ピアスホールに墜落

控えめに植物が巻きついたその建物は、文明開化したての日本のようなレトロさを持ち合わせていた。ここが学生寮なんてさすがだなあと一人感心してしまう。さっき学校の前も通ってきたけど、和風でいて小洒落ている、そんな感じだった。あの門が素敵なんだよね。

「こちらが鍵で、部屋は406号室になります」
「ありがとうございます」

管理人さんと入寮手続きをして、石造りのアーチをくぐる。406号室ということは4階なのだろう。これからは苗字グループの令嬢としての堅苦しい生活から離れて新しい自分が始まる。そう思うとどうしようもなくウキウキしちゃって、頬も緩みっぱなしだ。わたしは勢いよく鍵を回した。

「あれ?」

…はずだったのに、開かない?一歩後ろに下がってプレートをのぞいてみる。部屋の番号、よし合ってるね。もう一度差し込んで鍵をくるり、何度やっても開かない。パニックになりかけたわたしはガチャガチャとドアの取っ手を上下に動かす。と、奥から足音が聞こえてきた。ん?足音?わたしは一人部屋のはずじゃ…

「うるっさいねん!」
「へぶっ!」

ドカッ!鈍い音と共に考え事をしていたわたしの額へ激痛が走る。あまりの痛さに涙目になりながら顔をあげると、開いたドアの先に知らない男の子が立っていた。キミ!呆れた顔してるけどなあ、やったのおまえ!!

「痛いじゃんかよ!」
「アンタがどんくさいからやろ」
「なあああ!」
「で、何やねん。用あるなら呼び鈴鳴らせや」
「え?あの、いやだって今日からこの部屋に住むって…ほら、鍵もあるし」
「は…?」

さっきまでわたしを睨み付けていたのが急にポカンとした表情へと変わる。ピアスをじゃらじゃらとつけていて怖そうなイメージだったけど、意外にも整った顔してることに気付いた。だけど紫のタンクトップにサルエルパンツに…スリッパ。そして奥に見える家具やロックミュージックの音。嫌な予感が脳内を駆け巡る。

「…とりあえず管理人に電話してみますわ。適当に上がって」
「あ、はい」

おずおずと彼の背中を追いかけて部屋へ入ると、すっきりと物の少ない室内に英語のメロディーが流れていた。床にはメンズの雑誌が無造作に散らばり、外には洗濯物が干してある。うわあ、日常生活送ってますって感じなんだけど。男の子はあぐらをかいてポチポチと携帯を操作する。どうしたら良いのかわからなくて荷物を持ったまま直立していると、目で座ってと合図された。失礼しまーす。

「…あ、もしもし。406の財前ですけど…ハイ。着いた?って…俺聞いてへんし。え?」

どうやら目付きの悪い彼の名前は財前というらしい。表情を崩したのは最初だけで、ポーカーフェイスを貫く彼を横目で見ながらわたしは溜め息を一つ。そりゃあ、電話口での話ぶりから大体の予想はつくでしょう。通話を終えた財前くんはこちらに向き直った。

「一人ルームメートが来るのん伝え忘れてましたわ〜 …やって」
「やっぱり…」
「アンタも聞かされてなかったんか」

こくりと頷くと、やはり彼も溜め息をついた。部屋の様子からすると今まで二人部屋を一人で使っていたようで「荷物動かさななあ…」なんてボヤいている。なんか嫌そうでこちらとしてもムッとくるけど、決定事項なんだろうしワガママは言えないよね。それに大阪で初めての友達となる人だ、絶対仲良くなりたい。「でもな」うん?いきなりの呼び掛け。

「アンタなんかに興味ないし、間違いなんて起こらんと思うから俺はええけど」
「?」
「男女が一つ屋根の下で大丈夫なん?」
「…は?ちょ、え!?」
「何度も言わすなや。やから」
「じゃなくて!わたし女じゃないから」
「わたし?」
「わ、わあ…たしかに!ってこと!」
「ふーん?」

変なやつだな的視線は感じたけれど、どうにか誤魔化せたことにわたしはホッと息をついた。というかこんなんで大丈夫かわたし!初日から失敗しちゃってんじゃんよおお!あー動揺、よし一旦落ち着こうじゃないか。

男として転入すること。それが四天宝寺に通う際に父様から出された条件であった。 もちろんこれは苗字家のトップシークレット。使用人もごく一部にしか知らされていないに加え、戸籍や健康調査書の捏造のために裏組織と取り引きもしたとか。漫画じゃ簡単に男装とかしちゃってるけどね、実際ほんとに大変なんだからな。

「ほんまに女と違うんやな?」
「違うっつってんだろ」
「ホモでもないん?」
「当たり前!!!」

そうか、と考えるような素振りを見せた財前くんだったけどそれも数秒で、次の瞬間には笑顔で右手を差し出してきてくれていた。え、なんだ超いい人じゃん!そうだよね第一印象だけじゃ人は図れないよね。わたしも笑顔で手を差し出し握手をする。すると財前くんがいきなり手を引いて、わたしは彼の胸へとダイブ。

「え、ちょ」
「でも俺はホモやから」
「はい?」
「これからよろしく、な?」

頬に温かい感触とリップ音を感じてわたしの思考回路が一時停止する。そして咄嗟に距離をとると同時にようやく、ギャアァァアァアァァ!!!!!わたしの叫び声は部屋に響きわたったのだった。


(20111021 執筆)
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