迅悠一は引き留めたい。

ボーダー本部には、みょうじ なまえという万年B級のフリー隊員が居る。気性は極めて穏やかで、平和主義の体現者であるとまことしやかに囁かれている程だ。正に人畜無害、傍から見れば戦闘とは無縁そうな彼女は、第一次大規模侵攻を切っ掛けにボーダーへと入隊し、現在 学生の多いボーダー隊員の中では年長者に当たる。

然し、そんな彼女の有り得もしない未来が瞼の裏にチラついてしまったものだから、つい、衝動的に彼女の腕を捕まえてしまった。
今、正に廊下で迅悠一を通り過ぎようとしていた彼女は、歩行の勢いを殺し切れずに少したたらを踏みながらもまんまるとした瞳で迅を振り返った。


「あー、急にごめん、ちょっと良い?」
「吃驚した。良いよ、どうしたの迅君。何か未来でも視えた?」


ぱちぱち、長い睫毛を扇ぎながら数度瞬きをした後、勝ち気そうな釣り目をほんの僅かに弛めて小首を傾げる。迅の話を聞く体勢を取ってくれた彼女にほっと肩の力を抜いた後、真剣味を帯びた瞳で彼女を見詰め返しゆっくりと頷いた。そんな迅の様子を見て、ふむ。と少し考えるような素振りを見せた後、腕を掴まれたままだった迅の手を引き近場の自動販売機の隣に設置されている長椅子へと隣合って座る事を提案した。

ピッ、ガコン、簡単な操作で飲み物を吐き出した自販機の取り出し口から暖かなカフェオレを取り出すと、ひとつを迅へと手渡す。こうして、小さな物を他人へ奢ったりとお姉さん風を吹かせるのは、みょうじ なまえという人間のもつ癖のひとつとも言えるだろう。自身の元へとやってきた可愛い可愛い後輩は、とことん甘やかす。そういう人間なのだ。


「まあまあ、これでも飲みながら気楽に話してごらん。ちゃんと迅君のお話は聞くから、ね。」
「相変わらず優しいねえ、なまえさん。…で、本題なんだけど、これからなまえさんには目一杯後輩と交流して欲しいんだ。」
「うんうん。」
「なまえさんって、後輩めちゃくちゃ可愛い!ってタイプの人でしょ?」
「そりゃあねえ、可愛いよ。迅君も勿論可愛いし、C級に入りたての子も、B級もA級も強い弱いに関わらずね。」
「でも、あんま自分から話し掛けたりしないでしょ。そこをさ、ちょーっと変えて欲しいかなって。」
「おねがい?」
「そ、可愛い可愛い後輩からのお願い。」
「はは、それは聞かないといけないなあ。」


みょうじ なまえは後輩に甘い。然し、それは自ら寄ってきてくれる後輩に限定していた。と言うのも、迅が言う通りみょうじ自ら後輩に話し掛けるのは稀だからだ。みょうじからしたら、年上であり隊員歴もそれなりな自分から声を掛けては気を遣わせてしまったり、萎縮させてしまったり、はたまた隊を組んでいる子や他に師匠を持っている子にちょっかいを出すのを快く思わない人も居るだろうなあ。なんていう思考があるからだ。

だからこそ、防衛任務では狙撃手というポジションに着いている。攻撃手や銃手、射手ほど連携を必要とせず、遠くから味方を援護出来る。組む隊によってはみょうじ以外の狙撃手が存在しない時があるが、そう言った場合は「みょうじ、了解」以外の発言をせず、ほぼ通信に介入せず隊本来の連携を邪魔しない。ということを徹底している程だ。
彼女の根底にあるのは、「輪を乱したくない」だ。可愛い可愛い後輩達同士で出来ている輪を、自分が入ることによってその調和が崩れるのが我慢ならない。仲良しの子が出来たのなら、仲良し同士でくっ付いているのが楽しいだろうし、それがモチベーションに繋がれば良いと思っている。

つまり、遠くで見守って「ああ、今日も私の後輩達は可愛いなあ。」とによによしているのである。

そして、自ら話しかけて来てくれる数少ない後輩の迅に、可愛らしくお願いだと言われてしまえば、断る術は持たない。
きっと、彼が視た先の未来に必要な行為であることも、理解しているから。


「あ、あともうひとつ。」
「うん?」
「なまえさんさ、狙撃手やめない?ほんとは攻撃手に向いてるでしょ。」
「そうだねえ。」
「まあ銃手でも良いんだけどさ、なまえさんが狙撃手やってる理由って、交流を狭める為なんだし、仲良くする為にはポジション転向もアリじゃない?」
「迅君がそれが必要だって言うなら、そうしようかな。」
「いっそ万能手何てどう?それならどのポジションとも交流出来るだろうし。」
「万能手かあ、いいね。格好良い。取り敢えず全ポジション5000P目指す事から始めてみようかな。」
「訓練が必要とあらば、この実力派エリートが何時でも御相手しますよ〜。」


御手柔らかに、なんて笑ったみょうじが宣言通り全ポジション、武器種5000P達成したのは僅か一月後の話。


迅 side


擦れ違った瞬間チラついた、起こるかもしれない未来に一瞬息が出来なくなった。後頭部を鈍器で殴られた様な気さえしたその未来は、なまえさんが酷く満足気な表情で近界民側に寝返る。そんな映像だ。
詳細もタイミングも分からない。その癖随分と確率が高いのか、ハッキリと太く、その未来への道はなまえさんの前に伸びているようだった。

一年後か、二年後か分からない。起こすべきではないその未来に抗う為に、なまえさんにとって手離したくない大切な存在をこちら側に増やす必要がある。
俺の助言ひとつでどれほど未来が揺れてくれるか今はまだ分からないが、……なんて、未来が視えても結局は分からないことだらけだ。

まったく、歯痒いったらないな。




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