔王である。




 そして、世界を悩ませるマナの過剰濃度が、魔王が原因であるとされた。多くの精霊を殺し、マナの過剰濃度を引き起こしたのは、元精霊の、魔王だと。

 あの魔王を、殺さなければ。

 精霊の虐殺を止めなければ、遠くない未来、世界から精霊は消滅する。それは、世界の滅亡を意味した。

 その危機を救った者こそ、後世に語り継がれる、勇者の名を戴くもの。

 精霊の主と呼ばれた魔術師であり。
 魔王を倒した、最強の剣士であり。
 世界に溢れたマナを精霊石に還すことで、精霊を復活させ、マナの量を正常値へと戻した救世主であり。
 世界に爪痕を残す魔物の討伐に尽力し、その生涯を、世界のために費やした英雄。
 誰もが彼のその功績を讃え、こう呼んだ。




 彼こそが、世界を救った、勇者である。









「……ブレイド。君をあいしてる」



 その深淵を覗いたものに、生き残れた者は無し。






.

[ 14/16 ]




[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -