「数馬、帰ろ!」
「うん!」

生まれて初めて彼女ができた。それも彼女の方から告白してくれたから本当に驚いた。

「ねぇ帰り道からちょっと外れるんだけど、私が好きそうな雑貨屋さんできてたって次屋から聞いたの。よっていい?」
「いいよ。…ってことは、アンティーク系かな?」
「大正解!よく覚えててくれたね!」
「そりゃぁ覚えてるよ。名前のつけてるアクセサリー可愛いから」

名前の手の甲に傷がついていたのをみつけて、無理やり僕が治療したのがきっかけらしい。保健委員としては見捨てられなかったし、何よりも女の子があんな大きな傷をつけているのを放っておくわけにはいかなかった。同じクラスになったことなかったし、隣のクラスの子。喋ったこともなかったけど、廊下ですれ違った時にふとその傷が目に入ってしまった。

「新しいネックレス欲しいの。できれば蛇の形がいいなぁ。伊賀崎んとこのジュンコさん見てたら蛇もいいなぁって思ったの」
「うんうん、きっと似合うと思うよ。僕もそれつけてる名前がみたいなぁ」
「数馬がそう言ってくれると嬉しい!」

「本当だよ。じゃぁ気に入ったのあったらプレゼントしてあげる」
「本当!?やったぁ超嬉しい!」

保健室に連れ込んで、消毒をして薬を塗って手を包帯でぐるぐる巻きにした。どこでこんな大きな傷作ったのとか、なんで放っておいたのとか、カッとなってつい怒っているような口調になってしまったけど、彼女はただただ黙ったままだった。無理やり連れてきちゃったし、ウザいとか思われたかな。はい終わりと後片付けをして薬をしまっていると、突然後ろから「ありがと」の小さい声。嫌われているわけではなかったらしい。

「じゃぁ帰りにパフェ食べてこうよ!それは私が奢るから!」
「えぇ!それじゃぁプレゼントしてあげる意味ないじゃない」
「いいからいいから!気にしない気にしない!」

その日の放課後の事だった。今度は僕が無理やり保健室に連れ込まれる番。なんだなんだと思っていたのも束の間、ようやく自分の腕を引っ張っていたのが今朝の女の子だったという事に気づいて、気付いたその瞬間、「付き合ってください!」と頭を下げられた。愛の告白なんて生まれて初めてされたもんだから、単純な僕は一瞬で顔に熱が集まってのが解ったし、今まで彼女の事なんて微塵も知らなかったし、話したことさえなかったのに、朝から放課後のこの短時間の間で、こんな行動を起こせる彼女を素敵だと思って、つい、OKを出してしまった。でも別に後悔はしていなかった。生まれて初めて彼女ができたっていうのに舞い上がっていたからかもしれないし、よくよく見たら名前はめちゃめちゃ可愛いかったからのも、正直理由の一つだったりするわけで…。


ただ一つだけ、彼女には秘密があった。


「あはは、でもそれって作兵衛が悪いんじゃない」
「でもその後で神崎が急に…」

「あれ?三反田じゃね?」

僕と名前の前に、別の高校の制服が三人立ちはだかった。あぁ、この顔、見覚えがある。

「あ…」

「はぁ?お前何女なんかと手繋いでんの?」
「彼女こいつと付き合ってんの?やめとけよこんな女みてえなヤツ」
「久しぶりに会ったと思ったら調子乗ってんなぁ三反田」

僕は中学生の時、苛められっ子だった。成績が良いわけでもない。むしろ悪い方。運動もそこそこ。かっこいいわけでもないし、なぜかかなりの不運体質だったから。三反田といると疫病神に憑りつかれるとか、藤内とできてるんじゃないかとか、変な事を言われていじめの対象になっていた。その度に藤内には酷く迷惑をかけていたけど、藤内は藤内でそれを撃退していたし、僕のことも守ってくれていた。それに作兵衛や孫兵たちも僕の事を庇ってくれていた。だけど、僕が一人で行動すればそれはそれは標的にされるわけでありまして。石投げられたりとか、殴られたりとか、蹴られたりとか、そういうのは日常茶飯事だった。

「彼女名前はー?可愛いね、俺と遊ばない?」
「え、ちょ、」

「三反田なんかにゃもったいねえなぁ」
「知ってる?こいつ俺らに中学ん時いじめられてたんだよー?」
「彼氏がいじめられっ子ってダセぇ肩書きつけさせんなよ三反田ぁ」

不運体質だから仕方ないって自分に言い聞かせて過ごし、ようやく高校では普通の生活を手に入れる事ができた。こいつらだってあの制服ってことは僕らが通っている高校より偏差値は幾分か下のはず。それなのにまだこんなくだらないことしてくるなんて、呆れて物も言えない。あの時ちゃんと、やめてっていえる勇気があればよかったんだけど。

「ちょ、名前!」
「うるせぇんだよてめぇは。帰ってママのおっぱいでも吸って、ろっ!」

「い″っ…!」

主犯格の男が名前の肩を掴んで、僕の腹を殴って、名前を連れて何処かへ行ってしまおうとしていた。


名前には、手加減しろって言いたかったのに。










「てめぇ誰の彼氏に手ェ出してると思ってんだよどのド腐れ畜生どもがああああ!!」










あぁ、間に合わなかった。


「いってぇ!?!」
「誰の許可とってこの私の肩掴んでんだよ!!チンカス臭ぇ手で触ってんじゃねぇぞ三下野郎が!!」
「てんめぇ…!何しやがんだ!!」
「数馬の腹ァ殴りやがって!!覚悟できてんだろうなぁ!!!」

「ぶっ殺すぞ女!!」
「言いやがったなドサンピンが!!吐いた唾飲むんじゃねぇぞ!!」


「名前!名前!落ち着いて!名前!僕大丈夫だから!」
「殺す!!」
「名前ーーーー!!!」



そう、彼女はゴリッゴリの元ヤンだったのだ。


殺すの一言で僕に向かってスクールバッグを投げた名前はもう手が付けられないバーサーカー状態。僕のお腹を殴ったヤツにはとりあえずボディーブローからの右フック。僕初めて人間が漫画以外で「かはっ…!」って言ってるところ見たよ。残りの二人も負けじと参戦してくるが、目の色を変えた名前に勝てる人など、おそらくいないだろう。

名前のあの時の手の甲の傷は、喧嘩した時の傷だと教えてくれた。それってどういう意味?と尋ねれば、自分は所謂ヤンキーというやつだと小さな声で教えてくれた。中学一年の時に嫌な感じの先輩に絡まれていた友人を助けるためにその人に殴り掛かったのがきっかけ。次の日三年の先輩が「昨日は私の学年のヤツがすまなかった!」と、ボコボコにした先輩を引き連れて謝罪に来たらしい。その先輩はまさか女がこんなことをしたとは思いもしなかったようで、気に入った!と名前の肩を叩いては、その日から良く一緒に遊ぶようになったとか。その後その先輩のライバル的な周りの奴等に目を付けられて、先輩と一緒に居ない時に狙われて人質的な感じで攫われるも自力で犯人をボコボコにして脱出。そうこうと繰り返しているうちに、名前にも敵が増えてしまったということらしい。自分もこんなの嫌だし、地元から少し離れた場所であるこの高校で華のJKになったわけだからJK生活を謳歌したいのに、未だ絡んでくる過去の連中。絡まれればボコボコにしてやることもあるらしいが、傷を心配されても、友人には話せないし、見せられもしなかったと、名前は言った。それで、心配して尚且つ治療までした僕の事を、好きになってくれたらしい。

「数馬、もしかしてこいつら!?中学ん時数馬の事いじめてたっていうクズは!!」
「えっ!?あ、えっと、」
「そうなのね!?こいつらなのね!?絶対許さん全員殺す!!」
「待って名前!命だけは!!命だけは!!!」

「覚悟しろよクソがぁ!!」
「名前ーーーーー!!!」

彼女が正直に自分のことを話してくれたので、僕もいじめられっこだったという過去を話した。名前はそれを聞いて、「じゃぁ私が守ってあげるね」と笑顔で言ってくれたし、「じゃぁ名前も喧嘩はほどほどにね」と返した。故に僕ら「わけありカップル」は上手くいっているというわけだ。

ただ腹を殴られただけで動けなくなるなんて、僕はどれだけ鍛えられていないんだ。このお腹何とかしなきゃ。ダイエットを視野に入れている間に、名前の周りで三人の屍ができあがっていた。三人とも「うぅ…」とかいう惨めな呻き声しか出すことができず、腹や顔を押さえて蹲っていた。

「数馬の事蹴ったって?じゃテメェも同じ目に合わなきゃ、ね!!」
「い″っ!!!」

追い打ちをかけるような腹蹴り。

「数馬の事殴ったって?じゃぁ同じ目に合おう、ね!!」
「がっ…!」

胸ぐらをつかんでの顔面パンチ。

「数馬に石投げたってぇ?本当卑劣な事するわぁ〜」
「ちょ…!ま、ま…!」

工事の忘れ物か、いい具合の煉瓦なんてなんでこんな時に限って落ちているのか。それよりもレンガを片手で鷲掴みにして近寄ってくる名前の姿が一番怖い。鬼か。鬼なのか。

「何今更腰引けてんだよ。テメェが数馬にやったことだろ。身を持って同じ目にあえよ」
「ご、ごめ…なさ…!」
「今更謝って中学生時代がもどってきましゅか〜?これだからバカの相手は嫌でしゅね〜?」

名前は完全に馬鹿にしたような言い方で微笑みながら、涙目で後ずさるヤツに向かってローファーを鳴らしながら近づいていった。こ、これは普通にマズい。生死にかかわる問題になってくる。名前に犯罪者になって欲しくない。僕は痛む腹を押さえながらもなんとか名前の腕をつかんで、最後の仕上げに取り掛かろうとする名前の動きを止める事ができた。

「名前、もう大丈夫だから、ね?さ、殺人犯にだけはならないで」
「本当?大丈夫?お腹痛くない?痣になったらどうしよう…!」
「本当に大丈夫だから。僕より名前の手がまた傷ついちゃって…」
「私は良いのこんなのただの上書き保存だから」
「何言ってんのもう!大事にしてよ!」

名前は僕の怪我を確認するも、投げ捨てられた煉瓦は見事ヤツの脛に落ちたらしく、ヤツは顔を真っ青にして深呼吸を繰り返していた。いまのは、絶対にいたい。

「それより早くお店行こうよ?閉まっちゃったらどうするのさ」
「そ、そうよね!ごめんね!行こう行こう!」

いつもの女の子らしい名前に戻って笑顔になってくれたと思ったのに、


「次数馬の前に出たら目ん玉抉り取るからな二度と現れんな死ね」


物凄い殺気を放って、再び僕と手を繋いで歩きだした。


「えぇっと、何の話をしていたんだっけ?」
「左門が作兵衛の教科書に落書きして〜、じゃない?」
「あぁそうそう、それで富松がキレたと思ったらその後神崎が…」


人は僕と名前が真逆で正反対な性格してるってよく言うけど、だからこそこうやって、上手くいっている部分もあるんじゃないのかなぁって思う時がある。でもまぁ僕も一応生物学上的には男だし!いつまでも名前に守られているわけにもいかない!

「名前」
「でねー、…うん?」
「僕喧嘩する名前のことカッコいいと思うけど、でもやっぱり傷は増やしてほしくないなぁ」
「わ、解った。ぜ、善処するから嫌いにならないで!」
「なるわけないでしょ!?」





元ヤン彼女の傷と僕
うん!僕もちゃんと鍛えなくちゃ!



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