私の家には、妖怪が住んでいる。

住んでいるという言い方はおかしいかもしれない。妖怪が住んでいた場所に私が引っ越してしまって、連中に気に入られてしまったというところから私の一人暮らしの話は始まるわけでありまして。何が因果でそうなってしまったのかは祖父母の遺産の話まで話は遡るわけだ。立派な洋館。取り壊すのはもったいない。親戚一同そう話している場所へ、美大へ進もうとしている私が名乗り出た。管理しようか、と。ボロボロだけど雨風くらいはしのげるし仕送りはするよと親は私を送りだした。同人活動から絵の世界に入りただひたすら筆を走らせている私にはぴったりの場所だった。

だがそこは近所でも有名な幽霊屋敷と呼ばれているところで、夜中になれば誰もいないはずなのに笑い声や泣き声が聞こえたり、中で人魂が飛んでいる所を見たというものがいれば、風もないのに窓が揺れているというのを目撃した人までいるらしい。引越し屋のトラックの運転手さんも荷物を中に入れるだけで、みんなそそくさと出て行ってしまった。なんだ、手伝ってくれると思ってたのに。中は思っていたほど汚いわけではなく、むしろ人が住んでいないにしては片付いている方だと思ったぐらいだ。無情にもバタンとしまる扉から目を離して荷物が詰れた方へ振り返ってみれば


「!!!」

「本物の人間さんですか?」


そういい私のスカートを引っ張る、めがねをかけたふわふわな栗毛の可愛い少年が一人、ぽつんとつったっていた。








私の物語は此処から始まる。








「よう名前!相変わらず元気そうじゃの!」
「こんにちは大木さん。お散歩ですか?」
「酒がきれては畑も耕せんでなぁ!」

がははと笑って大きな酒瓶を担いでいる大木さんは近所の農家さんだ。家の周りに東京ドーム3個分はぐらいの畑があるとかないとか。私は大学への道以外は行かないから詳しい事は解らないが。

「お前も元気そうじゃのう八左に小平太!あーあーお前は鼠なんか銜えよってからに!」

私がリードを握る先にいる銀色の毛と赤毛の犬をがしがしと撫でてやると、こいつも嬉しそうに大木さんの身体に飛びつくようにして甘えた。すいませんとリードを引っ張ればハチと小平太は大人しく私の元へもどり、手を振り去る大木さんに大きく鳴いて別れを告げた。行こうかと再びリードを引けば二匹も足取り軽やかに家に向かって歩き出した。森を抜けた先に佇むそこが、私の家であり、


「はい、お散歩終わり」

「さんきゅー名前!ただいまー!兵助!鼠とってきたぞー!」
「長次ー!長次ー!今日の日付の新聞拾ってきたぞー!」

「でかした八左ヱ門!あ、名前おかえり!」
「すまん小平太…おかえり名前…」


「ただいま帰りましたよー」


現代の人間とは遠くかけ離れた姿の、この連中たちの住処である。

兵助と呼ばれた梟は羽と同じ色をした黒い着物に姿を変え、ハチが手に持つ鼠の尻尾を指で挟んではたった一口でごくりとそれを飲みこんでは満足そうに腹を撫で、小平太が銜えていた新聞を受け取った長次はばさりと開いて政治の欄へ目を通した。

「名前さんお荷物お持ちいたしますよ!」
「僕も僕もー!」

「じゃぁ彦四郎はこっち。一平はこっち。それ冷蔵庫に全部ぶち込んできて。どこの棚か解んなかったらおそらく伊作がいると思うから伊作に聞いてね」

「「はーい!」」

「名前さん、そっちは…」
「これは私の画材だからいいの。ありがとうね平太」

二本の尻尾を揺らした二人を見送ると私の手を握るもう一つの影。ありがとうと頭を撫でれば、平太は私の影の中に溶ける様に消えてしまった。忘れていた、と私は自分の耳に付けていた鼬型のピアスを外して宙へ投げる。それは太陽の光を浴びると本物の二匹の鼬が現れては人となり、

「ありがとう名前さん!外凄い楽しかった!」
「先に部屋に戻ります!僕らの部屋はどっちだー!」

慌ててネックレスを外して走り去る二人の元へと遠く投げれば

「馬鹿野郎お前ら勝手に行くんじゃねぇ!おめぇらの部屋はこっちだ!!」

チェーンは縄に、飾りだった豹は少年へと姿を変えた。


「名前さん、さっき食満先輩が探してましたよ。ご注文のイーゼルができあがったって」
「本当?ありがとう三郎次」


池から顔を出していた三郎次が私のスカートを引っ張りそう言うと、あっという間に池の中へと姿を消して魚となって泳いでいった。


その他にもいろんな方向からおかえりーという呑気な声が聞こえるし、歩くたびに私の足元に花が咲くのはおそらく喜八郎の仕業だろう。おかげで私の足跡は丸わかりだ。扉の近くに到着すれば勝手に扉は開くし、

「名前さんお帰りなさい!先ほどの油絵、乾きましたよ!」
「ただいま!助かっちゃった。ありがとう滝夜叉丸」
「礼には及びません!このぐらいでよければこの滝夜叉丸に何なりとお申し付けください!」

中では龍が天井に張り付き風を流せば窓は揺れ


「馬鹿夜叉丸!私の火の力あってこそだと何度言わせる!!」
「何を!私の風の力を持ってこそ乾いたも同然!!」

蜘蛛は火を吐き龍につっかかっていた。玄関でのこの出迎えももう慣れたもんだ。


「ただいま。なんだか今日は外が騒がしいな」
「お帰り文次郎。もう少しで祭りだからその準備じゃない?」

鬼はあぁと言葉を零し傘を外して上の階へと飛んで行った。

お祭りが近いという事は連中は浮足立って森の外へ抜けるのだろう。いつもは結界がうんぬんとか空気がうんぬんと難しい話をしては「だから外にはお前と一緒じゃないと行けない」といって話は終わってしまう。妖気が強い連中は一人で出れるようだが、まだまだ出られないようなやつは私と一緒か、大人しくこの館を囲った木の内側で暮らしている。夏になると始まるここら一体のお祭りはこの国でも何本かの指に入る大きさらしく、いろんなところからいろんな妖怪が集まるから外へ出られるようになるんだという話を結構前に久作から聞いた覚えがある。

「よおー、今年も邪魔すんべ。相変わらず此処は良い空気してんなー」
「おぉ与四郎!久しぶり!ゆっくりしてって!」
「勿論そのつもりだーよ!これ土産の猪の肉な!食ってけろや!おら喜三太の部屋いっがらなー!」
「うおおお肉だ!ありがとう!」

突然窓から侵入してきた天狗は去年も遊びに来たやつだ。意気投合してまた来年もおいでねと約束した奴。再び会えることができてうれしい。

おかえりなさいと出迎えてくれる他の子たちにもただいまただいまと何度も声を返して、やっと私は一番日当たりの良い部屋に到着した。紙袋をひっくり返して画材をそこら中に散らかした。この部屋のこの絵具の匂いが物凄く好きなのだ。

「おかえり名前。できたぞ」
「凄いね留三郎!お前の釘は一級品だよ!」

顔半分と腹を透けさせた男は朝飯前よと金槌を手の上で遊ばせるようにぽんぽんと投げ遊んでいた。それの前に椅子を置き絵具を準備すると、控えめにとんとんと扉が叩かれた。どうぞと言えばゆっくり扉が開いて

「失礼しまーす!三治郎でーす!」
「あーんど兵太夫でーす!」

「どうぞー!待ってたよー!それじゃぁ其処座って!」

「「はーい!」」

手を繋いで入ってきた雀が二匹、筆でさした椅子にぽふんと小さく煙をまわせて人型から雀に姿を変えて座った。あまりの可愛さに顔がへにょっへにょになっているのが解るし、二人と擦れ違いで部屋から出ていこうとしていた留三郎にも注意されてしまった。お前に言われたくない。

この家に住んでからというもの、私は連中の姿を描くことが日々の楽しみになってきた。描いても描いても描き飽きることがないのだ。部屋中私の描いた妖怪の絵だらけ。事情を知らない奴が此の部屋に入ってきたら、五分と正気を保っていられないと思う。妖気にあてられて、不気味な絵に囲まれて。どちらにしろ私の頭がおかしいと思われることは間違いなしだ。だけど私は今の暮らしが大層気に入っている。妖怪なんて本当にこの世にいるなんて思ってなかったし、まさか一緒に暮らせる日が来るなんて思ってもいなかったからだ。漫画の知識はあれど本物を信じるのは、さすがに無理な歳になったとおもっていたのに。

「可愛いねぇー兵太夫も三治郎も可愛いねぇー!」

まるで変態。でも可愛いんだからしょうがない。筆を走らせる速度は落ちない。一分一秒でも早く、彼らの絵を完成させたい。

ふとポケットに入っていたケータイが鳴った。電話の主は学校の先生で、教室に忘れ物があったぞという連絡だった。あぁはいはいと返事を返しながら前に座る二人に視線を向けると、兵太夫と三治郎は心底つまんなそうな顔をして私を見つめていた。会話を終わらせ再び筆を握れば、二人は「それ」と私のケータイを指差した。

「僕前から思ってたんですけど、僕それ嫌いです」
「なんで?兵太夫はなんでケータイ嫌いなの?」

「兵ちゃんだけじゃないです。僕だって嫌いですよ」
「えー三治郎も?」


「だって名前さんいつだって、誰かと話しててもそれが鳴ったらすぐそっちにいっちゃうじゃないですか」


つまんないと羽を伸ばす兵太夫の言う事は、まぁ正しいと言えば正しい。だって電話だもの。無視するわけにはいかない。確かに連中は現代社会の物にそれほど興味がないからか最初此処へ来たときはテレビも電話もなにこれと興味津々な顔で聞いてきたもんだ。兵太夫と三治郎はその中でもこのケータイ電話が断トツで嫌いらしい。

「だって誰かから用事があるから鳴るんだもの。無視できないでしょ?」
「でも今は僕と三治郎と三人だけだったんですよ!」
「僕らを無視しないでくださいよ!」

「いやいや無視って……あ!ちょっと!!」

「へへーん!こんなのが名前さんの手にあるからいけないんですよーだ!」
「返せえぇえええええ!!」

「三治郎パス!」
「はーい!」

「コラァァアアアア!!」


部屋から飛び出していった二人は交互に私のケータイを投げ私に掴まらないよう必死になって逃げていた。壁を走って天井を走るのは卑怯だ。私は普通の人間だから床しか走れないと言うのに。いつの間にか二人と私は玄関から入った一番広い場所に出て来ていて、上の階から他の連中が「いいぞー!」「逃げろ逃げろー!」と私と二人を冷やかすような声を飛ばしあっていた。ちょろちょろ逃げる二人を必死に捕まえようとするも空をきる私の両手が虚しい。

「あー三反田せんぱーい!」
「パスでーす!」

「えっ!ちょっとそんな急に…っ!」

ゆらゆら提灯を揺らしながら宙を歩く数馬に三治郎が携帯を投げた。



「やめんかーーー!!とっとと返せーーーー!!」



だがそのケータイは伸ばした数馬の手に届くことなく、あっけなく私の手に落っこちてきた。あれ、と思い周りを見渡すと、さっきまでそこら中にいた連中が一人として姿を見せなかった。兵太夫も三治郎もすぐそこにいたのに。数馬だって私の上を飛んでいたのに。あ、これはもしかしてと思いケータイをポケットにしまうと


ピンポン


と控えめに、インターホンが鳴り響いた。きり丸のおかげで館中にインターホンの音が山彦するかのように響き、しばらくして、中は再び静寂に包まれた。


「はい」

「あ、あ、え、えっと、た、宅配便、です」
「あ、はいはい」

玄関横に置いておいた印鑑を手に、お兄さんの持つ荷物にぽんと押すと、お兄さんは私に荷物を差し出した。お母さんからか。なんだろ、仕送りかな。

「……あっ、あの…!」
「はい?」

今だ帰らない宅配便屋のお兄さんは私のことを青ざめた顔で見下ろして、


「い、今……、だ、誰と、喋って、いたんですか…………?」


そう、問いかけた。












「……誰って、ここには、私一人しかいませんけど」












これは妖怪と暮らすこととなった私と、保護者のごとく私を支えてくれる妖怪たちの日常の一部。

例えばこのお兄さんがこの森から出られなくなったとしても、それは私には全く関係のない話であります。










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