苗字名前先輩という先輩は六年生の中でも断トツで成績の悪い先輩だった。

「見ろ見ろ鉢屋、あんなに高く昇ったぞ。やっぱり今日は良い風が吹いてるなぁ」

くのいち教室での成績はもちろん最下位。どうも小耳にはさんだ噂によると、あの七松先輩よりも成績が悪いらしい。

「…真面目に偵察してくださいよ。もう目の前が敵の城なんですからね」
「敵の数はお前が数えろといっただろう」
「……っていうか、遊ばないでくださいよ忍務中に…」

月に向かってふわふわと伸びている凧の糸。月明かりで下に落ちている影は形が形なだけに上手い事鳥にでも見えているのだろう。敵は名前先輩が遊んでいることにすら気づいていないようだ。名前先輩は敵の城を見下ろす事の出来る一番高い木に登っているにもかかわらず腰掛け背を預け、凧をゆらゆらと揺らしていた。

なんで私がこんな女と手を組んで城を落とさねばならないのか。噂には聞いていた。確か名前先輩は兵助と同じ火薬委員会だったはずだ。最高学年の癖に委員長という座に就くのが面倒くさいからという理由で兵助に委員長を代理という形で預け、気が向いた時にしか委員会には顔を出さないと。兵助はいつも愚痴っていた。しかし後輩にはあまいらしく、人手が足りなくてどうしても出席してほしい時は、伊助か三郎次に来てもらうようにお迎えを頼むんだとか。馬鹿でサボリ癖がある最高学年とはどういうことだ。

「突入しますか?」
「えぇ〜、私、最低限動きたくないんだ。何処に大将首はある?」
「…あなたねぇ」
「突入したいならお前だけで行け。私は此処からお前が雑魚を片付けてるとこだけ見てるよ」
「……」

これじゃぁやる気も失せるというもんだ。久しぶりの学園長先生直々のデカい忍務に心を躍らせていたというのに、「苗字名前と一緒に行け」と命ぜられたときは落胆した。城を落とすデカい忍務だ。潮江先輩か七松先輩、もしくは立花先輩らへんと御同行できると思ったのに、なんでよりにもよってこの女なんだよ。

部屋に戻り雷蔵に愚痴愚痴言っていると、借りていた本を返しに兵助が部屋に入ってきた。何に腹を立てているのかと問う兵助に、私は今夜の忍務の事を話した。内容をではない。相手がお前の愚かな先輩だということをだ。しかし兵助は残念だったなとは言わず、「羨ましいな」とこう言った。何を馬鹿な事を言うのか。あの苗字名前先輩だぞ。雷蔵も私に同意して羨ましくはないでしょうと眉を下げて言ったのだが、兵助はこう言ったのだ。

「名前先輩には敵わないよ」

深くは語らず、兵助はそれだけ言って部屋から出ていった。どういう意味だと深読みもしたが、どうせ働かなさすぎて手に余ると言う意味じゃないかと雷蔵と二人で納得した。学年最下位の座学の成績の女に適わないとは、兵助も中々捻ったことを言うもんだ。

さて今日の忍務内容だが、この目の前の城を討ち落とす事。この城は今戦中だ。それも明日明後日で決着の着くであろう戦。目の前の城は戦好きの悪い城と噂されるだけのことはあり、兵力も武器も十分ある城だった。もう勝利を確信しているのであろう。塀の内側では兵士たちが酒樽を抱えて鼾をかき眠っている者もいれば、まだまだ夜はこれからよとつまみや酒を尽かして持ってきている者もいた。つまりは未だドンチャン騒ぎの真っ最中。

依頼主はこの城と敵対している別の城から。学園長先生の元へ大金を持ってボロボロの城主が飛び込んできたのだと、小松田さんが言っていた。おそらくその金で、敵の城を落としてほしいと依頼をしに来たのだろう。学園長先生に呼ばれて学園長先生の庵に入ると、部屋の隅に大きくはないが、そこそこの大きさの箱があった。それに依頼金が入っていたのであろう。全く、生徒の分際で給料を寄越せとは言わないが、忍務として私たちに言うのならば一割ぐらい寄越してもいいとはおもうのだがな。

それも今回はこの女なんかと一晩忍務に当たらねばならないのだから骨が折れるというもんだ。あの数の敵を殺し城主も始末せねばならないのだから。

「名前先輩」
「んー?」

「いい加減に遊ぶのはやめてください。そろそろ行かねばならんですよ」
「あぁ。大将首は何処だった?」
「おそらくあそこかと」

城と同等ぐらいの高さにある木。私が真っ直ぐ書面に指を差す先にあるのは天守閣。其処に三人ほどの影が見える。その真ん中。そいつだけ衣装が違う。おそらく、あれが大将首。

「まず私が堀から塀を上って中に侵入します。安全な侵入口を見つけたら鏡で名前先輩に合図しますので、そしたら名前先輩は…」
「いや、その必要はない。私達の忍務内容は城を落とす事だろう。大将首一つ持ち帰れば済むことだ。無駄な行動はやめろ体力が減る」

「はぁ!?あんたいい加減にしてくださいよ!!あの人数の兵士始末しないでどうやって大将首とるって言うんですか!!」

手をくいくいと動かしながら凧を風に揺らす名前先輩に、私はとうとう堪忍袋の緒を切らした。偵察もせず作戦も考えない。そうかと思えば当の自分は必要最低限は動きたくないと駄々をこねる。こんな女最高学年に上がれただけでも奇跡だったんだろう。私の作戦を聞かず、名前先輩はちらりと天守閣を見上げた。

「勘右衛門とはお茶飲み仲間でな、仲が良いんだ。鉢屋、お前の話は勘右衛門から聞いてた。兵助が秀才とくれば、お前は天才だととう表現していたぞ」
「はぁ!?」
「座学じゃ兵助には敵わない。実戦じゃ三郎には敵いませんよ〜って。へらっと言ってたんだ。あの勘右衛門がそう言うんだから、お前も中々のもんだと思ってたんだ」
「だからなんだって言いたいんですか!!」


「期待外れだったっていいたかったんだよ。お前がそれほどまでに、馬鹿だったとは思わなかった」


少し、背筋が冷えた。名前先輩は音もなく立ち上がり、腰掛けていた木の枝先まで進み、あろうことか、手に持って遊んでいた凧の糸に火遁で火をつけた。

「なっ…!!」
「やっぱり今日は良い風が吹いているなぁ」

「ちょ、名前先輩!?」

糸は勢いよく燃えて、あっという間に凧本体に火が届いた。名前先輩はそれを見計らって木から飛び降り、燃える凧が風に流されるのを利用して、一気に城内へ侵入した。

「ぎゃあぁ!なんだこれは!」
「敵襲!敵襲!!」
「で、であえー!!」

名前先輩が城の屋根に飛び移ると同時に凧の糸は切れ、凧は大きな炎を抱えたまま、門の内側へ落ちて行った。兵士が持っていた酒樽へ燃えカスが入ったり、こぼれた酒に引火したりと、塀の内側は大変なあっという間に大変な騒ぎになった。さっきまで、暗闇だった塀の中が、あっという間に火の海と化した。城の中から宴会に参加していなかった兵士たちが出てきて消火活動にあたりはじめ、堀の水をくみ上げては火にかけている。

「…はっ、名前先輩は……!!」

名前先輩は屋根に飛び移ったあたりから見失ってしまった。しかしここで指をくわえて見ているわけにもいかない。私も急ぎ木から飛び降り塀を越え、急ぎ城内へ侵入した。城の中は大騒ぎで、兵士だけではなく女までも桶を持って城の外へ飛び出していっていた。騒ぎが大きいだけあって、屋根裏を足音をたてて走っていっても誰にも気づかれなかった。名前先輩は何処だ。何処へ隠れている。屋根の隙間から名前先輩の姿を探すも、何処の部屋にいなかった。

『私、最低限動きたくないんだ』

その言葉を思い出し、私はまさかと足を動かした。まさか、そんなバカな事あるわけない。あの名前先輩だぞ。あの名前先輩がこんな早く、忍務を達成できるわけがない。



「遅かったな鉢屋。さ、帰ろうか」



天守閣にいたのは、月を背負い、血が滴る風呂敷を持つ、名前先輩の姿だった。

私と名前先輩の間に倒れていた首の着いていない人の形をしているものは、何が起こったのか、何も語ってはくれなかった。





爪も足も手も
鷹は何もかもを隠した
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -