千年の遺産を操る魔女

 10.千年の遺産を操る魔女



 パチパチと焚き火がはぜる音。魚の焼ける香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

「寒くありませんか、姫」

 ひとり復讐へ向かう道すがら、野宿にもなれていたが、彼と一緒に旅を続けることになってからは、随分と過ごしやすくなった。食料にも、金銭にも困らない上にやたらと気遣いが上手い彼に、むすっと唇を尖らせた。

「大丈夫よ。あなたが私を姫と呼ばなければ」
「そろそろ食えそうですね。トカゲにはなれましたか?」

 とうとう無視された。

「はあ……もういい。カエルより食えるわ」
「カエルもトカゲも、対して変わらないと思いますがねえ」
「うるさい」

 カエルは昔から苦手なのだ。トカゲは幼い頃から住んでいた家の近くでよく見ていたから、慣れてしまっている。まあ、それでも食べるとなればさすがに嫌なものはあるのだけれど。
 ……くすくす笑う彼の穏やかな横顔も、だいぶ、見慣れた。

「色々と寄り道をしたせいで食料が尽きてしまいましたが、明日には人里に着きます。ちゃんとしたもの食べられますよ」
「食べ物より、ちゃんとした寝床の方が待ち遠しいわ。あとお風呂」
「僕が隣で寝てても、眠れるようになりましたしね」

 焼けた魚を手渡される。なぜこの一番距離が近くなるタイミングで、それを言うのか。自意識過剰と言われても仕方ないかもしれないが、年頃の娘としてはこれくらいの自意識はあって当然だと主張したい。
 まあ、彼がそんなつもりまったくないことも分かりきっているのだが。それとこれとはまた別だろう。

「……ねえ、ほんと、宿屋でくらい、部屋分けない? お金ないの?」
「ありますよ? 魔物狩りまくった報償金と、あと毛皮やら牙やら内蔵やらも売りましたし、あとは薬草ですね。魔物の巣の近くは誰も寄り付かないので、結構生えてるんですよ。貴重なのが。姫もキノコの見分けくらいつけれるようになった方がいいですよ」
「部屋、分けましょう。こう一緒だと肩が凝るわ」
「一応僕ら、指名手配犯ですよ? 風呂が別なだけ良心的だと思いますが」

 飲み込もうとした魚の身が、変なとこ入った。

「あっ、当たり前じゃない!! なに考えてるの!」
「はあ。そう言われると思って自重してたんですよ。浴室の前で待ってられるの嫌でしょう?」
「嫌よ!!」
「でも無防備なんですよ、風呂入ってるとき。裸なんだから。川で水浴びしてるときだって目を離したくないくらいなのに。寝るときだって真横にいたいのに。せめて男女が気にならないくらい幼いか、割りきってもらえるくらい大人であってくれたなら、まだ楽でした」
「………あなたって、気は遣えるくせに、けっこう失礼よね」

 年頃の娘をなんだと思っているのか。確かに守ってもらって、食料や金銭の世話までなんでもかんでも任せってきりの頼りっきりの分際で、なにをわがままを言っているのかと思わないでもないが、本当、年頃の娘をなんだと思っているのか。
 ああ、でも本当に。改めて思うまでもなく、守られている。これ以上ないほどまでに。
 悲観することなく、絶望することもなく、楽しく旅を続けられている時点で。私は彼に、頭が上がらないに決まっているのに。
 私に気を遣わせない。彼は。

「……過保護め…」
「安心してください。僕には好きな人がいるので、姫をむりやり手込めにしようだなんて思いません」
「ああそう……………ええええ!!?」
「なんですか急に大声を出して。あとそれ食べちゃってください。トカゲ焦げます」
「いらないからあなた食べちゃっていいわよ。それよりなに、あなた、恋人いたの? 結婚!? まさかの妻帯者!?」
「ダメです、食べなさい。この子は肉厚で絶対おいしいですよ」
「止めて余計食べられない」

 幼い頃から見慣れるということは愛着がわくということで、私は決してトカゲが嫌いというわけではないのだ。止めてほしい。この子っていうの、止めてほしい。
 というか、凄く大胆に話をそらされた。そらしきれてないけど。
 なんだかとても意外に感じて、こんなに長い間彼の顔を見たのは初めてだというくらい、まっすぐに彼の横顔を見詰めてしまう。口が滑った、なんてうっかりをやらかすような人ではない。多分、私がここまで食い付くとは思ってなかったのだろう。
 彼は諦めたように溜め息を吐いた。

「恋人でもありませんし、結婚もしていません。片想いです」
「え、でもあなた、二十年間、牢屋に閉じ込められてたのよね?」

 彼のどこからどうみても二十代前半の容姿を見て、信じられるわけがないが、彼はそう言い張っている。

「ええ……なので、その人がいまどこにいるのか、検討もつきません」

 しかし、二十年間牢屋に入れられていたということは嘘だと思うのに、彼のその言葉だけは、本当だと思った。本当に、その人が好きで。本当に、居場所を知らなくて。
 知りたいのだと、思った。
 だから。

「……占ってみる?」
「え?」

 だから、ついそんな言葉が出た。珍しくきょとんとこちらを見てきた彼に少し動揺したが、どもりながらも言葉を続ける。

「あ、えっと、私ここまで来るためのお金、お母さんが遺してくれた魔術道具で占いをして稼いできたの。正確には未来視とか、さがしものとかの魔術道具で、占いじゃないんだけど……まあ、応用? 人さがしもできるわ」
「そんなものまで使えるようになっていたんですか? まったく君は、人を操るハープやら、姿写しの鏡やら、千年前の遺産を……はあ、だから現代の魔女なんて言われるんですよ」

 呆れたように溜め息をつかれ、好意でいったことを否定されたようで、少しむっとした。初めて会ったときはそのことを褒められたのに、今は叱るような言い方をされたのにも腹が立つ。
 そのため、余計なお世話だったと前言撤回しようと口を開いたとき。

 彼は、静かに言った。


「――お願いします」


 焚き火を見つめる彼の横顔が、赤い光に揺れる。普段の彼が浮かべる穏やかな笑みは、どこか作り物めいていて、怖いと思うことがあった。しかし、その射抜くような眼光に、思い知る。
 彼は、少しでも。少しでも己の存在が、弱く見えるように。敵意がないことを示すために。笑っているのだと。
 圧倒的な力を以て、こちらを、見下しているようだと――ぞくり、背筋が粟立つ。
 けれど、私は知っている。

 彼が優しいことを、知っている。

「……姫って呼ぶの、止めたらいいわよ」
「僕にとってあなたは姫なんですけれどね。分かりました。これからは名前でお呼びします」
「敬語もやめて」
「いいよ」

 彼がくすりと笑う。穏やかな笑み。私が、よく知る笑顔。仕方なさそうに息を吐いて、鞄から針盤を取り出す。さがしているものの位置を指し示す魔法道具だ。
 彼は興味深そうに針盤を覗き込んだ。針盤に手をかざすように言うと、彼は笑みをそのままに手の平を針盤へ向ける。
 針盤へマナをそそぎ魔法を発動すると、マナが光となって精霊へと還る。マナの輝きは、盤の針の指す方向へまっすぐに伸びていった。
 東だ。

「かなり遠いわね」

 いや、遠すぎる。距離感がつかめないため、具体的な数字をあげることは出来ない。針盤と、針が指す方向へ向けていた目を彼へ戻し、そして、言葉を失う。
 針盤が指したマナの光の行方を、瞬きさえ忘れ見詰める彼の瞳。

 こぼれるように、雫が頬へ落ちた。

「……ブレイド…」

 泣いている。彼が、泣いている。
 呆然と涙する彼の名前を呼ぶと、彼ははっとしたように目を見開く。そして流した涙を隠すように、顔を背けた。

「すみません。まさか、反応するとは思っていなかったので」
「……なに。私にはできないと思っていたの?」
「いいえ。いいえ。ちがいます」

 せっかく敬語を直させたというのに、また戻っていることに触れることも忘れてるほど、彼の涙に、動揺した。そのせいでいつもよりもさらにきつい言い方をしてしまう。彼は、力なく首を振りながら、とうとう顔を手で覆い、俯いてしまった。
 そして震える声で、小さく泣いた。

「まだ、いるのだと。ここに、まだ」

 いるんだ、と。
 動揺していたのは、きっと、彼もそうだった。
 うっかり。
 うっかりとそれを漏らした彼は、彼のさがしびとが「もうこの世にいないと思っていた」のでは、という思考に行き着き、息を詰めた。
 それは。それはいったい。どんな気持ちで、針盤へ手をかざしたのか。お願いしますと、言ったのか。


「東へ、向かいましょう。付き合うよ」


 だから、気が付いたらそう言っていた。うかがうようにこちらを見た彼の瞳は、先程の鋭さを疑うほど弱々しく、胸を刺す。

「別に、行く宛もない旅なんだし、目的のひとつやふたつあってもいいじゃない」
「……ひめ」
「姫と呼ばない約束よ。まあ、余計なお世話だと言うなら、いいんだけど」

 それは。それはいったい。どんな気持ちでお願いしますと、言ったのか。
 私は、知らない。



 ――私は、知らない。








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