三輪秀次は健やかに眠る。

自販機前で偶然遭遇した三輪君が、心配になる程の隈を目の下にこさえていたので、思わず腕を引いて自室へと連れて来てしまった。これは世に言う誘拐になるのだろうか。でも、先日妹の話を聞いてくれた時よりも更に濃くなっている隈に見て見ぬフリ何て出来なかった。これは決して、あの、あれ、やましい気持ちがあるだとか、未成年うんたらだとか、そういうのでは無い。何て、ああ…私は一体誰に言い訳してるんだ。まあ、うん、三輪君からしたら憎むべき近界民──遊真君が遂に正式にC級隊員としてボーダーに入隊したんだ、心穏やかではいられないんだろう。

生憎、私の部屋には椅子何て物は無いので、申し訳無く思いながらも一先ずベッドへ腰掛けて貰う事にした。三輪君はやめておく、と言っていたけど手は出さないから安心して欲しい。そんな悪い大人になったつもりは無い…はず。うん。荒船君と鋼君に、何度目か分からない謝罪を心の中でしながら、半ば無理矢理ベッドへと腰を落とさせた。居心地悪そうに目線を逸らす三輪君の隣へと腰を下ろすと、普段は私一人分の体重しか乗る事の無いベッドが驚いた様にぎしりと音を立てた。
他人の生活空間と言うのは、やはり落ち着かないんだろう。何処かそわそわとした様子の三輪君の、まるっこい頭をゆっくりと撫でる。よしよし、よしよし。何でこんな事になっているのか分からない三輪君は、訝しげな瞳を此方に向けてきた。あ、今日も眉間の皺が絶好調だ。


「三輪君、最近寝れてる?」
「みょうじさんが気にする様な事じゃ無い。」
「もう、そんな顔して何言ってるの。」
「……ッ、」


濃い隈が座り込んでしまっている場所を親指の腹で撫でると、バツが悪いのか眉間の皺が深くなった様な気がした。三輪君は、こういう素直じゃない強がりさんな所が世話が焼けて可愛い。私が居てあげなくては、と思わせてくれる。でも、今日はそんな三輪君の様子をただ“可愛い“とだけ言って見過ごすことは出来ない。だって、本当に酷い顔なんだよ。三輪隊の皆も心配しちゃうだろうし、そんな状態で任務や訓練何てして身体を壊しちゃわないかって、何より私が心配で仕方が無い。そうじゃなければ、こうして部屋へ連れ込んだり何かしてない。…連れ込んだって何かちょっと人聞きが悪い気がするなあ。事実だから仕方無いんだけど、荒船君辺りにはまた手ぇ出したのかって呆れられそうだ。今回は出してないしこれからだって出す予定は無いけど!


「三輪君、おいで。」


とんとん、と揃えている太腿を軽く叩く。所謂膝枕だ。ぎょっとした様子の三輪君は「する訳無いだろう。」と首を縦に振ってはくれない。やっぱり恥ずかしいかな。それとも、こういう事は好きな子としたいとか。思春期可愛いなあ。って、違う違う。別に私は三輪君をからかったりするつもりでこんな事をしている訳じゃない。少しでも、三輪君を寝かし付ける為だ。直接脚に頭を付けるのが嫌なら、とタンスからフェイスタオルを一枚取り出して其れを足の上へと広げた。肌触りも良い物を選んだし、これで大丈夫な筈だ。もう一度、おいでと太腿を叩いてから三輪君を見る。口を開いて、その内側で僅かに舌が動く。何かを言いかけたところでぐっと堪えたらしい三輪君が、本当の本当に渋々と言った様子で仰向けに寝転がってくれた。良かった、と安堵から口元が緩む。少しでも寝付きが良くなる様に、夢見が良くなる様に、とびきり優しく頭を撫でてあげる。


「………あ、」
「…どうした?」
「ホットアイマスクあるよ、使う?」


眼精疲労対策グッズとして、箱買いしていた物を思い出す。目が温まるだけで結構違うんだよね。隈を治すのには血流を良くするのが良いとも聞いた事があるし。あれ、もしかして結構名案何じゃない?そうと決まれば取って来よう。一度三輪君に頭を退かしてもらおうと思っていたら、熱でもあるんじゃないかってくらい熱い掌に私の掌が捕まえられてしまった。私の手を瞼の上へと乗せるように誘導して、逃げるなと言わんばかりに其の儘手を重ねられた。私、どちらかと言えば手は冷たい方だと思うからあんまり気持ちよくは無いのでは?と、首を傾げていると

「これで良い。」

と言われてしまった。本人にそう言われてしまえば、言われた通りにしておくほか無い。右手を三輪君のお顔に乗せながら、左手で頭を撫でてやる。寝付かせようとする私と、それを察して取り敢えずは寝ようとしてくれる三輪君との間にこれ以上の会話は生まれない。呼吸が浅いのか、あまり上下しない胸が時々思い出した様に大きく膨れるのをのんびりと見守っていると、脚へと掛かる重さが少し変化した。呼吸音も、何時の間にか寝息に変わっている。寝たと同時に身体から力が抜けたと感じると言うことは、多少なりとも身体が強張っていたんだろう。やっぱり、年の離れた異性に寝かし付けられる何て嫌だったのかな。いくら心配したとは言え、少し強引にしすぎてしまっただろうか。でも、誰かがこうして無理矢理寝かしてあげる必要があるように見えたから。気付いてしまった以上、見過ごしてあげる事は出来なかったから。穏やかな寝息を聞きながら、私は今日の免罪符を探していた。





数時間後、すっかり熟睡していたらしい三輪君が少しだけマシな顔で目を覚ましてくれた。良かったと胸を撫で下ろしながら一緒に部屋から出たら、夜勤の時間を知らせに来てくれたらしい荒船君とちょうど出会した。あ、起こしちゃ悪いと思って着信音を消してたのをすっかり忘れてた。荒船君は、私と三輪君を交互に見てから お前、ついに… みたいな顔をした。どうやら今日の夜勤中、荒船隊の通信を通して荒船君への弁解をつらつらと垂れ流す事が決定してしまったようだ。




「だからね、あれは違くってね、」
「ほーう、安易に部屋に男を入れた事の何が違うって?」
「一度で良いから俺もされてみたいもんだな、膝枕。」
「え、あ、されたい?良いよ?」
「良いよじゃねえ人の話を聞け。」
「はーー、どうでも良いんで任務に集中して欲しいんすけど。」
「私は別に構わないわよ、そういう話題嫌いじゃないし。」




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