佐鳥賢は外堀を埋める。

日付けが変わるか変わらないかのこの時間、私は狙撃手用の訓練室に居た。勿論、時間も時間だから私以外に人は居ない。こういった、人の居ない時間帯に訓練室を使えるのは本部に住み込んでいる者の特権だろう。迅君からの助言を受けてから、完璧万能手を目指していく中で任務に狙撃手用のトリガーを使うことは少なくなった。それでも、全く使わ無いという訳では無いし、狙撃手というポジションは練習も怠慢も、そのまま実戦に反映されるポジションだと思ってる。何より、実は狙撃手というポジションは気に入っているし、今もまだ狙撃手合同訓練にはしっかりと出席していたりする。……まあ、ポイント的にはまだ完璧万能手予備軍だし、狙撃手の方の成績でB級維持しなきゃいけないって事もあるんだけど。

スコープを覗き込んで、銃口を固定して、大きく息を吸って、止める。ここまで来ると心臓の脈動すら鬱陶しい。トリオン体と言えど流石にそれは止められないから、気にしないことにする他無い。本日何十枚目かも分からない的を片目で見詰め、真ん中へ照準を合わせて、引き金へ指を掛ける。さあ、あとは引き金を引くだけだというタイミングで、訓練室のドアがガチャりと音を鳴らした。その音に気を取られてしまったせいで、銃口から飛び出した弾は的の中心から僅かに右に逸れて着弾した。

あ。

ああ、音に過敏に反応しちゃうのは、狙撃手としての集中力が足りてないせいなのか、性分か。私はどうやら、音に対して苦手意識があるらしい。小心者だと笑われて仕舞えばそれまでなんだけど。兎にも角にも、一度切れてしまった集中力を抱えたままもう一度スコープを覗き込む気にはなれなくて、出入口へと目を向けたら、きらきらと目を輝かせた佐鳥賢こと賢ちゃんが真っ直ぐに私を見ていた。目が合った途端、嬉しそうに顔をふにゃふにゃにして大股で近付いてきてくれる。可愛い。けど、え、嘘でしょ。確か今日の夜勤は別の隊だったはずなのに。なんでこんな時間に居るんだろう。


「みょうじせんぱ〜い!まさか先輩に会えるなんて思って無かったので、佐鳥はとっても嬉しいです。」
「よしよし、賢ちゃんはこんな時間にどうしたの?」
「それがですねぇ、最近広報活動の方が忙しくて、余り練習時間が取れなかったんでコソ練しようかと。」
「そっかあ、お疲れ様だね。毎日頑張ってて偉いね、いい子いい子。体調崩したりはしてない?大丈夫?」
「心配には及びません、体調管理も仕事の内ですので!それに、佐鳥の体調管理が出来てない何て、オレの師匠である先輩の名誉にも傷が付いちゃうかも知れないじゃないですか。」
「う〜……ん、お姉さん、賢ちゃんの師匠になった覚えは無いかな?」
「そんなぁ…!」


みょうじせんぱぁい、なんてコミカルに泣いて見せながら抱き着いて来る賢ちゃんを抱きとめて背中をよしよしと撫でる。賢ちゃんとはもう長い付き合いで、実は賢ちゃんに狙撃手の基本的な技術を教えたのは私だったりする。当時、新人指導に当たれる狙撃手が私と東さんしか居なかったから、新人隊員達を半分ずつ受け持つって事になったんだけど……まあ、うん、その、私が生粋の感覚派って事もあって、指導に向かないと言うか…結局殆どの人が東さんの方に流れて行っちゃったんだよね。そんな中、最後まできっちりと私の指導という名のちゃらんぽらんな話を聞いてくれたのが賢ちゃんだ。今ではA級5位として活躍してくれていて、指導を担当していた身としては鼻が高い。とは言っても本当に基本的な事しか教えられていないから、師匠だ弟子だという関係では無い。こうして懐いてくれるのは凄く有難いし、嬉しいし、何より可愛いんだけど、あいにく私は師匠と呼んで貰える程の事はしてあげられてないし、今の賢ちゃんが最前線で活躍出来て居るのは本人の努力が実を結んだ結果だ。もし、本当に誰かの弟子になりたいのなら…悔しいけど、東さん辺りが適任だと思う。育成実績もあるし。


「んん?そんなに佐鳥の事を見詰めてどうかしましたか?……はッ!もしや先輩、オレに惚れちゃったり!?オレは何時だってウェルカムで」
「いやぁ、賢ちゃん成長したなあ。と思ってね。しみじみしちゃった。」
「え、あ、そりゃあ勿論!先輩の指導を受けてるんですから、当然です。」
「はは、そんな事ないでしょ。ツイン狙撃何て私は絶対に教えられないし、全部賢ちゃんがサボらずに努力した成果だよ。」


柔らかな髪の毛を撫でてあげると、形の良い眉がへにょん、と垂れ下がった。耳元まで真っ赤にしちゃって、照れているらしい。狙撃を披露するたびに見ました?と自慢気に聞いてくる癖に、いざ褒めるとこうやって年相応に照れちゃうんだもんなあ、うー…ん、可愛い。賢ちゃんは素直で可愛くて、自分に懐いてくれる犬みたいで、ついついこうして構ってしまうけど、傍から見たら犯罪臭がしなくも無いんだよね。まだ高校一年生だもんなあ、これからどう成長していくのか、将来が楽しみだ。

賢ちゃんの頭を撫でながら一人でほっこりとしていたら、少しだけ顎を引いて上目遣いになった賢ちゃんが私を見ていた。え、あざといね?流石嵐山隊……。や、別にそんなお顔作らなくても賢ちゃんは可愛いんだけども。どうしたのだろう、と首を傾げていると甘えるみたいに私の腰辺りをぎゅうっと抱き寄せて来た。…おおう、今日はスキンシップ激しいね、お姉さん賢ちゃんのファンの子達に刺されないか心配。


「先輩が何と言おうと、佐鳥に色々な事を教えてくれたのは先輩です。」
「色々じゃないよ、基礎だけ。」
「先輩が一生懸命教えてくれたから、狙撃手って滅茶苦茶格好良いポジションだって思えたんですよ〜。」
「あはは、それは、まあ、良かったよ。ちょっと大袈裟だけどね。」
「ちっとも!全然!大袈裟なんかじゃありませんからッ!…ねえ、先輩。佐鳥は先輩から見て気持ちの良い撃ち方が出来てますか?」


"気持ちの良い撃ち方"。これは、私が賢ちゃんに教えた事のひとつだったりする。基本的に、狙撃手は初撃でどれだけ仕事が出来るかが重要だ。スコープを覗き込んでいると、心臓がどきどき高鳴って「あ、今撃ったら絶対に気持ちが良い」って思える瞬間が来る。その瞬間が来るまで、前線の味方を信じてひたすらに待ち続ける。そして、その瞬間が来たら見逃さずに自分が一番気持ち良くなれる場所目掛けて引き金を引く。こんな内容だった気がする。この「気持ち良く撃てる」っていう言葉を理解して貰うのが中々難しくて、多くの子達が首を傾げる中、賢ちゃんはうんうんと何度も頷きながらきらきらと目を輝かせていたのを覚えてる。今思えば、同じ感覚派狙撃手同士相性が良かったんだろうなあ、と。

そんな賢ちゃんの狙撃を生で見る機会は最近すっかり減って仕舞ったけれど、時々テレビでパフォーマンスの一環として狙撃技術を披露している場面を見掛ける事がある。それを見る限り、賢ちゃんの狙撃は溜め息が出る程気持ちが良い。「あそこに撃ちたい」と思った所に真っ直ぐ弾が飛んでいく様は、テレビ越しでも凄く綺麗だった。


「勿論、賢ちゃんの弾道は何時見ても綺麗で気持ちが良いよ。」
「……!なら、ならッ、頑張ってる佐鳥にご褒美なんかくれちゃったり!?」
「ん?うん、良いよ。何が良いかなあ、ちょっと良いご飯とか食べに行く?」


ご飯、という提案に珍しくぶんぶんッ!と勢いよく首を横に振った賢ちゃんの希望により、ぎゅっとハグした体勢のままツーショットを撮る事になった。後日、「大好きな師匠と!」という一文を添えてその写真をSNSに投稿した賢ちゃんのせいで、世間の私に対しての認識が一般ボーダー隊員から、「嵐山隊の佐鳥賢の師匠」に変わってしまった。……師匠じゃないんだけどなあ。




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