移動教室のときとか、あいつのクラスが体育のときとか。いつも目で追ってる。フェンスの向こうには笑顔で手を振る姿が見えそうで見えなくて、帰り道は二人で帰ったあの日を思い出す。今日もわざわざ遠回りしてG組の前を通ると窓際の席に座ったなまえは仲良しグループでお昼を囲んでいた。本当に足りんのかよってくらいちーっちゃい弁当箱。馬鹿な話して笑うまつ毛が揺れていて俺は視線を外す。俺が心配するようなことなんて何もない。なのに元気そうなその姿を見るのはどうしようもなくさみしかった。

「ああ、おかえりなさい」
「柳生?」

購買で買ったパンを胸に抱えて自分の教室に戻ると珍しい来客者が扉付近に立っていた。珍しいと言ったのは俺と柳生が仲が悪いからとかそういう理由ではもちろんなく、忘れ物なんて絶対しない柳生は他クラスを訪ねるより訪ねられることの方が多いからだ。仁王の奴に用事かなとも思ったけど自分から視線を離さない柳生を見てどうやら用があるのは俺にだということを察する。

「どうしたんだよ?」
「少しお話がありまして」
「なになに。部活のときじゃだめなわけ?」
「はい。実は先ほど廊下で耳に挟んでしまったのですが、丸井くんの彼女さんが今日の放課後、多数の女性に呼び出されるそうで」
「え、」

柳生の眼鏡の奥には鋭い瞳が見え隠れしていた。その瞳に射抜かれたかのように俺は一瞬で頭が真っ白になる。なにそれ、あいつ女子にムカつかれてんの?まさかいじめに遭ったりしないよな。どくどくと胸騒ぎがするのをギュッと堪える。とりあえず柳生には平静を装い、無難な返事を返しておこうと俺は口を開いた。

「もう彼女じゃねーよ」
「…最近テニスにも集中できていないのはその為ですね」
「柳生も知ってんだろ、あの噂」
「私は丸井くんと違って噂を丸呑みにするような人間ではないものでして」

噂を丸呑み、なんて嫌な言い方だ。柳生がこんな刺々しい口調になるのは何だか珍しくてちょっと違和感。いや口調というよりも、そうだ。まるで噂ーーなまえが俺と仁王を二股かけているという話は誤解だとでも言っているかのような口ぶりが気に触る。大方仁王に何か吹き込まれたんだろう。気分が悪い。耐えかねず俺もついイライラした言い方になったのは仕方ないはずだ。

「お前が何を思ってそう言ってんのかは知らねーけど、俺が見たことは事実だ」
「というのは?」
「…見ちまったんだよ。なまえが背伸びして仁王に…キスしてんの」

思い出したくもない。あの日、仁王のマンションの前を通ったときに見えたのは俺が愛しくてたまらなかった小さな影で。偶然会ったとかじゃない、だって二人でエントランスから出て来てたし何より纏う雰囲気は俺なんか入り込めないほど甘かった。俺の知らないところでいつの間にそんな仲に、お前は俺の彼女じゃねえのかよ。言ってやりたいことは山ほどあったのに親しげなあいつらには声をかけることもできず、結局俺は精一杯の虚勢を張ってなまえに別れを告げることしか出来なかった。たくさんLINEが届いたけど返す根性なんてとてもなかった。振ったんじゃない、俺が振られたんだ。

「これが噂の真相だよ。な、笑えるだろ?」
「では、丸井くんはまだ彼女を…」
「…こんなのダサくて誰にも言えねーよなまったく」

仁王にキレて殴りかかることもできなかったんだよ、俺。だって仁王は俺にとって大切なやつで、初めて公式戦で負けたときも幸村くんが倒れて皆が苦しかったあのときも、全国大会で準優勝の盾受け取る瞬間も「一からだ」って高等部のテニス部に入ったときもずっと隣で支えあってたさ、仲間なんだよ。泣きたいほど好きだった女の子横から掻っ攫われても嫌いになんてなれるわけないじゃん。そりゃあのくそぼけ詐欺師って思ったけど。嫌いになんてなれるわけなかったんだ。

「丸井くん…」
「なーんて。仁王には言うなよ?こんなこっ恥ずかしいこと言ったと知られたら卒業まで笑われる」
「……」
「な、んだよ柳生だまんなよ〜!それにほら女のことで男の友情崩れるとかだせーじゃん!そのプライドのおかげでぎりぎり仁王は友達なんだよ!俺まじ心広いよな」
「…めん」
「へ?」
「…いえ。では放課後五時に屋上だそうですのでお忘れなく」
「え、いやだから行かねーって!」

話聞いてたかよあいつ!柳生は「早く食べないと昼休憩が終わってしまいますよ」なんて俺に背中を向けようとしやがる。パンはいいんだよ授業中でも食えるからな。俺は柳生の手首を掴み引き止めた。

「なあ、俺本当に行かねーかんな」
「その場合丸井くんの彼女さんが酷い目に遭うだけですよ。私はお教えしましたからね」
「ちょ、今日なんか性格悪りーぞ柳生!」
「心外な。大切な仲間…が素直になれるよう手助けしたんじゃないですか」

そう言った柳生は照れ臭そうで、ほんのり赤くなった耳を隠しながら「ではアデュー」と今度こそ去って行く。なんか、ほんとだめだな俺は。こうやって背中押してもらわなきゃあいつに気持ち伝えることも出来ねんだから。仁王のことが好きになった、そう言われるのが怖かった。人生で一番好きな子に自分を否定されるのが嫌だった。けどびびってたって何かが変わるわけでもない。俺そういや別れるときあいつに言ってなかったよな、別れてもお前のことずっと好きだって。

「サンキュな、柳生」

簡単に諦めるほど安い想いじゃなかったってこと、思い出させてくれてさ。


(150204 執筆)
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