指輪に封じられた精霊

 11.指輪に封じられた精霊



 精霊研究所。
 銀髪の青年はその廊下を歩く。目的地の扉を、コンコンとノックした。はーいという間延びした返事が聞こえ扉を開けると、若い研究員が顔を上げこちらを見た。その顔がぱっと明るく輝く。

「来たなー、勇者!」
「勇者は止めろって、何回も言ってるだろ」

 研究員はからかうように笑う。もともと人懐っこい性格の人ではあるが、年も近いためこの扱いだ。しかし青年は本当に困ってはいないようで、柔らかく笑う。
 そんな青年の腰を、研究員は指差す。

「いやいや。伝説の勇者の剣ぶら下げておきながら、何を謙遜してんのよ。常人には重くて持ち上げられない剣を軽々持ち運びながら何を謙遜してんですかー、このこのー」
「ん、怒るよ?」
「笑顔で言うなよ」

 呆れたように、しかしどこか楽しそうに研究員は目を細める。
 張り付いたような笑顔が気持ち悪い、とかつて同年代の者に言われたことがあるが、彼はその時、偶然居合わせてしまった。そしてそれに腹を抱えて大爆笑したのが出会いであり、きっかけであった。この研究員は良くも悪くも、裏表のない青年だ。

「そういえば博士は?」
「今日は王城だよ。呼ばれちまってさ。まあ気にすんなよ。お前への用件は、博士に代わって俺が伝えるからさ」

 研究員はそう言うと青年に椅子を進め、コーヒーを出してくれた。がさつな性格のくせに、こういう気配りは出来るのだから面白い。青年は腰を下ろし、喉を潤す。
 研究員は小さな箱を、机に置いた。

「今日、あんたを呼んだのはこれを見せたかったからなんだ。見せたかったからっつーか、預けたいんだよ、コレを」
「……中身はなんなんだ?」
「開けてみ」

 研究員も机を挟んで青年の前に座り、コーヒーをすする。青年は少し躊躇いながらも、箱を開けた。

「これは」

 そして目を見張る。見覚えがある気がしたが、どこで見たのかは思い出せない。箱の中には、赤い宝石が艶やかに輝いていた。
 研究員が、再び青年の腰の剣を指差す。しかし今度はからかうためではない。青年は気付く。

「この宝石、まさかこの剣の宝石と」
「そ、同じものだ。その剣は選ばれし伝説の勇者にしか扱えない。理由は、重いからだ。例え筋肉隆々のマッチョメンだろうが、重いんだよ、その剣は。んで、重くしているのがその宝石――というか、精霊石な」

 青年は手元の石と、剣へ埋め込まれた石とを見比べる。剣の宝石は透き通るように澄んでいるが、手元の宝石は、中心が黒く濁って見える。
 精霊石。
 精霊とはマナを栄養源とし、自然界に棲息し自然を操り、司り、凌駕し、超越する生命体だ。しかし何よりも自然を重んじ、自然界のルールに遵守する。人によっては、生命体ではなく、自然そのものとする者もいる。
 精霊。妖精。小人。魔物。マナが自然界に関与する事例は少なくない。
 そして、精霊の体のほとんどはマナで出来ており、生命体というには、生物とは構造が違いすぎている。その例として、精霊は死ぬとマナに帰す。マナとなるのだ。そのため、精霊が死んだ土地は、しばらくは潤い続ける。
 しかし力の強い精霊は、死ぬときにマナを放出するが、同時に宝石へと姿を変える。まるで灰となり卵に還り、蘇る不死鳥のように。宝石へと姿を変え、マナを集め、復活の時を待つ。
 それが、精霊石。

「問題は、だ。それが素人目には普通の宝石と変わらんってことだよ。森を歩いてたら大層綺麗な宝石を拾った。加工して売っちゃえってことになって削ったり割ったりしちまうんだよ。幾つかに分けられてもどれかの破片に本体が移るだけで死にはしないが、マナを集める時間は大きさに比例する」

 精霊は、マナを摂取し効率よくバランスよく自然に孵す。マナが増え精霊が居なければ自然災害へと繋がるし、マナが減り精霊も居なければ自然災害へと繋がる。精霊はマナ量の調整を担う、自然だ。

「成る程つまりお前は、この精霊を復活させたいんだな」

 青年は箱の中の宝石を手に取る。剣の宝石より、こちらの方がはるかに小さいが、濁り方からしてこちらを本体にしているのだろう。
 日の光に透かして見てみる。いつかこの美しい赤が黒く染まりきってしまいそうなほど、中心の黒は濃く、強い。
 研究員は頷く。

「本体が近くにありゃ、本体じゃない方の石からもマナが摂取ができる。本体にしてるこの石の小ささから見ても、効率は五倍以上」
「でも、精霊が復活したら、この剣のプレミアなくならないか?誰にだって扱えるようになった方がそりゃ僕は田舎に帰れていいんだが、お前というか、博士はというか」

 心配して言っているのではない。裏があると疑っているのだ。前に上手く乗せられ実験に付き合わされ、あやうく死にかけたことはまだ忘れていない。青年は石をそっと箱に戻した。
 研究員はそんな青年の警戒心をケラケラと笑う。

「それがなんと無くならねーのよ。その剣のプレミアは、精霊が封印されているからではなく、精霊が術を施していることで付いている。その術は解けないように更に厳重に封じられててな。術をかけた本人……本精霊? であろうが、そのプレミアは消せない」

 にやりと心底面白そうに、研究員は笑う。

「精霊の術を封じるほどの魔術師だぜ。精霊にマナを捧げ、そのマナを自然界の産物へと変換するのが魔術だ。つまり精霊がいないと術は使えないし、精霊に術をかけることなんて本来は無理なんだ。自然を超越した精霊を、凌駕する魔術師。んなもん、世界にただひとりしか存在しない」

 伝説の勇者。
 千年前にこの世界に生きていた彼は、精霊の主と謳われたほどの魔術師でもあった。
 千年前、何故かマナは増えすぎていた。原因は未だに分かっていない。
 しかし、そのためマナを摂取し過ぎた動植物が巨大化、凶暴化し、自然や人間に襲い掛かった。それは、今も魔物と呼ばれ世界に巣食っている。
 そして、マナを摂取するものは人間や動植物だけではない。何よりもマナを必要とするもの――精霊。
 とある大精霊はマナに呑まれ、凶暴化し、理性を無くし、己の力のまま。まるで災害のように世界を駆け巡り、破壊した。その精霊のことを、魔物と合わせ、当時の人間はこう呼んだ。

 あれこそが、世界を滅ぼす――魔王である。

「……で?」

 青年は難しそうに眉を寄せ首を傾げた。伝説の勇者の再来とされているが、もとは片田舎の若い世間知らずだ。王都の同世代の人間より、知識も関心も異なる。
 研究員はやはりケラケラと笑った。

「だからなあ、勇者様。上の偉いさん達は、かつての勇者は強力な精霊石を埋め込むことで剣を強化したが、とても扱い難くなった。だから誤用が防ぐため自分にしか扱えないように精霊石に術をかけた、としていてそれが教科書にも乗っている定説だがな。俺は思うんだよ」

 ずずっと少し冷めたコーヒーをすすり、研究員は少し声を抑えた。けれど、にやりと心底面白そうに笑う。

「勇者はとある精霊を殺し石にしたあと幾つかに割り、精霊が復活しないよう一番小さな破片に精霊を封じた。更に剣に大きな破片を埋め込み、剣を強化。自分以外の誰にも扱えないように、術をかけた。んじゃないかなーっ、て」

 それは、定説とさほど違いのない仮説だ。違うのは、自ら精霊を殺したこと。そして、剣に術をかけた理由が、他人を思いやってのことではなく、剣を独占するためにしたことだと。

「なーんてな」

 研究員は、にやりと笑う。

「とりあえずさ、その石は持ち運びやすいように指輪にでもしようと思っててな。出来たら渡すわ」
「……今の話を聞いて、尚更受け取る気が失せたんだが」
「なんで。逆だろ?」

 青年は心底不思議そうに自分を見てくる研究員に、どういうことかと目で問う。研究員は、当然のように言った。

「千年も封じられてた精霊だぞ。そろそろ出してやらないと、可哀想だろ」

 青年はぱちぱちと数度まばたきをした。そして彼の言葉が理解出来たとき、負けを認めた。仕方なさそうに微笑む。
 箱の中の小さくも圧倒的に美しい宝石を、指の腹で優しく撫でる。

「ところで」

 そんな青年に、研究員は悪戯を思い付いた子供のようにいきいきと問うた。

「左手薬指のサイズは」
「怒るよ、キールニー?」

 数ヶ月の後。伝説の勇者の左手の人差し指に、赤く美しい宝石が施された指輪が嵌められていた。その宝石の中心は黒く色付いていたが、たまに透き通るように赤い。
 その黒が消えているとき。勇者はよく宙を見上げて、優しく微笑んでいた。

 まるでそこに、愛しい何かが在るかのように。





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