封印を解く魔術師
9.封印を解く魔術師
信頼している人に利用されていることは分かっていたが、それも仕方ないことだと割り切っていた。
僕は伝説の勇者の後継者で、あの人はこの国の王だった。だから、僕達の間にどれだけ情があろうと、利害関係からは抜け出せないということは、もう、どうしようもないことだった。そう納得していたのは、僕があの人のことを、信頼していたから。大好きだったから。
だから、あのときは、知らなかった。
あの人がどうしようもなく、王だということを。
「本当ですか、博士」
精霊研究の第一人者であるその男は、僕の確認に重々しく頷いた。
「マナを取り戻したことによりイフェルトは仮復活しているが、本来ならもうとっくに、完全に復活していても可笑しくない。復活できない理由は、その復活を高度に封印されているからだ」
「……その封印を、解くことが出来るんですね?」
「ああ。術式を特定した。出来る……が、その解呪を行うためのマナが足りない」
第二のマナ衰退時代と呼ばれる今の時代、マナを大量に消費する大きな術を行うには、許可が必要となっていた。しかし、方法はある。
「構いません。僕が保有するマナを使ってください。この剣を扱えるほどのマナは有しています。これで、足りるのでしょう?」
「すまんな、勇者」
「そんな…イフェルトを復活させたいとお願いしたのは、僕の方ですから。これくらいのことは」
博士にとっても、この勇者の剣に力を与える赤い石に宿る精霊を復活させることは、有益なことだ。お互い様である。
問題があるとすれば、イフェルト本人が復活を望んでいないということだ。彼は頑なに、自身の復活を拒んでいる。どうしてかは、分からない。その理由を話すことも、彼は拒否し続けている。
それでも僕は、盲目的に、彼の復活を望んだ。
だから。
『――どういうことだ、スパーダ』
指輪で眠っていた彼を起こすと、彼は僕達の足元にある魔方陣に目を見開いた。その術式を理解すると眉を寄せ、唇を震わせた。彼は、復活することに怯えている。
「大丈夫だよ、イフェルト。安心して。君を自由にするだけだ」
『スパーダ、私はそんなこと望んでいない。何度言わせるつもりだ。私はこのままで構わない、だから、止めろ。止めるんだ』
イフェルトが僕に手を伸ばす。その手は僕をするりとすり抜けた。ああ、その度に僕は、絶望する。
「僕は君が好きだ。愛してる。だから、君に触れたい」
『……分かった。スパーダ。分かったよ。これからも、私はお前と共に在ろう。私は永遠にお前の物だ。ずっとお前の側にいる。だから、それで満足してくれ。頼む、スパーダ。スパーダ』
「イフェルト」
違う。そうじゃない。
僕は、君を自由にしたい。千年の眠りから覚めてもまだ、永遠のときをこの指輪に封じられる。その運命から、君を救いたい。けれど、君は。
「ねえ、イフェルト。なら教えてくれ。どうして君はそう頑なに復活を拒むんだ」
『、それは』
「僕は、君に触れたい」
その肌だけでなく、艶やかになびく髪の一糸にすら触れることができない。その事実に、どう納得できようか。満足なんてできない。出来るわけがない。
会いたい。
君に、会いたい。
触れたい。今すぐに抱き締めたい。君のぬくもりを知りたい。君の香りを知りたい。君の指先の感触を。君の足音を。
『私がただの精霊に戻れば、お前のことなど見向きもせず自然へと帰るぞ。もう二度と人とは関わらん。それでもいいのか』
「それは脅しかい、イフェルト。構わないよ。それが本来の、君のあるべき姿だろう? 大人しく振られたと思うさ」
『……今、ここにいる私の願いを聞いてくれ、スパーダ。私はここにいる。私は、このままで構わない』
術式を発動する。
「僕が、嫌だ」
イフェルトが静かに、涙を流した。
マナが光となって可視となり、魔方陣より溢れイフェルトへと還っていく。
美しい。世界の何よりも、輝いて見える。彼こそが、僕の、世界だ。
『スパーダ……お前は愚かだ。我儘にも程がある。これだから、人の子は嫌いなんだ』
呆れたような、全てを、諦めたような声。なにをそんなに怯えている。なにがそんなに恐ろしい。君を苛むものは、僕がすべて、殺してあげよう。
だから。
『それでもな、スパーダ。これで良かったと、思っている私がいる。スパーダ。勇者の剣を受け継いだ者よ』
そんな、すべてを拒絶するように、笑わないでくれ。
「――スパーダ!!」
聞きなれた友の声が僕を呼ぶ。彼は先程まで、この場にはいなかったはずだ。声に振り返れば、敬愛する王が、僕を見ていた。
冷たく、見下ろしていた。
「スパーダ止めろ!今すぐ術式を停止するんだ! そいつは、イフェルトは――!」
ごう、と吹いた強い風が、友の言葉を掻き消した。室内であるこの場に、大量のマナが渦巻き、風を起こす。思わず腕で目を庇えば、視界からイフェルトの姿が消えた。
その風のなか、彼の声だけが、はっきりと聴こえた。
『ちゃんと、私を殺せよ?』
それこそが、お前の負うべき責務だ。
罪と――罰だ。
風が止む。腕を下ろし、まっすぐに彼を見た。変わらない。美しい艶やかな黒髪。額の赤い石。だが、その足元にある影が、彼が実体へと戻ったことを教えてくれた。
「イフェルト」
僕は君が好きだ。愛してる。
だから、君に触れたい。抱き締めたい。君のぬくもりを知りたい。君の香りを知りたい。君の指先の感触を。君の足音を。
君を。
「私の名は、サタナス」
その名で呼ぶことだけは、絶対にしない。
「千年前、その剣によって滅ぼされ、その剣に封じられた魂」
何度石を砕こうと、思い通りの結末へは届かない。まるで定められた道筋を辿るゲームのように、君の運命は変わらない。
「さあ、ブレイドの意思を引き継いだ者よ。今度こそ、私を完全に滅してみせろ、下等生物!」
だけど。それでも。
すべてを諦めたように、泣かないで。
「私こそが、世界を滅ぼす魔王である!!」
ころして、いとしいひと。
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